妻の業魔

山岡裕曲

第1話 業を背負いし蓮の花

「疲れたあああ」

田中圭介は仕事を終え伸びをした。

今日は早めに帰宅して母と過ごそうか、そんな事を考えてると携帯のメッセージアプリが通知音を出した。

「すまん!実は今日合コンあるんだけど一人インフルで来れなくなった!穴埋めでお前きてくれん?」

「しかたないな…」

田中はこの手の「お願い」をなかなか断れない。生を受けてからずっと恋愛などには興味がないが友の頼みならばと待ち合わせされた場所に向かった


「田中さん工場勤務なんですねー、へー…」

男4女4での居酒屋の会話は、田中がブルーカラーであることを明かすと露骨に女性陣のテンションが下がった。

一番注目を集めていたのはベンチャー社長の友人だ。彼も気の毒に、お金しか見てない人とは付き合いたくないと愚痴ってたのに今日も血に飢えた猛獣たちが群がっていた。


そんな泥沼の中に一輪の蓮の花を見つけた。右端で静かにカシスオレンジを飲んでいた女性、お世辞にも顔がいいとは言えないが田中にはわかった。この子は自分と同じく埋め合わせできた、そしてそれを断れないくらい優しい人なんだと。

「浜坂さん、休日は何されてるんですか?」

「何もしてないようなものです…書店でいい本ないか探したり、図書館いったり…」

「へえ、浜坂さん読書好きなんですか!僕も母に『本はたくさん読みなさい』って教えられたから人並みには読みますよ」

浜坂と呼ばれた女性は眼鏡の奥の目がだんだんと輝いてきた

「そうなんですね!最近は何読みます?私は『土物語』が面白いなって」

「土のようなヨガポーズをとる主人公が森羅万象のエネルギーに触れ成長する話ですよね!僕は『客家老婆』が好みです」

「中国で独自の文化を築く人達のドキュメンタリー調の作品ですよね。私もそれ見てみようかな」

気がつけば話も盛り上がり意気投合していた。


そして二人は連絡先を交換した。

田中はこれまで感じたことのない高揚感で足元がふわふわしていた。この人と共に生きたい、この人を幸せにしたい。そんな気持ちで胸がいっぱいだった。

勇気を出し田中は浜坂にメッセージを送った

「すみません、今度の土曜日2人で出かけませんか?書店とカフェが併設されたおしゃれな場所をみつけたんです」

5分後、浜坂から返信が返ってきた

「気持ちはとても嬉しいです。でも、私は業を背負った女です。だから田中さんを不幸にしたくない…」

「どういうことです?率直に申し上げると僕はあなたに一目ぼれしました。どんな苦難も一緒に乗り越えたいと思ってます。だから教えてくれませんか?」

10分返信がなかった。彼女も言うか迷ってるのだろうか

「私の兄はニートをしてます。本人が拒んでるので詳しい検査はできてないんですがたぶん知能が少し足りないんです」


そういうことか。確かにそれは言いづらい事情だ。もし僕が実家にお邪魔したときに彼と遭遇したら気まずい思いをするだろう。

それでも田中の決意は揺らがなかった

「…僕の母は足が不自由で働けませんでした。なので中学校卒業まではいわゆる生活保護世帯だったんです。障害のある人がご家族にいるのであればむしろ協力できることがあるはず、だから僕を信じてくれませんか?」

今度はすぐに返信がきた

「田中さん、本当に信じていいんですか?私の兄は世間で業人と謗られる『syau_game』なんですよ!」

「…『syau_game』?」

田中はその名前を誰もいない部屋で思わず繰り返した。

田中が開けた門に続くのは天国か地獄か、この時点ではまだわからない

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