Episode.16 世界に走る衝撃 ― 揺らぐ秩序、牙を研ぐ者たち
◆ ネクサスの余波
アウルディーン=ネクサスが天空に姿を現し、ネルフィの声が全世界の回線に流れた翌日。
その余波はまるで隕石が落ちたように、世界各地へ震動を広げていた。
――「悪を排除し、この都市を狙う者は、すべて敵とみなす」
その言葉は、ただの宣言ではなかった。
新たな秩序の誕生であり、旧き権威への挑戦であり、未来を揺るがす鐘の音であった。
街の広場に設けられた簡易演説台では、行商人たちが互いの袖を掴み合って怒鳴り散らす。
「ネクサスの技術を買えるなら国が十年持つ!」
「いや、禁忌に手を出せば祟りが降る!」
木札に書かれた物価は一夜にして倍に跳ね上がり、取引所では「ネクサス株」と呼ばれる架空の投機すら始まった。
聖都の大聖堂では、鐘が何度も鳴らされ、信徒たちが祭壇にひれ伏して祈った。
「天に昇る舟は神の御業か、それとも堕天の塔か……」
司祭は答えられず、ただ「試練の時」と曖昧に告げるばかり。信徒たちの間では、希望と恐怖がないまぜになった讃美歌が夜を埋め尽くした。
辺境の小さな村。
焚き火を囲んだ老人は、皺だらけの手で杖を突き、若者たちに語った。
「むかし、空に浮かぶ城があったという……人はその力に酔い、神々を怒らせて滅びた。あれはその再来じゃ。終末が始まったのかもしれぬ」
若者たちは信じられずに顔を見合わせたが、夜空に浮かぶ蒼光を見上げたとき、誰も言葉を返せなかった。
大国の宮廷では、宰相や貴族が机を叩きながら議論を繰り返した。
「取引を結べ! さもなくば、あの都市が帝国のものになれば我が国は終わる!」
「否、先に討たねばならん! 牙を掲げた以上、こちらをも敵とみなす!」
国王は沈黙し、ただ重苦しい玉座に座り続けた。決断一つで国が揺らぐ、その重さが彼の肩を押し潰していた。
港町の海辺では、漁師たちが船を止めて空を仰ぎ見ていた。
「あんなもんが空を漂ってるんじゃ、海の風も狂っちまう」
海鳥が群れをなして飛び立ち、水平線の向こうに去っていった。
その様子を見た老婆が小声で呟く。
「天も海も、もう昔のままではいられぬ……」
地下都市の賭場では、博徒たちが声を枯らして叫んだ。
「ネクサスが一週間持つか、ひと月か! 賭けろ、賭けろ!」
賽子の音と怒号が飛び交い、都市そのものが娯楽の一部として賭けの対象となっていた。
そして、子供たちの瞳。
学び舎で教師が黒板に地図を描きながら「新しい都市の出現は歴史の転換点になる」と語ると、少年少女は憧れを込めて叫んだ。
「僕も、いつかあそこで働くんだ!」
「私もあのネクサスに行って、空を見たい!」
彼らにとってそれは恐怖ではなく、夢と冒険の象徴となりつつあった。
――恐怖、欲望、希望、夢。
それらすべてが入り混じり、世界はひとつの巨大な渦へと変貌していく。
空に浮かぶアウルディーン=ネクサスは、沈黙のまま進み続ける。
だがその存在はすでに、誰にとっても「ただの都市」ではなかった。
人々の心に芽生えた感情は、やがて争いとなり、同盟となり、革命となって歴史を塗り替えていく。
世界は震えていた。
そしてその震えの中心には、まだ幼き発明家――ネルフィ・アウルディーンが立っていた。
◆◇◆◇
◆ 世界が動き始める ― 牙を研ぐ者たち◆
アウルディーン=ネクサスが空を進み始めたその瞬間から、世界はただ騒ぐだけでは済まなかった。
