役立たずといわれても異世界ライフは楽しみたい!~『〇〇っぽい人』は最強の擬態スキル?~

@966-

第1話

 今日も、俺は逃げていた。

 理由?そんなの聞くまでもない。いつものように、アイツら――中学時代から俺の財布をATM扱いしてきた不良ども――からだ。


 人が溢れる駅を全力で走り抜ける、人の隙間をぬうように走り、改札を抜ける。

 心臓がバクバクいってる。いや、心臓だけじゃない。足も肺も、全力で辛い!と抗議している。だが止まったら最後、奴らに囲まれて「おい、財布出せ」コースが待っている。


 俺はホームの端。突き当たりにある男子トイレへ滑り込んだ。

 すぐに個室のドアを閉め――いや、閉めない。鍵なんてかけたら「お、怪しいな」と覗かれるのがオチだ。あくまで何食わぬ顔で、扉のわずかな隙間に身を潜める。


 ――これは経験から学んだ知恵だ。

 あいつらは猿と同じで、目の前の光景をそのままでしか理解する知能しかない。

 つまり、鍵がかかっていなければ「ここにはいない」と思っていなくなる。疑ることができないのだ。三年間、この方法で何度もやり過ごしてきた。


 外から聞こえる喧騒が、一瞬大きくなった。

 どうやら俺を探してるらしい。お前らみたいなクズに、この俺が捕まるかよ。今日も諦めて消えろ、ゴミ共。


 ――ガタン!

 トイレ全体がびくっと震えるような音が響いた。

 思わず心臓が飛び出そうになる。隣で小便してた無関係なおっさんも肩をすくめて驚いている。


 「どこ行ったんだ、あの野郎」

 声だ。不良の声だ。数人が入ってきて、俺のことを話している。

 毎回どこへ消えるのか、不思議で仕方ないらしい。そりゃそうだろう。お前らの脳みそじゃ、この隠れスキルは理解不能だ。


 ひとりが、俺がいる個室の前を通る。そのすぐ後から来た不良が個室の前で立ちとまる。

 ドアの隙間から覗かれないように、俺は全神経を集中させた。

 気配を殺す――必殺・死んだふり(精神的)だ。


 「いねーよな。ったく、どこ行ったんだ」

 個室の中に首から上だけを突っ込んできて笑い声を残して、不良たちは去っていった。


 ……ふぅ。

 トイレ内が静かになった瞬間、俺はゆっくりと個室のドアを閉め、便器に腰掛ける。

 しばらくこうしてれば完全に安全だ。


 しかしまあ、三年間で渡した金額は、安い中古車一台が余裕で買えるくらいになったな……と考えると、腹の底からムカついてくる。

 俺は運動神経ゼロ、学力も中の下。でも容量の良さとハッタリで、なんとか高校生活では表立っていじめられずにやってきた。

 ……が、偶然駅であの不良グループに再会したのが運の尽きだ。それ以来、待ち伏せ&カツアゲのターゲットに逆戻りである。


 こんな人生、もう嫌だ。

 本気でそう思いながら、俺は個室のドアを開けた。


 ――次の瞬間、視界が壊れた。

 いや、正確には壊れたのは俺の常識の方だ。


 目の前には、見慣れたいつもの駅でも、トイレでもない、見たこともない場所が広がっていた。

 木造の家屋。奥の壁には重厚な木製の扉。小さな暖炉、壁にはランプがぶら下がっていて、そこから温かい光が部屋全体を包んでいる。

 そして――


 「……よかった。無事に到着されましたね」


 そこに立っていたのは、信じられないくらい整った顔立ちの女だった。

 黒髪がふわりと揺れ、紫色の瞳がまっすぐ俺を見ている。

 ……いや、待て。なにこの美人。ゲームのイベントCGから抜け出してきたのか?


 俺は口を開きかけたが、言葉が出てこなかった。

 なぜなら、その女の人が次に言った言葉が、俺の脳みそを完全に固めたからだ。


 「――ようこそ、わたしの勇者様」

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