第3話 ロンザク、クラウハ、ガイラ堂(2)

 二人はガイラ堂――もとい、その最寄りのレストラン・クジラに立ち寄っていた。近くの海で採れる新鮮な魚を使った料理を提供している。

「配達に来たのに」

「まあまあ良いじゃない。薬はどうせ2日後まで有効なんだし、せっかく湾都に来たんだよ、魚食べたい」

「まあ別に良いけどさ、お昼ご飯くらい」

 勇者はゾーナが勝手に頼んだ二人分の料理を待つ間、街並みを眺めていた。

 ロンザクは湾都と呼ばれる都市である。陸路ではたどり着けないジパングの離れ島の一つであり、穏やかな流れの川が水路のように整備されて、街の中を血管の如く巡っている。

 その水の流れに身を任せた小さな船が、鮮魚や商品を乗せ、川と同じ速さでのんびりと行き来する。人々は、さらに船よりものんびりとした足取りで、歓談の声と共に水流の音が飾る都を行きかっている。

「どう、久々のロンザク」

「平和で助かる。僕戦い嫌いだし」

「どの口が言ってるの?」

「それより本当に良いの? 荷物運ばないといけないのに」

「生真面目ねえ。良い? アンタがいなかったら、この薬は運ぶのに10日かかる見込みなのよ。そこをファストトラベルで全部短縮した。ここで1時間食事してたって誰も損しないから」

「そうかな?」

「そうよ」

「そうかな」言いくるめられたような感覚もあったが、勇者は顎を引くように頷いた。

 すると、

「はい、お待ちどお」

と、皿がテーブルに運ばれてきた。

 ゾーナが頼んだのは、揚げた魚を甘酢に浸し、薄切れにしたねぎの酢漬けをトッピングした料理だった。

「あはっ、美味しそう~。ねえ今日仕事終わったら晩御飯も食べていかない?」

「君、やっぱり食べに来ただけじゃん?」

「良いから良いから、ほら、美味しそう。食べよ」

と言うや否やゾーナは既に料理を口に運ぶ。「あっ、ねえ美味しいよ! ホントに!」

「はあ」

 勇者は呆れながらも一口。揚がった魚の皮の香ばしい香りと白身のうまみが広がり、油のくどさは酢とねぎに調和して豊かな風味を添える。

 パっと眉を上げた勇者。

「わ、うま…!」

「ねっ、でしょ!?」

「普段野菜とか塩味ばっかだから…わあ、うま…」と、何かに染みたような様子の勇者。もはや家の隣の小さな畑で育てたかぼちゃの味の記憶など失われた。

 料理に感動する勇者を見たゾーナはふーんと得意げである。

「…我が物顔だね、ゾーナ」

「もちろん! 私が選んだ料理だし! いやあ、私が選んだ料理だからね!」

「凄いね自己肯定感が」

「追加でなんか頼もうっと! すみませーん」

 ゾーナが店員を呼ぶ間、勇者の視線は、一瞬店の中の方を向いた。

 すると、風を切るような音がした。

「ん?」

 ふと見ると、あの薬の入った木箱が、忽然と消えていたのだ。



 *



 さて、木箱の行方はと言うと、

「へへっ楽勝楽勝。あの店のテラス席、簡単にスレていつも助かるぜ~」

と呟く、盗人の小脇に抱えられていた。

 エルダーの薬師の園がこさえた木箱は上等な設えで、傍から見れば高級な品のようだった。

 それに目を付けた小賢しい盗人が、箱から視線が外れた一瞬の隙をついて、箱に手をのばしたのだ。

「さてと、こんだけ離れりゃ見つからないだろ。中身だけ取って箱はポイだ」

 さっそく盗人は箱の中身を確認する。

 アンプル菅が3本、それと緩衝材。

 盗人の眉がハの字に曲がって、片方の眉が上がり、もう片方が下がった。菅を引き抜き、光にかざして見つめる。

「なんだこれ? 薬…? いくらで売れんのか、見ても分かんねぇな~。とりあえず“取引所”に――」

「おい」

「ひょっ!?」

 盗人は背後から掛けられた声に反応し、ブツを背中に隠して振り向く。

 そこに立っていた人物を見て、背中に汗が噴き出した。

(やべ! こいつ、さっきの店にいた…!)

「なんだガキ、なんか用か?」

と盗人は内心の動揺を言葉の端にも匂わせない達者な演技で応じた。

(おいおい、このガキ俺の足に追いついて来たってのか? こんな貧相なチビが…?!)

 盗人は誤算に慄く。身長差、そして盗人の足の自信から言って、追いつかれるはずなかった。

 しかし、さもありなん。眼前に佇むのは、魔物を殲滅したかの勇者である。ただ悲しいかな、そこには威厳も気配も殆ど皆無で、誰も初見でそうだと思うはずもないし、言われても信じないのだ。

「まったく、ロンザクも治安が悪くなったもんだ。きみ、僕の箱を盗んだでしょう。返して」

「はあ? なんのことだか――なっ!」

「わっ!?」

 盗人は箱を勇者の顔を目掛けて投げつけ、そして同時に踵を返し、勇者から脱兎のごとく逃げ出した。

(どうやって追いついたか知らねえが、今度はマジの全速力でぶち抜いてやるっ!! あんなガキ、俺の本気の足元にも及ばねえ! 及ぶわけがねぇ…!!)

「ぶち抜いてやる、ガキ!!」

 ドンッ!!

という破裂音が轟き、常人離れした圧倒的な速さで盗人は駆け出し、一気に勇者を置き去りにした。

(へっ、この本気のスピードには追いつけまい! “取引所”を舐めんじゃねえぜ!!)

「へへ…、へッ! はははっ! 誰も俺の足元にも及ばねえんだ!」

「おい」

「ひょっ!??」

 すぐ横に、勇者がいた。

 盗人の恐るべきスピードに、、さも当然のように追いつきながら。

「このガキ~~っ!? 誰の足様に追いついてると思ってる!? 頭が高いんだよ、足元にも及んでくんじゃねぇ! 地面に埋まってろや!!」

 足を振り上げ、勇者に蹴りを入れようとする盗人。

「良いから止まって!」

 そして、すぱっ、と足を払われる感覚と浮遊感が盗人の背中をふんわり包み込んだ。

「あっ?」

 そして、振りかざした蹴りの勢いのまま、ごしゃっ、と盗人は壁に激突したのである。

 ぽーん、とその手から飛び上がったアンプル管を、地面に落ちる前にキャッチする勇者。ほっと、息を洩らした。

「ふう。良かった、割れてなくて」

「こ、こんな、貧相なガキに…俺が…」

「だ、誰が貧相なガキだって!?」

 カチンときた様子の勇者。つかつかと壁にもたれ掛かる盗人に詰め寄る。

「ふん。ちょっと足が速いくらいで威張らないでくれる? やってることはド三下の所業のくせして」

「こいつ! ボスに言いつけてやるぞ…! なにもんだ、お前ッ…!」

「ふん。君に名乗るような名前なんてないよ」

と言い残すと、勇者は足早にその場を立ち去った。

 早く戻らなければ、ゾーナが頼んだ次の料理が来てしまう。

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