恐怖と羨望のざわめきの裏で、既にいくつもの「決断」が下されていた。
◆ 帝国宮廷 ― 血と策謀の胎動
腐蝕帝国ヴァルガルドの王都、中心にそびえる黒曜の宮殿。
外壁は常に瘴気に覆われ、まるで世界そのものが腐り落ちていく未来を先取りするかのように沈鬱な気配を漂わせていた。
宮殿奥の謁見の間。
広間は血のように赤い絨毯で覆われ、両壁には磔にされた異国の捕虜たちの影が揺れている。
黒曜石の玉座には、暴虐の皇帝――ダリウス・ヴァルガルドが君臨していた。
その目は人間のそれではない。
深淵を覗くような暗黒の瞳が、眼前に立つ臣下の報告を退屈そうに聞き流している。
「小娘が牙を掲げたか……」
低く響いた声は、大地の割れ目から漏れる地鳴りのように重苦しい。
そして口角を吊り上げ、不気味な笑みを浮かべた。
「良い、面白い。ならばその牙を、我が拳でへし折ってやろう」
その言葉に、広間の空気が一層冷たく張り詰める。
第一皇子――アドラステアスは玉座の前に跪いていた。
軍事を司る「暴蝕公」と呼ばれ、兄弟姉妹からも恐れられる男。
だが今、彼の胸中は静かならぬ熱で満ちていた。
(……ネルフィ・アウルディーン……あの小娘の言葉が……まだ焼き付いている……)
『悪を排除し、この都市を狙う者は敵とみなす』
あの宣言は、剣より鋭く、己の胸を貫いて離れない。
(信念を貫く彼女と……忠誠に縛られ、母すらこの手で殺めた俺……)
喉元が焼け付く。剣に残る母の血の匂いが蘇る。
忠義という鎖で縛りつけてきた心が、今まさに軋み、悲鳴をあげていた。
だが彼は表情を動かさない。
跪き、忠誠を誓う戦鬼の仮面を被り続けるしかないのだ。
「――御意。必ずや、その牙をへし折ってご覧にいれましょう」
声は冷徹に響いた。だが胸の奥底では、軋む音が止まらなかった。
その横で、皇后――イザベラ・ヴァルガルドが扇をゆるやかに閉じる。
氷のごとく冷たい微笑を浮かべ、透き通る声で告げた。
「十二柱よ、動く時です。
あの都市を取り込むか、あるいは滅ぼすか。
どちらにせよ――世界の秩序は、我らが決める」
その言葉に応じるように、広間の隅々に十二の影が蠢いた。
黄金を握り潰す商人王の笑い声。
影の奥で剣を研ぐ音。
禁呪の香が立ち昇り、血に濡れた仮面が無言で覗き込む。
海の潮騒のような女の囁き。
甘美な毒の芳香、狂信の祈り、獣の咆哮、氷の刃が軋む音。
――腐蝕十二柱。
皇帝の血を分けた子らにして、帝国の闇を象徴する十二の異能者たち。
その存在感は、まるで十二の大罪が人の形を取ったかのようだった。
空気そのものが淀み、広間の温度が一瞬で下がっていく。
皇帝は不気味に笑みを深め、指先で玉座の肘掛けを叩いた。
「世界を震わせた牙よ……次に噛みつくのは我らの番だ」
その宣告が響いた瞬間、謁見の間の闇が一斉にざわめいた。
血と策謀の胎動――帝国は動き出したのだ。
黒曜の広間に、十二の影がぞろぞろと姿を現す。
彼らは皆、皇帝の血を分けた兄弟姉妹。
だがその在り方は家族というより、獣同士の群れ、あるいは毒を持つ刃が十二本並んだような危うさだった。
第一皇子 アドラステアス
軍装に身を固めた巨躯の男。
玉座の前で跪く姿は忠義そのもの。だが、その瞳の奥には軋む葛藤があった。
(……母の血をこの手に浴びて以来、俺は忠誠の鎖で己を縛ってきた。
だがあの娘は……鎖ではなく、自らの意思で立っている。眩しすぎる……!)
