あべこべ占いVTuber

仁木一青

前編

 午後11時を回った金曜の夜、俺はいつものようにフォーチュン・桜子さくらこの配信を眺めていた。


『やっほー! 運命を見通す占い師、フォーチュン・桜子でーす!』


 モニターには、桜色のツインテールに魔法使い風の衣装を纏ったVTuberが映っている。

 ピンク色のフォントで《ミス・フォーチュンチャンネル》と画面の隅に表示されていた。


 俺はパソコンの前で鼻で笑った。


 通称「ハズレ子」。


 占い結果が100%逆になるというのがこの配信の「絶対の法則」で、どうも視聴者はそれを本気で信じているらしい。


『みんなー! 今日も私の占いで運命を切り開いてね!』


 モニターに「ハズレ子キター!」「また的外れな占いお願いしますw」とお決まりのネタコメントが湧き出てくる。

 

『いつものスパチャ占い行くよ~!』


「俺の彼女、浮気してる?」(1600円)

『大丈夫だよ! 絶対してない!』

「うわ、もう終わりだ……別れよ」


「たまには俺のも読んでよ。課長は明日機嫌いい?」(800円)

『うーん……午前は普通みたいだけど、午後からすっごく機嫌良さそうだよ! よかったね!』

「はい、明日は有給とること決定www」


「婚活してるんだけど、次のお見合いは成功しそう?」(600円)

『バッチリ成功するよ! 運命の相手だね!』

「オッケー。どんなヤバイ女が来るか逆に楽しみになってきたw」


 デジタル投げ銭に添えられたコメントをフォーチュン・桜子がさばいていく。

 それを俺は冷めた目で見ていた。


 本当にバカげている。

 そもそも占いなんて適当なでっち上げだが、このVTuberの場合は視聴者が逆の行動を取るのだからなおさら滑稽こっけいだった。


 例えば、最初のヤツ。

 彼女が浮気をしていないと訴えても、無実を証明するのは難しい。何があっても彼は迷わず別れを選ぶだろう。


 他の二人も同じだ。

 有給を取った時点で、上司の機嫌を知ることはない。

 婚活のヤツも、どんな相手が来ようと無理にでも欠点を見つけるはずだ。


 さして美味くもない缶ビールをちびちび飲んでいる間も、くだらない占いは続く。


「ハズレ子、今日も絶好調w」

「さすが逆張りの神」

「じゃあ、俺の運勢も占ってくれる?」(200円)

『もちろん! ……明日は最高の一日になるよ!』


 「お前終わったなwww」「明日は引きこもってろよw」などという視聴者の嘲笑で埋まる。


 俺はそんなやり取りを見ながら、ふと物思いに沈んだ。

 今日の仕事は最悪だった。


 重要なプレゼンで致命的なミスをやらかした。

 前から折り合いが悪かった上司からは、ここぞとばかりに強く叱責された。「もうお前の席があると思うなよ」とまで言われた。

 同僚には白い目で見られ、遠巻きにひそひそと話のネタにされた。昼飯を食う気にもなれなかった。


 家に帰ってからも胃がきりきりと痛んだ。

 同僚の小声の会話、上司の怒声が頭の中で反響し、黒いモヤが心をおおっていく。


 誰かに俺と同じ気持ちを味合わせたかった。


 屈託のない笑顔をディスプレイ越しに見ているうちに、ある考えが浮かんだ


 桜子に、「今日絶対に死なないよな?」って聞いてみたら、たぶん「うん、絶対に死なないよ!」と答えるはずだ。

 ところがこのチャンネルの「お約束」でいくと、俺は死ぬことになる。


 そこで、明日もう一度配信に乗りこんでいって、「生存報告しまーすw」なんてコメントしてやったらどうなるか。考えただけで笑える。

 おい、絶対に外れるハズレ子の占いが当たってるのはどういうわけだ? 

 視聴者共も盛り上がるに違いない。

 大勢の前でこいつを困らせてやれ。


 毎日必死に働いても報われない俺を尻目に、 こいつは適当な占いで楽に金を稼いでいる。 視聴者からちやほやされて、何の責任も負わずにだ。

 こいつにも俺と同じ絶望をプレゼントしてやる。ちょっとは苦労しろよ。


 俺は画面を見つめながら、ニヤついた顔でビールを一口飲んだ。急いでスパチャを入力する。


「俺は今日絶対死なないですか?」(500円)


 こいつの占いがいかに適当か、俺が身をもって証明してやる。そうすりゃあいつらも目が覚めるだろ。


 送信ボタンを押す。

 放送画面が瞬時にざわめいた。


「待て待て待て待てwww」

「逆になるから……おい、これマジでやばくね?w」

「いつかこういうヤツ現れると思ってたwww」


 俺は薄ら笑いを浮かべてフォーチュン・桜子の反応を待った。


 さあ、どうするハズレ子。

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