DarkBritain of Knight  

くろがね

序章

終端の騎士アンリ

 海に浮かぶブリテン島、その島に存在する三つの地域。

 イングランド、ウェールズ、スコットランドの三つであり、これから語られる物語に深く繋がっている。

 イングランドは後の世に、「アンジュ―帝国」と呼ばれている程、巨大な大帝国であったのだ。

 

 しかしイングランド含め、幾つもの地域を統治するアンジュ―帝国は、内乱の危機に瀕していた。

 国王ヘンリー二世の息子であるリチャードが、フランス王フィリップ二世と協力して、ヘンリー二世に反旗を翻した。

 しかしヘンリー二世は、既に老王と呼ばれる程の歳、以前の様に戦場での強さが発揮できなかったのだ。


 ……しかしヘンリー二世は禁断の手を使おうとしていた。

 悪魔を召喚し、己の寿命と引き換えに契約をして、リチャードとフランスの軍勢を抑えようとしたのだ。

 この時点で世界中、全ての歴史が変わろうとしている。

 本来誰にも予想できなかった物語が今、語られようとしているのだった……。

 



 ──イングランドにある王の宮廷、この地から全てが始まろうとしていた。

 時刻は深夜、蝋燭で灯りが照らされている王の寝室。

 アンジュ―帝国の王であるヘンリー二世は、一枚の紙に文字を書いていた。

 この時代で読み書きが可能な国王は多くはない、むしろ少数と言っていいだろう。

 ヘンリー二世の目の前には、とても人間とは思えない恐ろしい存在が椅子に座っていた。

 四六時中もずっとニヤリと顔が笑っている、正真正銘本物の悪魔が王の寝室にいた。

 ヘンリー二世は悪魔の召喚に成功したのだ。

 

「……この契約で良いのか?」


 ヘンリー二世は目の前にいる恐ろしい存在、悪魔に契約の確認をした。

 悪魔はケタケタと笑う。

 それはヘンリー二世が人生で一度も聞いたことのない、恐ろしい程に不気味な笑い声……。

 ヘンリー二世は背筋がゾッとする、頬から冷や汗を垂らして返答を待った。


『イヒヒヒ……それで良いィ。 お前に反逆した息子とフランスの軍勢を撃退したら、お前の寿命を十年貰うぞ』

「あ……ああ、かまわない」


 ヘンリー二世は恐ろしくなる。 

 悪魔は自らを「下級悪魔」と言っているが、人間にとっては下級悪魔ですら恐怖の対象なのだ。

 悪魔はニタァと笑い、契約の紙を手に取った。

 一つしかない大きな目玉で契約内容を再確認する。 


『しかしィ、王であるお前が悪魔なんかの力が欲しいとはなぁ……、余程息子に痛い目を見せたいのか?』

「……貴様には関係のない事だ」

 

 ヘンリー二世は椅子から立ち上がった。

 寝床に向かおうと悪魔に背を向ける。


「余は寝るぞ、詳しい話は明日にしよう」

『……ケケケ』


 悪魔は笑う、ヘンリー二世はそれを怪しく感じた。


「何がおかしいのだ?」

『いやぁ……気にしなくてもいいぞぉ? 俺はどうでもいい事で笑うからナァ』

「…………」


 ヘンリー二世は不信に思ったが、朝になればわかると思い、そのまま寝床に向かった。

 ……しかし、ヘンリー二世が寝静まった頃。

 未だに悪魔が部屋にいる、恐ろしい笑みを浮かべて……悪魔は口を開く。


『──悪魔を簡単に信じるなよなァ、馬鹿な人間め』




 ……翌日の朝、陽の光が部屋の中に入ってくる。

 小鳥達の鳴き声と共に、ヘンリー二世の瞼が開いた。


「……朝か」


 ──しかし視界に映るのは、明らかにヘンリー二世の寝室ではなかった。


「ッ!?」


 ヘンリー二世は驚き急いで起き上がる。

 辺りを見渡す、だが見えるのは知らない家具、そして窓から見えるのは知らない丘。

 此処は何処なのだ、どうしてこんな所にいる。

 ヘンリー二世は何が何だか分からなくなっていた。


『イヒヒヒィ……目が覚めたようだなァ』


 聞こえてくるのは悪魔の声である。

 ヘンリー二世は声の正体に気づいた。

 しかし悪魔は不気味に笑うだけ、ヘンリー二世は怒鳴り声を上げる。


「悪魔よ! これはどう言う事だッ!」

『ケケケッ! 悪魔である俺が人間と契約なんてすると思ってんのかァ? 俺は下級悪魔だが、人間を操ったり狂わす事は簡単にできるんだ。 だからお前の兵士を操ってこの丘の塔まで運んで閉じ込めたってわけさァ!』