拳を握りしめる音が、沈黙の広間に小さく響いた。
第二皇女 リュミナリエ
黄金のドレスに身を包んだ女帝候補。
冷たい笑みを浮かべながら、水晶の杯を回した。
「空に浮かぶ都市……支配網に組み込めば、千の国を従える力となるわ。
ええ、弟妹よ。あの娘は利用する価値がある」
彼女の瞳には、都市ではなく “ネルフィ” そのものを新たな駒に数える冷徹さが宿っていた。
第三皇子 バルタザール
肥え太った体を揺らし、黄金の指輪をじゃらつかせながら下卑た笑いをあげた。
「特許だの発明だの……金に変わらんものはない。
小娘の都市も、女の命も、値札をつけてしまえば市場に流せる!」
彼の笑声に呼応するように、帳簿に記された莫大な数字が不気味に蠢いた。
第四皇女 エリュシア
黒衣の裾を揺らし、刃のような視線を煌めかせる暗殺の女王。
「……宣言を世界に放った? 愚かね。
その声を聞いた瞬間、私はその喉元に刃を置いたと思いなさい」
背後に控える暗殺影兵が、無音で一斉に膝を折る。
第五皇子 イグナティウス
骸骨仮面をかぶった禁呪魔導師。
骨ばった手に古代の羊皮紙を掲げ、不気味に呟いた。
「都市が災厄の鍵か……ならば封じられし“異界の門”を開く触媒となろう」
紫の炎が彼の掌から漏れ、広間に死の匂いが漂った。
第六皇女 セラフィナ
純白の聖衣を纏った美しき“聖女”。
だがその微笑は凍てつくほど冷たかった。
「治癒を反転させれば……都市全体が病と苦痛に沈む。
ねえ、壊すよりも……もっと“美しい苦しみ”を与えましょう?」
両手の聖布から滴る雫は、光ではなく猛毒だった。
第七皇子 ドラコ
血濡れの毛皮を纏った獣人軍団の主。
獰猛な笑みを見せ、牙を鳴らす。
「空に浮かぶ街だと? 狩り甲斐がある……!
俺の奴隷獣人どもに翼を与えて、空ごと食い尽くしてやる!」
背後からは鎖を引かれた獣人兵たちの呻きが響く。
第八皇女 カリスティア
蒼いドレスを纏い、妖艶に微笑む海の支配者。
杯に注がれたのは葡萄酒ではなく、海の潮そのものだった。
「空に浮かぶ舟も、潮の流れに呑ませれば沈むわ。
……ふふ、娘にも見せてあげたい。新しい玩具が生まれたのだと」
彼女の娘セリーヌの無垢な笑顔を思い浮かべながらも、母はなお冷酷に嗤った。
第九皇子 ダリオン
全身を鋼鉄の義肢で覆い、冷たい光を宿す兵器開発者。
「都市……素材が揃っている。
解体すれば、千の兵器に変わる」
彼の背後では自動兵団がカチリと音を立て、一糸乱れぬ動きで武装を構えた。
第十皇女 ヴァレンティナ
薔薇の香を纏った妖艶な毒婦。
唇に赤を引き、陶然と囁いた。
「……あの娘を捕らえ、愛で、毒に酔わせ……永遠に私だけを見させたい」
狂おしい欲望が、甘やかで危険な香りとなって広間に溶けた。
第十一皇子 オルフェウス
白衣に身を包み、狂信的な微笑を浮かべる預言者。
「神は告げた。“箱舟は偽り、真の救済は血にある”……
我が教団の信徒に命じよう。都市を神に捧げよと」
その声はまるで説教壇の祈祷のように広間に反響した。
第十二皇女 モルガーナ
黒いヴェールに顔を隠した巫女。
その声は囁きなのに、闇の奥底から全員の脳裏に直接届いた。
「……都市の継承者。
彼女の魂を捧げれば、我が神は完全に目覚める」
冷たく湿った気配が広間全体を覆い、誰も息を呑むしかなかった。
皇帝ダリウスは玉座に沈み込み、満足そうに笑う。
その笑みは、血と策謀の胎動を喜ぶ魔王そのものだった。
「――さあ、世界を震わせた牙よ。
十二柱と我が帝国こそが、その噛み跡を必ず残してやろう」
その宣告と共に、帝国の闇が再び世界へと牙を剥いた。
◆◇◆◇
◆ 傀儡国家と協力組織 ― 生存の算盤◆
南方都市国家群
白壁と碧屋根が立ち並ぶ交易都市〈エスピラ〉の議会場。
昼日中だというのに、商人王たちの顔は土気色で、汗が滝のように流れていた。
「交易路をネクサスに握られれば、我らは餓死する!」
「いや、帝国の庇護を捨てれば、明日には兵士が街門に並ぶぞ!」
帳簿を叩く音、砂金を握る音、怒声と悲鳴が入り乱れる。
金勘定しか知らない老いた指導者たちは「帝国の庇護こそ最善」と繰り返す。
だが若き商人や学徒議員は声を張り上げた。
「ネクサスと同盟を! あれは未来の象徴だ!」
しかしその言葉は笑い飛ばされる。
「理想に投資して利益が出るか? 夢で腹は膨れぬ!」
恐怖と利権に縛られた都市国家群は、舵を切れずに漂流を続けていた。
未来と現在――その間で、議会の算盤は音を立てて割れかけていた。
西方砂漠部族
黄金の砂海に立つ黒天幕。
族長は風に揺れる髭を震わせ、戦士たちの前に古びた剣を突き立てた。
「空に浮かぶ牙を折り、砂海に落とせ!
