第10話
屋敷の奥、畳の上に横たわる二人の体は、医者の手当てと静かな看護により、ようやく落ち着きを取り戻していた。三日が過ぎ、朝の光が障子を淡く照らす。蓮のまぶたがゆっくりと揺れ、微かに意識を取り戻す。隣で颯真も、浅い呼吸を繰り返しながら目を覚ます。
「……ここは……」蓮がかすれた声で呟く。視界に映る畳や障子の縁、屋敷の静けさは、戦場の広場の喧騒とはあまりにもかけ離れていた。体の痛みは残るが、広場での恐怖や血の匂いは消え、ただ静寂が二人を包む。
その時、襖が静かに開き、武士がひざまずき、二人の傍らに現れた。鎧は外され、肩に布を掛けただけの姿。顔には真剣さと安堵が混じり、声には誇り高い落ち着きがあった。
「よくぞ目を覚ましたな。拙者、殿の家臣、黒田平蔵。先日の広場では、あんた方を守り、医を呼び手当てをさせた者である」
蓮はぼんやりと武士を見つめ、まだ警戒の色を隠せない。颯真も眉をひそめ、声を漏らす。
「……誰だ……お前……」
黒田は少し肩をすくめるが、表情は柔らかく、敬意を込めて答える。
「拙者に敵意はない。されど、誰であろうと守るべき命は守る。無理に動くな、傷がまだ癒えておらぬ」
蓮はゆっくりと息を吐き、体の痛みを確かめる。颯真も目を細め、警戒心を抑えつつ状況を理解しようとする。
「……広場で……あの光……あれは……」颯真の声は震えていた。
黒田は眉を寄せるが、声には冷静さがあり、揺るぎない信念が感じられた。
「拙者にも正体はわからぬ。されど、あんた方は無事だ。殿の屋敷にて、体が落ち着くまで安静にするよう、殿より命を受けておる」
蓮は微かに手を動かし、痛む傷を押さえながらうなずく。屋敷の柔らかな光が、畳や柱に淡く映り、三日前の戦場の混乱や恐怖を遠くに押しやる。
黒田は膝をついたまま二人を見据え、声の調子を変えずに続ける。
「拙者は己の誇りのためにも、無用な手荒はせぬ。命を預かる以上、責任を全うするのみ」
蓮はわずかに肩をすくめ、頷く。颯真も同様に、黒田の落ち着いた態度と決意のこもった視線を受け入れるように微かに息を整えた。
蓮が微かに口を開く。
「……俺は……蓮。こ、ここは……?」
黒田は静かにうなずき、傍らに座ったまま答える。
「ここは殿の屋敷。広場で命を危ぶまれたお前たちを、殿の命により保護しておる。安心せよ」
颯真も小さな声で名を告げる。
「俺は……颯真。覚えていてくれ……」
黒田は軽く笑みを浮かべるように頷き、声を落とした。
「拙者、黒田平蔵。今はまず、体を癒せ。己が命を守るのも、拙者の務め」
二人はゆっくりと息を整え、屋敷の静けさに身を委ねる。障子から差し込む朝の光は、広場で見た神秘的な光の余韻のように、柔らかく畳や柱に反射している。その光景は、三日前の恐怖を遠くに押しやり、二人に小さな安心を与える。
黒田は畳の傍らで二人の肩にそっと手を置き、体の微かな揺れを感じ取りながら囁く。
「安心せよ。拙者がついておる。あんた方の命を守るのが我が務め。屋敷にて、傷が癒えるまで静かに休め」
蓮と颯真は、まだ朦朧としながらも、その言葉に心を委ね、屋敷の静かな光と風に包まれたまま、ゆっくりと回復への時間を過ごすのであった。
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