第22話 飽きと邂逅

無限地下迷宮。

ギルドの管理下にある三百階までは、各階に安全地帯が設けられており、五十階ごとには小さな宿屋まである。

冒険者にとっては過酷でありながらも整備された探索路だった。


アレンとカイルは、目の前に現れる魔物を次々と薙ぎ倒していった。

剣の軌跡が閃光となり、圧倒的な力で敵を屠る。

その光景を後方から眺めながら、リリアナがぽつりと呟く。


「……あんたたち二人が化け物すぎて、私たち楽すぎない?」


ソフィアも苦笑しながら頷く。

「本当に……私、ほとんど治療する場面もありません」


セレーネは矢をつがえながらもため息をついた。

「王女として剣を交える覚悟はしていたのですけれど……ただの遠足のようですね」


そんな会話をしながら進み、一行は二百五十階を突破していた。

探索開始から一週間。

もはや彼らは淡々と敵を片付けることに飽き始めていた。


「ふあああ……退屈だなぁ」

カイルは大きなあくびをして、大剣を肩に担いだ。

目の前に現れた中級魔物を見て、ふと笑う。


「……こうしてやる!」


彼は大剣を勢いよく投げつけた。

轟音と共に魔物は粉砕され、大剣はそのまま奥の壁に突き刺さる。


「おお、決まった!」

満足げに親指を立てるカイル。


だが次の瞬間。


ゴゴゴゴゴ……!


突き刺さった壁が崩れ落ち、闇の奥から禍々しい気配が溢れ出した。


「……カイル、何やったのよ」

リリアナが頭を抱える。

「いや、その……ちょっと派手に決めただけ……?」


崩壊した壁の奥から、漆黒の巨体が姿を現した。

獣の顔に、鋭い鎌のような角を二本生やし、闇をまとった足取りで地を踏みしめる。


「グオオオオォォッ!」


「な、なんだこいつ……!?」

カイルが後ずさる。


セレーネが弓を構え、声を張った。

「まさか……“七大角獣”の一体! シャドウホーン!」


角から闇の霧が噴き出し、空気を歪ませる。

アレンは剣を握り直し、仲間たちを振り返った。


「……飽きるどころじゃなくなったな」


七大角獣との新たな死闘が、静かに幕を開けた。


迷宮の空気が一気に淀み、闇の霧が広がった。

濃密な黒煙が視界を奪い、仲間の姿すら霞んで見える。


「……気をつけろ、来るぞ」

アレンの低い声が響く。


次の瞬間、轟音と共に影が突進してきた。

闇を切り裂くように、鎌型の角が閃く。

「うわっ!」リリアナが身を伏せ、紙一重でかわした。


「視界が……!」ソフィアの声が震える。

「落ち着け。──音を立てるな」アレンが鋭く指示する。


「音……?」セレーネが矢をつがえかけて止まる。


「この暗闇じゃ奴も目は使えない。……おそらく、音を頼りに突っ込んでくる」

アレンの声は冷静だった。


「なら……おとりになればいいんだな」

カイルが大剣を軽く叩き、金属音を響かせる。


「グオオオオォォッ!」

音を察知したシャドウホーンが一直線に突進してくる。

だが、寸前でカイルは横に飛び退いた。


「ちっ……速ぇ!」

地を抉りながら、黒角は虚空を切り裂く。


アレンも同じように剣を振り、壁に音を響かせた。

「こっちだ!」

闇を裂いて突進してきた瞬間、ギリギリで避ける。


「今のままじゃ当てられねぇぞ!」カイルが叫ぶ。

「……いや、方法はある」


アレンは両手を組み、魔力を地へと叩き込む。

「土よ、壁を成せ!」


闇の中に厚い土壁が隆起した。

アレンはすぐさま剣を鳴らし、音を誘導する。


「こっちだ、来い!」


アレンの土壁に激突し、シャドウホーンの巨体が大きくふらついた。

闇の霧が揺らぎ、動きが一瞬鈍る。


「今だ、カイル!」


「うおおおおおっ!!!」

カイルは全身の力を大剣に込め、真っ直ぐに突進する。


振り下ろされた刃は轟音を立て、シャドウホーンの胴を真っ二つに切り裂いた。


「グオオオオオォォッ!!!」

断末魔の咆哮が響き渡り、巨体が地を揺らして崩れ落ちる。


闇の霧が一気に晴れ、迷宮に再び光が戻った。


アレンは剣を下ろし、深く息をついた。

「……やったな、カイル」


「へへっ、俺に任せりゃこんなもんよ」

カイルは血に濡れた大剣を肩に担ぎ、にやりと笑った。


仲間たちは安堵の息を吐き、リリアナが小さく呟いた。

「相変わらず無茶苦茶ね……」

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