「なんだと……!?」

『ギャハハハ!! 悪魔なんぞを信じたのが、そもそもの間違いだったという事だな!!』


 ──此処でヘンリー二世は我に帰る、そして気づいてしまった。

 この様な悪魔と契約をしてしまった事、その重大さを理解してしまったのだ。


『お前は生かしておいてやる。 この丘の塔から息子の死、そしてブリテン島全域を悪魔が支配していく瞬間を見届けるが良いィ!』

「ま、待てッ!」


 ヘンリー二世の声は届かない。

 悪魔の不気味な笑い声はゆっくりと消えていく。 

 ヘンリー二世は膝から崩れ落ちた。

 両拳を強く握りしめる、ヘンリー二世は悔しくて涙を流す。

 そしてヘンリー二世はこれから何が起こるのかを想像してしまった。


「余は……ッ、余は判断を間違えた……ッ!!」


 ヘンリー二世の拳から血が流れていく、しかし悔しさが強すぎて痛みを感じはしない。

 頭の中で後悔、罪悪感が大きくなっていき、モヤのような存在が、脳の全てに侵食していくかのようだった。

 ヘンリー二世はこの日から、丘の塔に軟禁状態となってしまったのだ。




 ──ヘンリー二世が軟禁されて一ヶ月が経とうとしていた。 

 現在のイングランドを治めているのは、ヘンリー二世に姿を変えた悪魔である。

 既にロンドンの騎士や領主、市民達は狂い始めていた。

 悪魔は手始めに側近を全て操って、領主に騎士と続いて市民までもが狂わされてしまった。 今ではイングランドの住民達は笑いながら人を殴ったり殺したりしている。 

 誰も気に留めない、それが当たり前だからだ。

 最早これが日常、イングランドは正に地獄絵図そのものである。


 丘の塔、ヘンリー二世が軟禁された部屋の前では一人の看守が見張っていた。


「グゥー……グゥー……」


 階段から別の看守が上がってくる、そして少しの時間眠っていた看守に対し、軽く頭を叩いて起こす。


「あいたッ!?」

「おい、そろそろ交代だぞ」

「なんだ……もうそんな時間か、早いものだな」


 半日見張っていた看守が、別の看守と交代となる。 

 そのままいつも通り交代すると思いきや、別の看守が口を開いた。


「聞いたか? あのリチャード様が国王陛下に討ち取られたって話」

「なに、リチャード様が?」

「ああ……、まあ国王陛下と言っても本人じゃないけどな」


 悲しい目をして、ヘンリー二世が軟禁されている扉を見る。

 この看守達は丘の塔担当、悪魔に役目を任されているだけで、未だに丘の塔の者達は狂わされていなかった。

 しかし悪魔に逆らえば、看守達どころか王であるヘンリー二世本人も殺されかねない、丘の塔の看守や兵士達は、やむを得ず看守を続けていたのだ。


「どうやらリチャード様の首は、ロンドンの民衆の前に置いて見せ物にされているらしい」

「なんと酷い……民衆は何も思わないのか?」

「それが……、リチャード様の首を見るたびに不気味に大笑いしているそうだ」


 看守の一人はあまりの話に絶句する。

 少しの間看守達に沈黙が続く、相方の看守は沈黙を破る様に重く口を開く。


「……ブリテン島の時代は暗いな」

「国王陛下もこの様な結果になるとは思っていなかっだろう、心情はお辛いはずだ」

「だろうな……」



 ──ヘンリー二世は看守二人の会話が、扉越しに聞こえていた。

 ただ黙って窓の向こうを眺めている、その背中は悲しく包まれていた。


「────」


 いくら対立していたとはいえ、討たれた相手は実の息子であるのだ。

 ヘンリー二世の瞳から涙が流れている。

 泣いていても、悔やんでいても、見ている方角はロンドンがある場所であった。

 イングランドを包み込むほどの暗黒の雲、そんな雲が広がる経過を目に刻みながら。


「……ッッ!!」

 

