5話―記録映像
翌日。
葬儀を終えた結衣は、勤務先のオフィスに戻っていた。
佐伯の死があまりにも不可解だったため、社内では監視カメラの映像が何度も検証されていた。だが、誰ひとりとして満足のいく答えを得られないままだった。
「結衣、君も一緒に見てみるか?」
上司が声をかけてきた。疲れ切った表情をしている。
結衣は頷き、モニターの前に座った。
画面には、佐伯が死亡する直前の廊下が映っていた。
午前二時半、彼がひとり歩く姿。足取りはややふらつき、顔は何度も後ろを振り返っている。
――その瞬間だった。
画面の隅に“何か”が映り込んだ。
廊下の照明が揺らぎ、影が一瞬にして伸びる。
それは人の形ではなかった。
壁から突き出るようにして現れたのは、無数の眼球だった。
ひとつひとつがぎょろりと回転し、佐伯を凝視している。
「な、なんだこれ……」
上司の顔が青ざめる。
結衣は無意識に画面へと身を乗り出していた。
次の瞬間、佐伯の動きが止まった。
彼は廊下の中央で硬直し、両目を見開いたまま動かない。
瞳孔が急速に拡張し、眼球が裏返るようにして白目がむき出しになった。
「ひッ……!」
結衣は声を押し殺す。
だが異常はさらに続いた。
白目の奥――裏側から、細い指のようなものが突き出してきたのだ。
ゼリーの膜を破るように、眼球の内側から小さな手が伸びる。
指先はぬらりと濡れていて、まるで胎児のように赤黒い。
佐伯の眼から突き出た“手”は、空をかきむしるように動いた。
やがて、それはぐっと外側へ押し広げる。
眼球が、内側から破裂した。
液状化した硝子体が飛び散り、佐伯は壁に頭を打ちつけて倒れた。
映像はそこでぷつりと途切れた。
沈黙。
部屋にいる誰もが言葉を失っていた。
「……これ、何かのイタズラ動画じゃないのか?」と誰かが弱々しく呟いたが、その声は誰の耳にも届いていないようだった。
結衣は震える手でモニターを指差した。
「巻き戻してください……」
再生を戻すと、確かにそこに影があった。
壁から滲み出るようにして現れ、佐伯を“見つめていた”影。
眼球の集合体のような異様な存在が、確かに映っていたのだ。
「……私、見たことがある」
結衣は思わず呟いた。
葬儀の夜に見たあの影と、同じ。
あれは偶然ではなかった。
姉の死も、佐伯の死も、すべて――眼球の裏側に潜む存在に繋がっている。
上司は青ざめた顔で結衣を見た。
「結衣……君、何を知っている?」
結衣は言葉に詰まった。
だが、胸の奥に確信があった。
――これは始まりに過ぎない。
次に狙われるのは、きっと自分だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます