【短編集】愛に気づくと切ない童話【新感覚意味怖】

白眼野 りゅー

沈黙人魚姫

 昔々……というほどでもない昔。分かりやすく言うと、人魚姫という物語が当たり前に広まっている程度の昔、ある海辺に青年が住んでいました。正確には青年ともう一人、あるいは一匹が住んでいました。


「ほら、ご飯だぞ」


 青年は、人魚と一緒に暮らしていました。浜辺に打ち上げられていたのを、偶然見つけて連れ帰ったのです。


『やや、これが昔話に聞く……』


 と思わず言葉を失うほどに、頭から尾の先までどこにも引っかかるところのない流線形は青年の目に美しく映りました。珍しい伝説上の生き物だから、などという考えを超えて、青年は男として彼女に惹かれたのでした。


「……」


 昔話で伝えられていたように、人魚は青年と出会ってから、一度も口をきいたことがありませんでした。ですが、問題はありません。昔話の王子のように、身勝手な勘違いで彼女を水の泡にしてしまう愚かな登場人物は、どこにもいないのですから。


「大好きだよ」


 いつか、音を紡ぐことのないその唇が、それでも自分と同じように「だいすき」と動いてくれる日を夢見て。青年は、今日も人魚の頭を撫で、甘い言葉をささやくのでした。


 めでたし、めでたし……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る