第33話 欲望の坩堝、孤独の影
ミオと別れた彼は、再び一人で東京の夜を歩き始めた。だが、もう心は揺らいでいなかった。彼は、この街の光と闇を、もっと深く、自分の目で確かめたいと思っていた。
彼は、再び歌舞伎町へと足を向けた。以前は、ただそのネオンの洪水に圧倒され、異物として弾き出されるだけだった。だが、今の彼の目には、違う景色が見えていた。
きらびやかなホストクラブの看板の前で、夢を売る若者たちの、一瞬の虚ろな表情。路地裏で、誰にも見られずにうずくまる、疲れ果てた人々。派手な光が強ければ強いほど、その下にできる影もまた、濃くなる。
彼は、その両方を、ただ静かに見つめた。善悪で裁くのではない。どちらも、この街を構成する、紛れもない現実なのだ。欲望もまた、人が生きるための、剥き出しのエネルギーなのだと、彼は理解し始めていた。
次に彼は、池袋へと向かった。
駅の北口に広がる、猥雑で、どこか退廃的な雰囲気。東口の華やかさとは対照的な、ダウナーな空気がそこにはあった。古い雑居ビル、薄暗い路地、そして、どこにも行き場がないような、虚ろな目をした若者たち。
公園のベンチに座っていると、隣に座った若い男が、ぽつりと話しかけてきた。
「…なんか、疲れるよな、この街」
男は、地方から出てきて、夢破れ、今は日雇いの仕事をしながら、ネットカフェを転々としているのだという。
「逃げ出したいけど、今更、田舎に帰る顔もねえし。結局、ここでこうして、時間潰すしかできねえんだ」
それは、旅に出る前の自分と、どこか重なって見えた。もし、自分に「書く」という逃げ場所がなかったら、同じようにこの公園のベンチに座っていたかもしれない。
彼は、男に缶コーヒーを一本差し出した。
「旅をしてるんです。北海道から」
「へえ…いいな、あんたは。行く場所があって」
男はそう言って、自嘲気味に笑った。
短い会話を交わし、二人は別れた。彼には、男を救う言葉も、力もなかった。ただ、その孤独の影を、自分の心に刻みつけることしかできない。
だが、それでいいのだと思った。優しい言葉だけが、物語ではない。救いのない現実、癒えない孤独、それらを描くこともまた、書き手の誠実さなのだ。
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