第20話 カフェ、パフェ、魔王御前

 かくかくしかじか。

 激動の昼食会を後にした勇者はあらかじめ決めていたセーブポイントの近くのカフェでゾーナと落ち合った。

「――て感じで、てんやわんや」

「思ったより色々あったんだねぇ」

「どこまで想定だったの、ゾーナ」

「何も。想定できないからアンタ連れて来たんだもの」

「あっそ…。じゃあ君は何してたの?」

「観光」

「本当?」

「あはっ! その目は信じて無さそうね」ゾーナは肩を揺らす。

「お待たせしました、抹茶パフェ2つです」

と脇から忍び寄る店員が静かに緑色のクリームが盛られたグラスを机に置き、そそそと立ち去って行った。

 それを見送ったあと、

「どうぞ!」

とパフェを勧めるゾーナ。

「あ、どうも」

 勇者は勧められるまま、抹茶のクリームを一掬いして口に運ぶ。ほんのり苦く、優しい甘さの抹茶クリームの中に、少しの塩気と香りの効いたココア生地のクッキーが入っていて、触感と香りが重なって美味しい。

「美味しい! …じゃなくて。何してたのゾーナは」

「しいて言うなら偵察」

「偵察?」

酒飯店ディーエンズって知ってる?」

「ディ…? 知らない。まえに聞いたかな」

「あれよ」

と、細長い匙の先で、通りの向こうに構える店を差し示した。

 ウェスタニアという歴史のある景観の中で、その店構えはひと際目立っていた。建物自体は元の建屋をリメイクしたようだが、看板を高く掲げ、扉を全てガラス戸に差し替えられており、店内に並ぶ様々な飲食品や酒、さらに本や服なども見える。

「珍しい店構えだね。新しい観光名所?」

「あっはっは。感想面白」

「ち、違った? そんな笑わないでよ」

「ディーエンズは飲食販売事業を主軸に起業してから急成長してる企業。エルダーでは見ないけど、ウェスタニアには一足早く上陸したって聞いたから、見に来たの」

「へえ…。上陸ってどういうこと? ウェスタニアの人が起業したんじゃなくて?」

「海外企業よ」

「海外なのか…なんでウェスタニアに来たんだろう。ここロンザクみたいな貿易港ないよね?」

「前はね。今はある。アンタが魔王を倒してから、変わったのよ」


 ジパングはかつて、“魔王”と“魔物”という、異質で最悪な存在が脅威を振りまく土地だった。しかし裏を返すと、そのような特殊な生物が生まれるような特別な資源に富んだ環境でもあった。海外諸国にとって、「興味は尽きないが手が出せない地」だったのである。

 当のジパングの方も、魔物の海外流出を防ぐために“鎖国”という体制を敷き、外交を極力絶っていた。だからといって、ジパングが海外に対して全く閉じた世界だったわけではない。ロンザクというジパング本土から離れた島ではかねてから貿易が栄えており、世界との接点となっていた。その窓から“ウェスタニア”――通称“魔王御前”と呼ばれる地域のことも、有名になっていたのである。

 さてそんな情勢の最中、勇者が魔王を討ち、全ての魔物も征伐されたという報せがロンザクから世界に発信された。

 それと同時に、これまで手をこまねいていた海外企業群が、ジパングの市場開拓にいよいよ乗り出したのだ。


「ちなみにアンタも海外ではそれなりに有名――というか人気者よ! ジパングという土地を世界に開いた立役者だから」

「い、いいよ、別にそんなことどうでも」

「それならディーエンズに話戻すけど、あれは海外から来た企業。3年前からウェスタニアのシラヌイ家に出資して、復興を援助する代わりに店を出す手伝いをもらう――そんな契約を結んだとかなんとか、噂されてる企業ね。噂は噂だけど」

「ふーん。つまりゾーナは、あのディーエンズが脅威だと思って偵察に来たってことだね」

「?」

 ゾーナは首を傾げ、「あっ、違う違う」と首を振った。

「違うって? 偵察に来たんだよね」

「そこは合ってる。違うのは、“脅威だと思って”――ってところ。別に脅威だからって偵察したり潰そうとしたりしないわ」

「じゃあ何のために偵察するのさ」

「真似するため。商会が海外に進出するときに」

「ぅぇ?」

 びっくりした勇者は、あんぐりと開いた口がふさがらなかった。

「か、海外に行くの…?」

「いつかは行きたいって思ってる。だからディーエンズのやり方を見学しに来たんだけど、地元の人の評価は賛否両論って感じね。商売には競争がつきものだけど、ディーエンズは節操がない感じで、敵も多くなっちゃってるみたい。海外からいきなり来たら、現地で誰が何を売ってるかなんて確かに調べきれないしね……商会も売り物には気を付けないと」

「……」

「ふっ、なあに? 辛気臭い顔してさ」

「いや別に。何でもないし」

「あー、私が海外行くの寂しいんだ?」

「いや別に。そういうんじゃないし」

「海外進出はきっと少し先の話よ。私が先に成し遂げたいのは、ジパングの市場をもっとカオスで、スピーディで、ホットにすること。今はそのための検証をしたいから」

「その一つが物流なの?」

「ふふっ、そう。どう思う?」

「良くわかんないけど、人助けになるなら別に良いよ」

「アンタらしい……。ねえ? 正体を隠すようお願いしてるけど、アンタはそれでも良いの?」

「どういうこと? その方が良いんでしょ」

「私に取ってはね。でもアンタにとってはどうかな? ほら普通人助けの一つでもしたら、自己顕示欲とか、承認欲求みたいな物が湧かない? ティカだって、アンタが助けてくれたって知ったら飛んで喜んでくれそうだけど」

「何欲って? 僕は良いよ、そういうの」

「ま…。かもね。アンタ、当の勇者だったし」

 ふふっと微笑んだゾーナは、頬杖を突いた。

 かつて勇者として活動していた時代に向けられていた視線には、期待、羨望、畏敬、畏怖――人間が一生に浴びるよりも多い注目を、勇者は既に得たのだろう。それゆえの気疲れもまた、人の数倍負った。

 きっとそれは、勇者と共に旅をした他のメンバー“一行パーティ”も同様に。ディーエンズの店を眺めながら、ゾーナはふと、こう呟いた。

一行パーティの皆、いまどうしてるかな」

「元気にやってるんじゃない」

「みんな碌に手紙も送ってこないし旅ばかりしてる自由人だから、私ですら行方をよく分かってないんだよ?」

「僕と正反対だね」

「偶に連絡くれるのはアルカくらい」

「アルカから連絡くるの? 僕のところ来たことない」

「アンタの家は手紙入れるポストないじゃない」

「そうだった」

「そもそも住所登録すらないし」

「そうだった」

 勇者の家はエルダーの端っこにあり、誰かが通りかかることもない静かな丘の上にある。ゾーナの商会が保有する土地だ。そこで自給自足をして慎ましく隠居している勇者がいるなど、郵便屋は知る由もない。

「アルカ、いま何してるって?」

「そんなこまめじゃないから分からないけど、前の手紙から判断するに、まだ旅の最中みたいね」

「そっか。まあみんな無事でそれなりに楽しくしてるなら、それで良い」

 そう静かに言葉を締めると、勇者は再びパフェを口に運んだ。甘くて苦くて美味しい。

「ふふっ。もしかしたら、配達の仕事をしてるうちにばったり会うこともあるかもね」

と、ゾーナは微笑んだ。「ってことで、次もよろしく頼むよ」

「結局それ?」

 勇者は呆れた。


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