 ヘンリー二世は唇をかみしめ、両手が震え始める。

 いつまでもこうして軟禁されている事、何も果たせずに罪だけを背負い生涯を終える、それだけは許せなかったのだ。


「余は……ッ、余はなんと言う事を……!!」


 自分に対し怒りが込み上げてくる。

 事態の発端は王である自分自身、その結果として大きな国を滅ぼしてしまった事に、嘆きと怒りがやってきたのだ。

 この時からヘンリー二世の心の中に、強き決意が作り出される。

 右拳で力強く机を叩いて、暗黒の雲を睨みつけた。

 

「必ず……、必ず余の手で悪魔を討つッ! これが余の大罪の償いだッ!!」


 ヘンリー二世の人生の中で、此処まで力のこもった大声は出したことはない。

 大声は丘の塔に響き渡る。

 王の決意の言葉を聞き取った丘の塔の者達は、自らこの大罪を償おうとする我らの王に、感極まって泣く兵士すら現れた。

 


 ──この時からヘンリー二世は、まるで人が変わったかのように行動を開始する。

 必ず悪魔を倒すため、己の罪の償いを果たすため。

 軟禁された部屋の中で鍛えて、鍛えて、老いた体を鍛え直していったのだ。 

 それから二ヶ月、四ヶ月、一年と時は過ぎていった。 

 大きく出ていた丸い腹は見る影もない、もう老齢でありながらも、着々と来たる日の為に鍛えていった。

 看守達ともよく話をして、アーサー王伝説を互いに語ったりもした。

 時には丘の塔の兵士達も、会話をしに王の部屋の前に訪れた。

 丘の塔にいる騎士アレキサンダーとは、共に酒を飲みながら、イングランドの未来を考える事もあった。


 ヘンリー二世にとっても、この一年を大事にしていた。

 一つの帝国を滅ぼした元凶であるヘンリー二世を、丘の塔の者達は気にせず、話がしたいという理由で軟禁されている部屋の前にやってくる。

 それが彼は嬉しくて仕方なかった。

 しかしそんな日々も、遂に終わりの時を迎えようとしているのである……。



 ──丘の塔に一人の騎士がやってくる。

 両手に剣を持った体格の良い騎士は、未だに狂わされていない数少ない騎士であった。 丘の塔の見張りはどう言うわけか、騎士を発見するも何故か動かない。

 

「────」


 騎士は門の前に到着する、此処でも門番が騎士を見て開門してしまう。

 塔の階段を登っていく、通り過ぎる塔の兵士達は誰もがヘンリー二世のいる部屋への道を教える。 実は丘の塔の兵士や看守達は、自らを犠牲にしてヘンリー二世を塔から逃がそうと計画していたのだ。

 ヘンリー二世を逃がすために、丘の塔は密使を一人の勇敢な騎士に送り込んだ。

 未だ狂気に蝕まれていない騎士は、この脱走計画を快諾し万全の状態でこの地にやってきた。


 そして現在、騎士は丘の塔の階段を上がっていき、ヘンリー二世の部屋に向かっていく。

 部屋と扉に着くと、二人の看守が待っていた。


「エドワード様、お待ちしておりました」

 

 エドワードと呼ばれた騎士はコクリと頷く。

 二人の看守は鍵を開けて、急いで扉を開ける……。

 扉が完全に開くと、部屋から以前とは見違える程のヘンリー二世が立っていた。


「──貴公が騎士エドワード卿か」


 ヘンリー二世は痩せて筋肉質になっていた。

 茶髪は殆ど白髪になっている、老齢ではあるのだが未だに若々しい。


「はっ……国王陛下、お迎えに参りました」


 エドワードは静かに跪く。

 隣の看守二人も跪くと、ヘンリー二世は申し訳なさそうに口を開いた。


「その方ら、この一年間世話になったな……しかし、本当に良いのか?」

「この丘の塔もじきに悪魔の力が侵食し、塔の者達そして国王陛下すらも狂わすでしょう。 私達は国王陛下がご無事であればかまいません」


 看守二人の忠義に、ヘンリー二世も一滴の涙を流す。

 未だに慕ってくれている民達がいる事に、ヘンリー二世は感動しているのだ。

 だが時間は待ってはくれない、看守は護身用のナイフを王に手渡した。


「さあ国王陛下、時間がありません! すぐに追っ手がやってきます! 此処は我らに任せてください!」

「エドワード様、国王陛下を頼みます」


 看守二人は槍を持って階段を降りていく。

 ヘンリー二世への忠誠を感じ、このまま死なせてしまうのは口惜しい、そう思いエドワードは悲しんだ。  

 しかしもう遅い、急がなければ王が危ない。

 