それを奪い取れば、我らは王国となる!」
声は砂嵐の轟きに溶け込み、戦士たちの鬨の声が果てしない砂原に木霊した。
帝国からは密かに大量の武器が流れ込み、すでに部族の少年兵たちは鉄の鎧を着せられ、砂漠を越える輸送獣の群れには黒き紋章が刻まれていた。
「牙を折るか、牙に噛まれるか……砂漠は選ばせぬ」
族長の眼差しは荒涼とした砂海の先、浮遊都市が白き蜃気楼のように輝く幻影へと向けられていた。
黒鉄傭兵団
荒涼たる山間の工場地帯。
赤黒い煙を吐く炉心からは、焼け焦げた鉄と血の匂いが混じり合って立ち上る。
第九皇子ダリオンの資金を得た黒鉄傭兵団は、すでに次世代の兵を「鍛造」していた。
「人間は脆い。機械と融合させろ」
「痛みは不要だ。感情は切除しろ」
無機質な命令が反響するたびに、兵士たちの肉体に鉄の義肢が溶接され、神経に機械が食い込む。
呻き声はすぐに電気信号へと変換され、叫ぶ声すら失われる。
広大な模擬戦場に並ぶのは、血の通わぬ“兵士もどき”たち。
彼らは空に浮かぶ都市の幻影に向け、一斉に銃火を浴びせた。
「都市ごと実験場にしてやれ」
指揮官の冷たい声に応じ、鉄の脚が砂を踏み割り、鉄の咆哮が空を裂いた。
そこには、もはや人間の戦争ではなく、機械の狂宴が始まろうとしていた。
◆◇◆◇
◆ 海と闇 ― 覇権を狙う者たち◆
堕海連合
荒波が砕ける海上都市〈サルガッソ〉。
酒場の奥で、海賊王たちが木製の酒杯を叩きつけた。酒精が飛沫のように床へ散る。
「空を支配するだと? 馬鹿な!」
「海を操る我らに死角はない! 嵐で引きずり落としてやる!」
誰もが獲物を前にした鮫のように血走った眼をしていた。
背後の壁に掲げられた旗は、どれも異なる海賊団の紋章。だが今は一堂に会し、ひとつの影に従っていた。
その影――第八皇女カリスティア。
薄衣を纏った彼女の姿は波のように揺らぎ、声は甘美でありながら雷鳴のように鋭い。
「空の都市は、いずれ海に落ちる。私が潮を操れば、あれはただの漂流物……拾った者のものよ」
海賊王たちは歓声を上げ、剣や斧を天井に突き上げた。
嵐を呼ぶ女帝の影に導かれ、堕海連合は空をも獲物に数え始めた。
赤牙(レッドファング)
路地裏のチンピラどもは、火のついた煙草を踏み消しながら叫んでいた。
「おい! あの小娘の工房に残ってる発明品をかっぱらえ!」
「帝国様が後ろにいるんだ、ビビることはねぇ!」
酔いと恐怖が入り混じった声。
彼らにとってネクサスは遠い天の出来事、だが工房は目の前の獲物。
鉄パイプや刃物を振り回し、夜の街を徘徊するその姿は、雑魚であっても厄介な“牙”となる。
黒鴉団(ブラックレイヴン)
山岳のアジト。
黒き鴉の旗の下で、首領は冷たく吐き捨てた。
「ラムを攫え。あのスライムは金になる。腐蝕十二柱も望んでいる」
命令に応じた部下たちは、闇に溶けるように散っていく。
彼らの刃は影と同化し、獲物を狙う眼差しは鴉そのもの。
狙うは工房の心臓部、ネルフィの最も近くにいる「家族」だった。
蛇の環(サーペント・サークル)
地の底、血に濡れた儀式場。
石の祭壇の上で、司祭が生贄の血を啜り、狂気に吠えた。
「都市は災厄の鍵……! これぞ蛇神に捧ぐべき供物!」
祭壇に刻まれた蛇の紋様が赤く輝き、参列した信者たちは一斉に頭を垂れる。
「空の要塞」を破壊し、その残骸を神に捧げる――それが彼らの至上の使命と化していた。
漆黒の牙(ブラックファング)
廃工場。錆びた鉄骨の下で、過激派たちが爆薬を積み上げる。
