第36話 裁判の開始を待ちながら

 自分の人生が大きく動きそうな予感に、アイリスは不安と期待を覚えている。だが裁判はまだ始まらない。


 そんな不安な時期だけど、大公も大公夫人も周りの人たちも、彼女には普段通り振る舞うことを期待しているみたいだ。


【毎日、落ち着かないんだけど、考えても仕方ないよね。ねえティファ】

 いつものように心話で話しかけると、彼女も同意してくれた。


【落ち着かないんだったら、また空を飛ぶ練習をしようよ】

 あれから何度も練習をして、アイリスはかなりうまくティファと空を飛べるようになっていた。


【そうだね、また午後にね】

 相変わらずマイペースの、いつも通りのティファに、自然と微笑みが漏れた。


(やっぱりティファは最高だな!)

 ふとアイリスは、こんな不安な時、普通の子供だったらどうするのだろうと思う。


 アイリスには生まれたときから常に心で繋がっているティファがいる。不安な時にはいつでも話を聞いてくれる最高の相棒がいるのだ。


(でももし、あの時、本当にティファを失っていたら……)

 アイリスは侯爵邸の庭でティファを燃やそうとしたジョッシュのことを思い出して、ぞわっと寒気がした。


 フルリと体を震わせると、目の前にいた金色の髪をした少年が心配そうにこちらを見ている。


「アイリス、大丈夫?」

 そう尋ねて来るのはアイリスの大公家における養育状況を確認するために、わざわざ王宮から監視に来ているリシャールだ。


 二人の前には勉強道具があるが、正直アイリスが気もそぞろのため、あまり進んでいるとは言えない。


 それにリシャールも監視と言っても、普段からよく大公家に出入りしているらしいので、なんだか王宮を代表してきましたというよりは、親戚の叔父さんの家に遊びに来たくらいの温度感だ。


「ありがとう。大丈夫。ただ、裁判まで落ち着かないなって思って」

 彼女の言葉にリシャールは頷く。


「本当に。僕は目の前ですべてを見ているから、今さら裁判しないといけないなんて、何を言っているんだろうって思うよ」

 そう言ってからリシャールは小さく吐息をつく。


 いつでも元気いっぱいでマイペースな大公の末息子グラードに比べると、リシャールはいつでも穏やかで落ち着いた印象の「王子様らしい王子様」だとアイリスは思う。


(でもなんで王子様が大公邸にいることが多いんだろう)

 グラードに聞くと、リシャールは一年の半分ぐらいは大公と共に行動しているらしい。


 その理由をグラードに聞いたら、なんだか困ったような顔をするからそれ以上聞けなくなってしまったのだけれど。


(みんなそれぞれ、色々事情があるのかな……もしかしたら、王宮に居たくない理由があるとか……)

 そんなことを考えていたら、ぽつりとリシャールが呟く。


「でも不思議だよね」

 彼が何を不思議だと思っているかわからなくて、アリシアは彼の顔をじっと見つめた。


「だってさ、竜が幼体の竜に攻撃するなんてこと、普通ならあるわけないんだよ」

 彼が少し離れたところで、今はティファと話をしているらしいアベルを見ながら言う。


「竜は竜だろうが人だろうが、幼体には絶対的に優しいんだ。だから普通ならティファにもアイリスにだって、攻撃なんてしないはず」

 リシャールは端整な顔に聡明な表情を浮かべ、アイリスに話を続ける。


「だからその竜が攻撃をしてきたのなら、特別な事情があるはずだ」

 リシャールの言葉に、あの時のことを思い出して、アイリスはハッとする。


「あの時、ジョッシュもジョッシュの竜のバルトも普通じゃなかった。バルトの目は渦巻きみたいにぐるぐるしてたし」

 アイリスがそう言うと、リシャールは顔をしかめた。


「まさかと思うけど、なにか、竜の頭の中が、おかしくなるような薬とか飲まされていたってことはない?」

 リシャールの言葉にアイリスは首を傾げた。


「頭がおかしくなるような薬? ちょっと……よく……わからない」

 彼女の言葉にリシャールは安心させるように微笑んだ。


「そうか。でもこの話、師匠にも伝えておくね。なんとなく、その方がいいような気がする」

 リシャールの話をあえて拒否する必要も感じなかったのでアイリスは頷く。


「うん。私があの家に戻らなくて済むのに役に立つなら、なんでも話してもらってもいいよ」


 とにかくもう二度と侯爵邸には戻りたくないのだ。


 もう一生、ジョッシュに会いたくはないし、侯爵夫人にも会いたくない。


「大丈夫。師匠もアイリスがあの家に戻らなくて済むように全力で動いているし、僕だってグラードだって、クリスティーヌだってみんな、アイリスとティファにここにいてほしいんだ」


 リシャールの言葉が嬉しい。アイリスもこの家に居られるようにするためなら、なんでもしようとひそかに考えていたのだった。




************************************


経過報告他なので、ご興味がない方はスルー推奨です。





先日、「カドカワBOOKS10周年記念長編コンテスト」中間選考結果が発表されまして、この作品も無事中間選考を通過させていただきました。


応援いただき、本当にありがとうございます。


最終選考は12月中ということです。

ただなんせ800作品以上が中間選考通過したようなので、今後もなかなか厳しい戦いが続きますが、まだ祭り参加が継続できていることが、とても嬉しいです。


引き続き応援いただけたら嬉しいです。


さて。

来週は予定通り金曜日更新予定ですが、11月に入れば、今のバタバタが少し落ち着くはずなので、もう少し更新頻度を上げられたらと思います。


今後ともお付き合いいただけたら嬉しいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る