「すまん……! では国王陛下、行きましょう!」

「ああ、案内を頼む!」



 ──塔の外では、看守含めた塔の兵士達が、追っ手である敵の兵士達と交戦していた。

 相手は鍛え上げられた精鋭の兵士達。

 対する丘の塔は皆、練度が低くいせいもあって周囲から雑兵と言われていた。

 ……


「かかれーっ!! 相手は皆雑兵であるぞ!!」


 敵の兵士達が合図を聞き突撃をする、しかし塔の上から少ない弓兵達が矢を放つ。

 これが密に訓練された弓兵部隊であった。

 素早く撃たれた矢は、的確に敵兵士を狙っていき、綺麗に急所へ当てていく。


「ぐわっ!?」

「なに、弓兵だと!? 丘の塔なんぞに弓兵が配置されていたのか!!」


 それと同時に、看守達が槍で敵の兵士を着々と刺し殺していく。

 看守達もヘンリー二世を守るために一年間、訓練を欠かさずに行っていた。

 特に努力していたのは、ヘンリー二世と楽しくアーサー王伝説を語り合った、勇敢な二人の看守であったのだ。


「とりゃっ!」

「なにぃ! 看守風情が槍を扱えるとは!」

「舐めるなッ!」


 看守達は槍を駆使して、敵を薙ぎ倒していく。

 近くでは丘の塔の兵士達が、盾と剣を上手く使って、敵を次々と斬り殺していく。


「な、なんと……丘の塔は雑兵だらけだと認識していたが、ここまでやるとは……!」

「通れるものなら通ってみよ! 我らは国王陛下を守る為、誰一人通さんがな!」


 剣を敵に向け、兵士を率いている騎士アレキサンダーが叫ぶ。

 敵の兵士達は狼狽える、このままでは雑兵相手に撤退をしてしまう、それだけは避けたかった。

 ……すると敵兵士達の中から一人、異質な雰囲気を持った騎士が現れた。


「……俺が相手をしよう、お前達は下がっていろ」

 