目には血走った狂信の炎。
「王国を焼き払え!」
「要塞を帝国の兵器に塗り替える!」
理屈など存在しない。ただ破壊と炎に酔うだけの獣たち。
彼らの炎は必ず街へ、工房へと降りかかる。
黒薔薇一家(ブラックローズ)
華やかな都市の一角、夜会の館。
妖艶な幹部は真紅のドレスで舞い、ワイングラスを指先で転がしながら嗤った。
「ネルフィの特許品……王国に売るか、帝国に売るか。どちらでも金になるわね」
背後の影には、貴族も商人も兵士も跪いていた。
彼女にとって都市は宝石に過ぎず、最も高値で売れる市場に流す――
それだけの話だった。
◆◇◆◇
◆ 巨大シンジケートとライバルたち
黒牙連盟 ― 裏切りを許さぬ牙
腐蝕帝国の影響下にある都市〈ディルヴァーン〉。
闇に沈む会議室で、連盟幹部たちが集う。
獣の血を引く〈黒牙〉クロヴィスは鋭い犬歯を剥き、机を爪で裂きながら唸った。
「ゼルダン……臆病者の裏切りは許さねぇ。逃げても、世界の果てまで追い詰める。俺がこの牙で必ず噛み砕く」
妖艶な美女〈黒薔薇〉マルグリットは、深紅の唇を歪め、甘やかに囁く。
「ゼルダン……あなたは裏切り者じゃない。私のもの。必ず戻ってくる。たとえ、あの娘の影に隠れても……」
その声は愛か呪縛か。絡みつく薔薇の棘は、彼女の執着そのものだった。
巨体の〈鉄骨竜〉ドラコは鉄の義肢を打ち鳴らし、低く吠える。
「力こそが正義! あの都市も女も、力で叩き潰す! ネルフィとゼルダン、両方まとめてスクラップだ!」
会議室の空気は、復讐・執着・力の欲望が入り混じり、血の匂いを孕んでいた。
黒牙連盟の牙は、ネクサスとゼルダンを同時に狙い始めた。
闇ギルド《ノクティス》 ― 商人の仮面
別の都市の暗黒街。
豪奢な仮面を纏った男、仮面商人ヴァロスは、静かに指を鳴らした。
「価値あるものは裏切りだ。都市も、娘も、やがて“商品”になる」
その言葉に従い、仮面を付けた幹部たちが応じる。
〈仮面秘書〉セリオンは無感情な声で囁いた。
「交渉か、暗殺か。選択肢は常に我らのもの」
〈屍商人〉グラトンは肥大した腹を揺らし、下卑た笑いを漏らす。
「死体は売れる。都市ごと屍にすりゃ、山ほどの“商品”になる」
〈影蜘蛛〉メルヴィナは指先で黒い糸を弄び、嗜虐的な笑みを浮かべる。
「巫女を捕らえて糸で絡めとる……それが一番高く売れる“商品”になるわ」
仮面の下に潜む欲望と策略。
ノクティスは“商い”の名のもとに、都市を丸ごと商品へ変える準備を進めていた。
ヘリオス・コングロマリット残党 ― 科学の亡霊
かつてネルフィを追放した研究都市の廃墟。
ヘリオス残党の重役たちは、悔しさに震えていた。
「栄光は小娘に奪われた……!」
「我らこそ“本物の科学”を示す!」
錆びた研究施設の中、彼らは必死に新たな発明を試みる。
だが資金も人材も不足し、焦燥だけが渦を巻く。
その執念は、やがて禁忌技術との融合へと暴走し、さらなる悲劇を呼び込もうとしていた。
犯罪国家ザイラ共和国 ― 兵器を狙う軍閥
黒煙を上げる共和国の軍事都市。
将軍は地図を拳で叩きつけ、嗤った。
「あれは良い兵器だ。奪えば天下は我らのもの!」
兵士たちが歓声を上げ、武器庫からは次々と戦車や砲兵が引き出される。
彼らにとってネクサスは神話でも禁忌でもない。
ただ「奪い取る価値のある兵器」。
その一点だけが、ザイラを突き動かしていた。
その他の工房・ライバル企業
