遺言宅配便0・番外編

神連木葵生

第1話 ローズと契約

 暖かな光が部屋を照らし、暖炉がパチパチと音を立て部屋を広く暖めている。

 暖炉の傍でロッキングチェアが揺れてギイギイと音を鳴らしていた。

 チェアには一人の老婆がおり、チェアが揺れるに合わせて体が揺れている。

 ふと部屋の隅にある影が濃さを増し人の形となった。それはゆっくりと黒づくめで灰色の髪の男に成った。

「レディ、お時間です」

 揺れる老婆に近づき、そう声をかけると彼女もピクリと反応する。

「あら、もうそんな時間?」

 ゆっくりと老婆が身体をチェアから起こすとそこから途中だった編み物が床に転がった。

「あらいやだ、編み終わらなかったわね」

 微笑みながら言う老婆の身体は薄く透けている。そしてロッキングチェアには目を閉じる老婆が取り残されてゆっくりと揺れていた。

 老婆は動かなくなった己の肩を透けた手でさすり、長く長く尽くしてくれた身体を大切に労う。

「お疲れさまでした」

 黒づくめの男が言って手で礼をすると老婆はその姿を見て微笑んだ。

「死神さんがエスコートしてくれるのね。初めてだからドキドキしちゃうわ」

 おずおずと老婆が右手を差し出すと黒づくめの男がその手を取る。

「では、参りましょうか」

 黒づくめの男は優しく手を引くが、老婆はそこから一向に動こうとしない。

「……どうかしましたか?」

 男が聞くと老婆はとても驚いたような顔をする。

「どうしましょう、私忘れ物をしていたみたい!」

 老婆はすんなりとエスコートの手を外し、しわの深い両手を頬に当てた。

「その忘れ物をどうにかしないと私、成仏できないかもしれない!」

「ええええー……」

 黒づくめの男は老婆の突拍子もない言葉に困惑を隠せないでいる。予定ではこの老婆はすんなりとお迎えに応じるはずだったのだ。それが成仏できないとなると担当の死神にも責任を問われてしまう。早い話が上の役職からドヤされてしまう。できればそれは回避したい。

 たまにやらかしてはいるが。

 やらかしているからこそ。

「レディ……困ります。このまま天に召されてもらわないと……」

 どうしましょうと部屋を歩き回る老婆を黒づくめの男は追いかけた。

 老婆はクルリと男に振り返り、元気よく手をパンと叩く。

「そうだ! こういうのはどうかしら?」

 老婆が手を開くとそこには赤いカケラがコロリと転げ出てきた。

 死神や悪魔が力の元として使うことの多い大好物である。

 時に、その界隈でカケラは人間界に流通する硬貨のようにも取引される。

「魂のカケラ……」

 黒づくめの男は無意識に呟いた。

「そう、私、契約するわ! 貴方と! この魂のカケラで貴方に一つお願いをするわ!」

「お、お願い……ですか?」

 老婆は男に赤いカケラを渡す。黒づくめの男は慌てて両手でそれを受け取った。

 契約のことは悪魔と人間ならよくあると聞くが、死神と人間ではあまり聞かない話である。

「魂のカケラ一つで、孫のところに行ってほしいの」

「……お孫さんのところに……ですか」

「ほら、私はもう行けないでしょう? だから孫の顔を見るだけでいいから」

 と言う老婆に詳しい住所を聞いた。そこまで遠くないようだが近くもない。老婆一人で行けなくもない距離ではあるが、もうお迎えが来てるのだから無理だろう。

 黒づくめの男は手の中のカケラを転がして見る。お願いの内容が重かったら即断ろうと思っていたが、御遣い程度なら安価な契約ではないだろうか。受けてみるのもこれは一興か。後になってみればこれは巧妙な老婆の罠だった。今はそれに一切気づいていないが。

 老婆が呪文のように、契約を口頭で編み上げる。

「私――赤色の魔女は目の前に居る死神グレイに依頼の契約をする……」

 男の名前も伝えてないのに、シレっと名前を唱えているあたり、老婆が場慣れした魔女であったことが知れた。道理で最初に死神が来たと知っても慌てない様子だったのにも頷ける。しかも二つ名持ちとなればその力量もかなりの者であることが知れた。

 老婆の暖かなしわがれた声で編み上げ終わると、その契約はフワリと赤い光となって二人の周りを回って消える。これで魔女である老婆と死神である黒づくめの男の契約が正式に成立した。その契約の破棄は原則認められない事となる。

「そうそう、それで孫の名前なんだけどね……」

「お聞きしてませんでしたね」

「ローズって言うの」

「それはたしか……」

「そう、私と同じ名前なのよ」

 年老いた老婆……いや、老獪な魔女はパチリと可愛らしくウィンクをした。

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