 敵の騎士はノルマンヘルムという兜をかぶっており、赤い服とチェーンメイルを身に着けていた。

 命に代えてヘンリー二世を守ろうとする丘の塔の兵士達を見て、敵の騎士は考え深く口を開いた。


「……ほう、我が弟の子孫は此処の者共に慕われているのだな」

「子孫……?」

「ふん、今から死ぬお前達には関係のない話だ」


 ──騎士の隣に突如として霊体の馬が現れる。

 そして馬に跨り、持っていたランスを構える。


「──ゆくぞッ!!」

「来るぞ! 皆、攻撃に備えろ!」


 兵士達は盾を構える、敵の騎士は勢いよく馬を走らせた。

 敵の騎士のランスは、一人の兵士を盾ごと貫いた。

 貫かれ、ランスの尖端に兵士の死体がぶら下がる。


「トマスッ!」 

「フン、軟弱な兵士だ」


 串刺しとなっている兵士の死体から血が流れた。

 白銀の色をしたランスは、禍々しい血色に変化する。

 ランスを振って兵士の死体を地面に捨てる、ニヤリと笑って次の獲物を攻撃した。

 この一分未満という短い間だけで二人の兵士が殺されてしまう。


「くっ……! 怯むな、攻撃しろ!」


 アレキサンダーが声を上げる、塔の上から弓兵達が矢を放ち続ける。

 その時、敵の騎士のランスが急速に光り始めた。


「なにをする気だ……?」


 アレキサンダーは敵の騎士が何をしようとしているのか、それが分からずにいた。

 しかしそれは今から嫌でも理解することとなった。


「──flare燃えよ


 弓兵達の方角へランスを突きつけると、その方向へ光が高速で飛んでいった。 光は熱となり、弓兵達に直撃する。


「ギャアアァァァ!! 熱ィィ!! 助け──」


 弓兵達はもがき苦しみ、皮膚が焼け、瞬く間に灰になった。


「なっ……!?」


 何が起きたのか、アレキサンダーは理解できずにいた。

 しかしこの時にアレキサンダーはふと、約半年前の事を思い出した。




 ──騎士アレキサンダーには、古い馴染みに老齢の魔法使いがいる。

 エドワードの下に向かう予定の密使、その護衛を魔法使いに依頼する為、アレキサンダーは魔法使いの住む深い森に来ていた。


『ロールント、久しぶりだな』

『おお……? アレキサンダーではないか、随分と久しぶりじゃのう』


 魔法使いロールントは、嬉しそうに家から出てくる。


『お前は既にイングランド……いや、ブリテン島の現状を知っているんだろ?』


 アレキサンダーの問いに、ロールントは先程の嬉しそうな顔から、真剣な顔に一変する。

 

『……なるほど、儂に依頼か』 

『俺は国王陛下を逃がす為に、勇敢な騎士と呼ばれたエドワード卿に密使を送る事になったのだが、今やブリテン島の殆どが危険だ。 だから密使の護衛を頼みたい』

『…………』


 アレキサンダーのまっすぐな目を見たロールントは、深くため息を吐いて言った。


『まったく……お主は少しくらい年寄りを労ることは出来んのか?』

『お前はもう何百年も生きてるんだから、労るも何もないだろう?』

『やれやれ、まあ良いじゃろう。 依頼を受けよう……』


 ロールントの言葉を聞いて、ホッと安堵するアレキサンダーであった。

 しかしロールントの表情は険しかった。


『……アレキサンダーよ、国王陛下を逃す為に戦うのなら気をつけろ。 王を偽った悪魔は、過去に死んだ人間を甦らせる術……それらを扱う者達を従えたようじゃ』

『死者を蘇生するなんて、そんな事が可能なのか……?』

 

 驚愕するアレキサンダーに、ロールントは静かに頷く。


『恐ろしい事に蘇った人間は、全て悪魔に忠誠を誓った後、驚異的な力を授かるという。 くれぐれも、簡単には死なんでくれよ──』




 ──そんな言葉を思い出した。

 アレキサンダーもとい、アレキサンダーは敵の騎士を見て、ある人物を浮かべた。

 そして敵の騎士が何者なのか、その正体に気づいたのだが──。

 