世界の片隅、大小さまざまな工房や企業がざわめき立つ。
「特許を独占させるな!」
「潰せ、あの少女を!」
嫉妬と恐怖が入り混じり、彼らは密かに手を組み始めた。
裏市場に資金を流し、刺客やスパイを雇い、ネクサスの動向を探る。
小さな敵意の火種は、やがて大きな炎となり、工房に牙を剥くことになる――。
◆◇◆◇
◆さらに広がる波紋 ― 異国の揺らぎ◆
魔界 ― 王と反逆の将軍
魔王ゼルグラントは共存の可能性を口にしたが、側近の将軍ラグナスは激昂した。
「魔族が人間に頭を下げるだと!? 俺が軍を率い、あの都市を蹂躙する!」
ラグナスは自らの部下を率い、禁断の瘴気兵器を準備。
→ 魔界は「共存派の魔王」と「侵略派の将軍」で分裂。内乱の兆し。
竜冠連邦ドラコニア ― 若竜の挑戦
若竜リンドヴァルが立ち上がり、古竜評議会に叫んだ。
「ネクサスに直接飛んで、彼女に会う! 討伐か共闘かは、自分の目で決める!」
その言葉に反発した長老竜グラウドは「勝手をすれば竜の掟で裁く」と宣告。
→ リンドヴァルは密かにネクサスを目指し飛び立ち、のちにネルフィと接触する展開に。
氷霧王国グラキエラ ― 王女の独断
女王の冷酷な命令に反し、王女イリシアは密かに騎士団を率い、ネクサスとの接触を計画。
「母上が見えぬものを、私は見る」
だがその動きを、帝国に内通する宰相が密告し、氷の王国そのものが混乱へ。
日本風の島国 ― 将軍と浪人
将軍・武蔵守景虎は冷徹に策を練るが、かつて彼に仕えていた浪人・宗真は密かに動く。
「俺は自由のために、ネクサスに仕える」
宗真は仲間を集め、独自に船団を組織し、ネクサスへの渡航を図る。
→ 「幕府 vs 浪人」構図が生まれる。
中国風の王朝 ― 宦官の陰謀
皇帝は幼く無力、実権を握るのは宦官長・高文。
「ネクサスを嫁がせよ。あの娘を皇后に迎えれば、我らの国は帝国にも勝てる」
だが将軍・趙嵐は「我が剣で奪い取る」と宣言。
→ 王朝は政略婚派と武力奪取派で二分し、暗殺と陰謀が渦巻く。
エジプト風の砂の国 ― 神官と反逆者
大神官メルシェスは「ネクサスは神の舟」と宣言、民衆を神殿に集め巡礼を始める。
しかし盗掘王カリムは反発し、「神の舟? 奴は宝の山だ!」と軍を率いて動き出す。
→ 「信仰 vs 強奪」構図。
インド風の叡智の国 ― 賢者の予言
大賢者アナンダは「都市は輪廻の鍵」と告げ、弟子たちに瞑想の修行を命じた。
だが若き修行僧ラーマは逆に叫ぶ。
「ならば俺が都市を奪い、悟りを証明してみせる!」
→ 宗教国家内部で「悟りの試練」と「暴力による証明」の対立が激化。
アフリカ風の部族王国 ― 族長と巫女
族長カランバは「都市を狩る」と豪語したが、部族の巫女ザフィラは異を唱える。
「彼女は狩りの対象ではない。未来を導く星」
→ 部族社会で、戦の炎と信仰の火がせめぎ合う。
スペイン風の情熱国 ― 闘牛士と興行師
興行師ガルシアが「都市を模した闘技試合」を計画、闘牛士ディエゴが反発。
「見世物ではない。俺は都市に挑むために剣を振るう!」
→ 血と舞踏の闘牛士が、いずれネクサスに乗り込む展開。
南国の楽園 ― 太陽の王子
祭りを楽しむ民衆の中、王子ルアナは密かに動く。
「祝祭だけでは国は守れぬ。ネクサスと同盟を結ぶ」
→ 明るい国の裏に、外交を担う若き王子の野望。
北極の氷原 ― 星を狩る者
白熊の毛皮を纏った狩人シグルドは、空を指差す。
「星の獣を狩れば、俺は英雄となる」