「がはッ!?」


 ……遅かった。

 グサリと、敵の騎士は勢いよくランスでアレキサンダーを串刺しにする。 


「──flare燃えよ


 最早アレキサンダーに意識は、じきに途絶えようとしている。

 眩しい光がアレキサンダーを包み込み、灰もなく消えていく。

 しかし敵の騎士は、攻撃の際に違和感を感じた。


「──なるほど、そういうことか」


 敵の騎士は違和感の正体に気づくが、今は丘の塔の兵士達の排除を優先すべき、そう判断する。


「アレキサンダー卿!!」

「……ふん、このまま一気に皆殺しにしてしまうか」


 敵の騎士がランスを天に掲げる、光は徐々に眩しさを増していく。

 だがその時──。


「させるかッ!!」


 ヘンリー二世の部屋を担当していた看守二人が、敵の騎士の腕や胴体に飛びかかった。 

 敵の騎士の攻撃を無理矢理にでも止めようとしていたのだ。

 しかし光は薄まらない、敵の騎士は動揺している。


「絶対にやらせないぞ……! 国王陛下がお逃げになるまでは絶対に!」

「理解できん、に何故そこまで命を捨てることが出来る! 奴は国を滅ぼした元凶だぞ!」


 敵の騎士は怒鳴りながらも看守二人を引きはがそうとする。

 だが看守はそれでも、押さえつけるのを止めようとはない。

 そして看守の一人が大声で必死に叫んだ。


「この国の為に、一番に悲しみ苦しんでいたのは国王陛下であったのだ!! その王が罪を償い、イングランドを救うと言うのなら……命などこの戦いに捧げよう!!」

「……ッ! flareッッ燃えよ!!」


 敵の騎士は己の身体ごと押さえてつけている看守二人を燃やし始める。

 このまま燃えて死ぬ、そう悟った看守の一人は最後の力を振り絞って叫んだ。



「国王陛下ッッ!! イングランドを、ブリテン島を救いたまえーーッ!!」



 ──看守二人は灰となり、敵の騎士の身体から落ちていった。

 灰は風に飛ばされて、ブリテン島の海に散っていった……。


 他の兵士達は敵の騎士の部下達に処理されていた。 側近の騎士が口を開く。


、元国王のヘンリー二世が脱走に成功した模様です」

「……フン。 雑兵であったが、敵ながら見事な忠実さだ」


 敵の騎士もとい、亡霊騎士ロベール二世は丘の塔に転がる兵士達の残骸を見て言った。


「生前の我にも、この様に慕う部下がいれば良かったのだがな……」


 ロベール二世は馬を走らせて自分達の拠点に向かう。

 霊体の馬の様に、ロベール二世や部下達もゆっくりと透明になり消えていった。




 ──こうして、王であったヘンリー二世の脱走は成功した。

 ヘンリー二世はエドワードの住まう隠れ家に案内されると、暖かい食べ物や飲み物を用意する。


「これは……なんと美味い料理だ」

「王が来ると言ったら、妻が豪勢に用意していたのです」

「何から何まですまない、貴公の奥方には感謝を伝えてくれ」


 ヘンリー二世久しぶりに豪勢な食事を行った。

 こんなにも美味い料理は何時ぶりだと、嬉しそうに王は食べていた。

 エドワードも幸せそうに食べる王を見て安堵する。

 

 食事を終えて、ヘンリー二世はエドワードと何気ない雑談を続けていた。

 ヘンリー二世にとって、丘の塔の人間以外と話すのは久しぶりの事であり、此処で楽しく話をしている。

 

「エドワード卿の話は、部屋で看守達から聞いていた。 なんでも貴公は二本の剣を巧みに扱う勇敢な騎士だとか」

「おおっ……そこまで知っておられましたか」


 エドワードは頭を掻いて照れている。

 ヘンリー二世はニコリと笑った。 王が自然と笑うのは久しぶりの事であった。

 しばらく休息を取った後、エドワードは話を本題に移した。

 

「国王陛下、これからは悪魔や、操り狂わされた騎士達と戦う事になるでしょう。 ですので、こちらの甲冑を受け取っていただきたいのです」


 エドワードは甲冑一式を王に見せる。

 軽装ではあるが、白銀に包まれて輝いている。

 肩や胴体にドラゴンの紋章が刻まれていて、この甲冑が勇ましいという印象が表れるようであった。

 

「これは……なんと立派な甲冑か、頂いて良いのか?」

「その甲冑は鍛冶職人であった私の父が、病気で亡くなる前に完成させて、厳重に保管していた物です」

「そのような大事な甲冑を……、貴公には感謝してばかりだな。 よし、ならばありがたく頂こう」


 ヘンリー二世は甲冑をまじまじと眺めている。

 エドワードは、父が作った最高傑作の甲冑を使ってくれる事に内心感謝していた。


 ──その時であった。

 家の机に大事に置いてある水晶玉が、静かに光出したのだ。

 ヘンリー二世は、水晶玉が光っている事に気がつく。


「あれは……魔法の水晶玉か?」

「はい、こちらは森に住む魔法使いのロールント殿から連絡用として頂いた物です」


 ロールントの名前を聞き、アレキサンダーの話を思い出す。


「アレキサンダー卿から聞いた事があるぞ。 確かブリテン島に住まう魔法使い達、その全てをもってしても敵わない程の大魔法使いだったか」

「その通りです、アレキサンダー卿は国王陛下を逃す為に、友人であるロールント様の森に訪れて私の家に来た密使の護衛を依頼したのです」


 ヘンリー二世は脱走計画の全ては知っていたが、その前の準備までは知らなかった。

 アレキサンダーの凄まじい行動力に、ヘンリー二世は驚きながらも心から感謝をする。


「そうか……もしアレキサンダー卿が生きていたならば、礼をしたかったのだがな」

「私もアレキサンダー卿の死を惜しんでいます。 アレキサンダー卿は、優れた騎士達の間で、数少ない魔術騎士ウィザード ナイトと呼ばれる程の立派な騎士でした」


 エドワードの話を聞いて、ヘンリー二世は静かに頷く。

 

「とにかく水晶玉を覗いてみましょう、ロールント様なのは確定しているので」


 ゆっくりと水晶玉を覗く。

 水晶玉からは、魔法使いロールントの姿が映り込む。


『エドワード卿、久しいのう』

「お久しぶりです、ロールント様。 こちらに居られるのが、国王陛下でございます」


 ヘンリー二世は、椅子から立ち上がって水晶玉を覗き込んだ。

 ロールントは、ヘンリー二世の姿を確認してお辞儀をする。


『ヘンリー国王陛下、初会がこのような水晶玉な事をお許しください』

「いや、現状のブリテン島を考えれば仕方のない事だ。 それよりもお会いできて光栄です、大魔法使いロールント殿」


 ヘンリー二世は敬意を払う。

 ロールントは、ヘンリー二世の言動に違和感を覚えた。 

 イングランドの王であるヘンリー二世、彼は非常にプライドの高かったはずだ。

 それが魔法使いに敬意を払う姿は、ロールントにはあまり信じられない光景であった。


『……意外でしたな。 国王陛下はかなりプライドが高いと噂で聞いておりましたが』


 ロールントからの言葉は鋭い、実際ヘンリー二世は、非常にプライドの高い王であった。

 本来であれば、このロールントの言葉を聞くと怒るいかるところであろうが、ヘンリー二世は意外な返しをする。


「この一年の間、丘の塔の者達が余……いや私に心を開いてくれました。 ブリテン島の崩壊の元凶と知りながら、私の心を常に励ましてくれたのです」


 静かに応えるヘンリー二世の言葉に、ロールントは安堵する。

 これ程までに心が変わっていたかと、笑みを見せた。


『では国王陛下、これからどうなさるので?』


 ロールントの問いに、ヘンリー二世は静かに瞳を閉じて、ゆっくりと口を開く。



「……私は名をに変え、王であった事実を伏せて、一人の騎士として悪魔を討ちます」

「国王陛下……!?」

『なんと、そこまでの決断を……!』


 ヘンリー二世の大きな決断を聞き、ロールントとエドワードは驚く。

 王を偽る事などは本来、とても難しい事だ。

 いずれ悪魔に気づかれてしまう、多勢の軍と対峙してしまうかもしれない。

 

 それらを理解していても、ヘンリー二世の決意は揺るがない。

 ヘンリー二世にとっては、命よりも悪魔を討つ事を優先したのだ。


『……国王陛下。 その道は、死よりも辛く重い過酷な道ですぞ、それでも行かれるのですかな?』

「これは私の大罪を償う為、悪魔のいるロンドンを目指し討つ為のなのです」

 

 ──死の巡礼。

 この言葉が意味する事……それは悪魔を討つと共に、ヘンリー二世自身は死して大罪を償おうとしたのだ。

 エドワードはこの言葉を理解し涙する、それ程までに己の罪を重く感じたのだろう、ロールントもヘンリー二世の言葉を聞いて深く頷いた。


『……そこまで言うのであれば、もはや自分は止めません』

「ありがとう、ロールント殿」

『もし何か困ったことがあれば、この水晶玉でお聞きくだされ……ご武運を』


 微かにヘンリー二世は微笑んだ。

 ロールントは此処で、水晶玉での連絡を終了する。 

 この時点で、既にヘンリー二世は王の責務を捨てていた。

 


 エドワードも急な変化に気づいていた。

 そしてはエドワードを見る。


「──エドワード卿。 貴公は私と共に、悪魔と戦ってくれるだろうか?」

 

 アンリは若干の不安を持って言った。

 国の崩壊を導いた元凶である自分と共に、エドワードが同行してくれるか分からなかったからである。

 

 ──このような御方と、自分なんぞが共に戦えるのか。

 エドワードは内心そう思っていた。

 しかし自分の強さにそこまで実感がないエドワードにとって、悪魔の討伐に同行できるのは非常に感激であったのだ。

 エドワードはアンリの目の前で跪くと、顔を上げて口を開いた。


「……私のような一介の騎士であれば、どこまでもアンリ卿と行動を共に致しましょう」


 この時、アンリの表情は優しく穏やかであった。

 跪くエドワードの肩に、ゆっくりと手を置く。

 二人の心は今、悪魔を討つ事を生涯の目的とした。

 


 此処から物語が始まったのだ、こうして永き旅は始まったのだ。

 

 イングランドを越えて、ブリテン島全域を旅する二人の騎士。

 

 後の世で騎士アンリは、こう呼ばれている。

 




 ──終端の騎士アンリ。

 ブリテン島の暗黒時代を終わらせた英雄と……。 

 

 


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