→ 北極の部族に「狩り派」と「畏敬派」の分裂が生まれる。
地下の国 ― 鉱山王の策謀
鉱山王ドゥラグは、部下に命じた。
「都市を丸ごと地下へ引きずり込め」
だがその計画を嫌った娘リリアナは、逆にネクサスへ密使を送る。
死の国 ― 冥府の巫女
冥府の巫女エレシアは、都市を「魂を導く灯」と呼び、儀式を始める。
しかし、冥府の王は低く嗤った。
「灯は闇に沈めねばならぬ」
妖精の国 ― 王と歌姫
妖精王は「警戒せよ」と命じるが、歌姫フィオナは歌を通じてネクサスへ想いを届けようとする。
→ 歌は通信として工房に届き、ネルフィが受信する展開を作れる。
エルフの国 ― 長老と青年
長老エルディアは「災厄」と断じたが、青年弓使いリスフェンは反発。
「俺はネクサスへ行き、真実を確かめる」
→ 若者が旅立ち、やがて工房に関わる可能性。
古き魔女の国 ― 魔女会議
三人の大魔女が大釜を囲む。
「呪いを解く鍵だ」
「いや、世界を滅ぼす毒だ」
「試す価値はある」
→ 魔女たちはそれぞれ密かに弟子を都市に送り込む。
オーガの国 ― 武王グルバ
血に飢えた武王グルバが吼える。
「都市を血祭りに捧げろ!」
しかし弟のオーガ青年ドルグは「違う。彼女は俺たちを救う」と抗う。
浮島の国 ― 浮遊王女
浮島の王女セリアは涙を浮かべた。
「同胞として迎えたい……」
だが参謀たちは「奪え」と迫り、王女は孤立する。
犯罪の国 ― 盗賊王バルド
「都市そのものを盗む」と豪語したバルド。
だがその息子ライルは内心で憧れを抱く。
「母を守ってくれるかもしれない……」
→ 親子の確執と裏切りフラグ。
獣人の国 ― 双姉妹の対立
狼獣人姉のカリナは「彼女は敵」、妹ミリアは「彼女は姉妹」と言い争う。
→ 双子の獣人姉妹が、やがて工房に関わる。
聖女の国 ― 聖女セラ
聖女セラは「巡礼の舟」として都市を聖地認定。
だが枢機卿は「異端」と断じ、宗教戦争の火種となる。
巨人族の国 ― 戦士ログレス
巨人戦士ログレスは「踏み潰す」と吼えるが、恋人の人間の娘ティナは「理解して」と涙を流す。
→ 異種族の愛と葛藤。
医学の国 ― 天才外科医レイモンド
「都市の技術を奪えば千年進める」と冷徹に語る外科医。
だが彼の弟子カレンは「利用ではなく協力を」と願い、密かに工房へ文を送る。
機械の国 ― 鉄の王アークス
暴走機械の王アークスが目を光らせる。
「……同胞よ」
人類を排斥する鉄の軍団が、都市を「仲間」と呼び始めていた。
◆ 結び
こうしてネクサスは、ただ存在するだけで――
無数の国と民族の運命を揺らし、個々の人物の心を変え、事件を生み出していた。
ネルフィの宣告は、国家間の均衡を崩す「引き金」となり、
やがて世界は、彼女と工房を中心に収束と混乱を繰り返していく。
◆◇◆◇
◆ 工房の日常へ◆
世界は震撼していた。
帝国は牙を剥き、裏社会は暗躍し、異国の王たちは思惑を巡らせている。
空に浮かぶ《アウルディーン=ネクサス》は、新たな覇権の象徴として各地の議場や祭壇、酒場にまで話題を振りまき、嵐の中心に立っていた。
だが――工房の内部に流れる空気は、まるで別世界のように温かく、賑やかだった。
■ 工房の仲間たち
フィクスは無言で甲板の手すりを締め直していた。
カン、カン、とリズムを刻むようにボルトを締める音。
「……緩んだ箇所、これで最後だ」
煤で黒ずんだ指先をハンカチで拭うと、ネルフィの研究机に新品の部品をそっと置く。
――壊れるのは仕方ない、直せばいい。
それが彼の信条であり、工房の鼓動を保つ静かな誓いだった。
デイジーは湯気を立てるポットを抱え、仲間に次々と紅茶を注いで回る。
「はい、ネルフィちゃんは砂糖多め、レオン様はストレートですね」
芳しい茶葉の香りが工房の空気を柔らげ、戦いの緊張を解いていく。
彼女の微笑みは、どんな鎧よりも仲間を守る盾だった。
コルトは入り口に立ち、無言で外を見張る。
微動だにせず、ただ「門番」であることを全うする姿は、一枚の壁のよう。
その背中の安心感は、言葉以上に仲間たちの心を支えていた。
リーは厨房から大皿を抱えて現れると、椅子に腰を下ろして勢いよく食べ始めた。
「くぅ~~! 戦いの後はやっぱり満腹に限る! あー、食べ放題の店が恋しいわねぇ!」
頬張りながらも豪快に笑い、香ばしい匂いが周囲の空気まで明るくする。
異国から流れ着いた彼女の存在は、いつも仲間に笑いと元気を運んできた。
双子のレイナとエレナは、新しいドレスの布地を広げては「こっちが似合う」「いや、こっちで目立つ」と口論。
その派手なやり取りに、セレナが帳簿をパタンと閉じて小さく溜息をつく。
「……在庫が減るんだけど」
白猫の耳がぴくりと動き、真面目さと呆れが入り混じる。
リュミエールは半透明の姿で現れ、工房に遊びに来ていた子どもたちを幽光であやしていた。
「泣かないの。ほら、きらきら光……きれいでしょう?」
子どもたちの笑い声に、幽霊である彼女の微笑がほんの少し温度を取り戻す。
ユリウスは軽口を飛ばし、場をさらに和ませる。
「なぁ、帝国の皇子ってイケメンなんだろ? オレとどっちがモテると思う?」
「比較対象に失礼よ」
双子の鋭いツッコミが飛び、工房は笑いに包まれた。
アルスは黒猫の姿でネルフィの肩に乗り、紅茶を受け取る彼女を心配そうに見つめる。
「ネルフィ様、本日はもうお休みください。徹夜は健康に良くありません」
「……わかってるよ」
ネルフィは苦笑しながらも、彼の忠告を心の奥でありがたく受け止めていた。
アカとシロはネルフィの膝に飛び乗り、にゃふにゃふと甘える。
「アカはネルフィの助手にゃ!」
「シロもゴロゴロするにゃ~」
その小さな体温が、彼女の胸の奥の緊張をゆっくりと溶かしていく。
ラムは机の端でぷるるんと震えながら昼寝をしていた。
「……ぷるるん……守る……」
寝言がぽよんと漏れ、皆の笑顔を誘った。
榊は黙って酒を口に含み、レオンはネルフィの隣で剣の手入れをしていた。
二人の視線が交わることはない。
だが互いに「守るもの」が同じであることを理解していた。
■ ネルフィの誓い
――世界は嵐のように荒れている。
だが、この場所には確かな温かい日常がある。
ネルフィは仲間の顔を見渡し、小さく息を吐いた。
そして窓の外、空を見上げる。
雲間から射す光に、母の面影を幻のように感じた。
「母さん……私はやるよ」
胸の奥で強く誓う。
「この都市も、禁忌も、未来も――全部“完成させて”、世界を救ってみせる」
その言葉に応えるように、《アウルディーン=ネクサス》の心臓が柔らかく脈打った。
《継承者よ。道を示せ。――我らは、共にある》
世界が牙を研ぎ、嵐を呼び起こしても、工房は確かに「家族」であり続ける。
嵐の前のひとときの安らぎ――だがその笑顔こそが、次の戦いへと踏み出す力となっていくのだった。
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