第56話 グリンヒルデの感謝

■グリンヒルデ・カイン・アルトゥース(ゲーム開始43日目(王国歴725年7月12日))

 

「はじめまして、ガッフェル子爵。私はアルトゥース王国の王女グリンヒルデです。国は魔王軍によって滅んでしまったので、元王女、ですが」

「ようこそガッフェル子爵領へ、グリンヒルデ様」


 アゼルディスト様に紹介されたガッフェル子爵は落ちぶれてしまった私にも丁寧な対応をしてくださいました。

 なんとありがたいことでしょう。


 多くの移民を連れていると言っても、他所の土地に住まわせてもらうわけですから、その土地の決まりには従わなくてはなりません。

 そうなると、その土地の住民には奇異の目で見られ、もめ事を起こさないかと心配をさせるのが常だろう。


 アゼルディスト様は問題ないと仰ってくださったが、私自身は緊張しながら今回の面会の望んだのだ。


 なにせ私の手に私に付き従ってくれたアルトゥース王国の民の命がかかっている。

 滞在を断られてしまったら、行く先を失ってしまうのだ。


 各地を放浪していた時と違って、自分の言葉遣いは丁寧なものを心掛けている。


「アゼルディスト様からの依頼もあって、簡単な宿舎は作っています。ただ、もし可能ならまずは棲み処から作るようにお願いしたいのです。子爵家の予算ではなかなか全てを用意するのは難しくて、申し訳ございません」


 物語などではここで『お前がどうしてもと頼むなら、俺の愛人になれ。そうすればお前が連れてきた民の居場所位用意してやろう。だが、建物は自分で建てろよ? あと、10年間いさせてやるから、あとは資産を全ておいて出ていけ』とか悪いことを言いそうなでっぷりとした子爵が、明らかにアゼルディスト様をちらちらと伺いながら言葉をひねり出している。

 その横では同じような容貌の子爵のご子息が神妙な顔をして佇んでいる。


 2人ともまるで『これでいいのでしょうか』と言わんばかりだが、アゼルディスト様は頷くだけだった。


「宿舎を用意いただけただけでとてもありがたいです。そして、もちろん住宅は作らせてもらえるなら作ります。ですが、構わないのでしょうか? その……土地を勝手に使わせてもらうことになりますが」

「もちろん、構いません。それに我が領地の産業を手伝ってもらえるとのこと、とても嬉しく思います。ぜひよろしくお願いします。それから、アゼルディスト様のおかげで魔王は倒れておりますので、いずれアルトゥース王国のあった場所に帰還なさるのであれば、その際に相応の価格で買い取らせていただきます」

「えっ? 本当に? いや、失礼しました。ありがとうございます」

 

 信じられなかった。

 今、なんと言ったのだろうか?


 土地を使わせてもらえるうえに、作ったものは買い取ってもらえると?


 こんな厚遇を受ける理由がわからない。


 もしかして、この領地の産業というのは、過酷な労働環境なのだろうか?



「ちなみに、子爵領の産業というのは、どのようなものなのでしょうか?」

「はい。特にこれといった珍しいものではないのですが、我が領地では近隣領地から資材を仕入れ、日用品や武具などを作っております。残念ながら魔法使いの数は多くないし、ドワーフもいないので魔道具の類は作れないのですが、大量生産で安価に、といったところです」

「そうなのですか……」


 特に過酷な感じは全くない。

 むしろ、手数だけが大事な要素のように思える。


 もしかして、本当に手が欲しいだけなのだろうか?

 資材が用意できているなら、鍛冶系の魔法を持つものなら、簡単に道具を作ることができる。


 それ以外のものも、清掃や資材の運搬、道具作りをする者達の手伝いなど、仕事はたくさんあるだろう。

 あとはどの程度の給金が得られて、それでどのような生活ができるか、だが?

 許しを得られるなら、むしろ我々が魔道具を作っても良いのだろうか?


「アルトゥース王国は魔道具作りが盛んだったと聞いている。なので、もし可能なら、魔道具加工まで行ってもらえたら、ガッフェル子爵領としてもありがたいのではないかな?」

「そうなのですか、アゼルディスト殿下。本当ですか、グリンヒルデ王女?」

「えぇ。連れてきた民の中にも魔道具職人だったものがいますので、もちろんそれは可能です」

 

 アルトゥース王国はこの国からは複数の国を挟んだ場所にあった、いわば遠い国だ。

 その国の田舎貴族では我々のことは知らなくても当然なのかもしれないな。

 でも、許されるならありがたい。


 今さらこのヴァンクラウス王国と戦争しようなんて気はさらさらない。

 そもそもアルトゥース王国は現在進行形で過去に存在した国だし、もし復興したとしても望外の救済を与えてくれたこの国に恩を仇で返すなんてありえない。


 そもそも、この大陸にはまだ魔王軍の残党が多く残っていると聞いている。

 そんな中で、多くの民を連れて複数の国を超えて旅をするのは現実的ではないし、アルトゥース王国があった場所がどうなっているのかすら私にはわからない。


「アルトゥース王国があった土地については、俺の方で調べるようにしようか?」

「それは、危険では?」

「まぁ、魔王軍の残党がどう行動してるのか分からないから、それも調べつつになるから、時間はかかると思うけど」

「無理はされませんように」

「無理はしないさ。そもそも創造魔法で魔大陸とかにも行ってるくらいだしな。ただ、むしろこの大陸内でも調べられない場所がいくつかあって、恐らく魔王軍の幹部とか、それ以外の魔物が残ってるのかなと思うんだ」

「あなた様の協力に感謝します。同時に、国を取り戻すのは本来私たち自らがやらなければならないことです。決して与えられてばかりではダメだと思うのです。なので、我々はここで働き、暮らしながら、母国のものと連絡を取り、今後を考えていければと思います。それすら、本来なら許されないことですが」


 そうなのです。

 ここで会話していると忘れそうになるが、私たちは恵まれ過ぎた立場に今います。


 仮に、アゼルディスト様の創造魔法でポンと国に戻してもらって、領地を整えてもらって、魔王軍を追い払ってもらって、安全に暮らしていけるとしても、それを当然のように受け入れることはできません。

 借りが大きくなりすぎるのです。


 今は土地を貸して頂き、生きていける環境を与えてくださったことに最大限の感謝をすべきです。

 そして、その恩を返すために、私たちは働きます。


 その働き先がなぜアゼルディスト様のご料地ではなくガッフェル子爵領なのかはわかりませんが、アゼルディスト様には思惑があるのでしょう。

 


 移動中に聞いた噂では、アゼルディスト様に協力するようになってから、大盗賊を打ち破り、税金を減らしたとのこと。


 あの酷い第二王子ではなくアゼルディスト様についているのですから、もしかしたらガッフェル子爵も素晴らしい方なのかもしれません。




 私は私自身の命など惜しくはなく、ついてきてくれた民のためならこの身を捧げても惜しくはありません。


 でも、アゼルディスト様も、ガッフェル子爵も、そのご子息も、私を愛人にしようなどとはされませんでした。

 むしろ、騎士でありながらも一応は女として身だしなみは整えていたつもりなので、ちょっとくらい求められてもいいのではないだろうかと、変な悔しさを感じるくらいですが……。



「良かったですね、グリンヒルデ様」

「ローレンス殿。あなたのおかげです」

「僕は何もしていませんよ。全てはアゼルディスト様の思し召しです」

「愛人になる覚悟だったのですが……」


 友人となってくれた彼についつい愚痴を言ってしまいました。


「それを仰ったのですか!?」

「いえ。求められていないのはわかるので……」

「それは良かった。そんなことを言ったら後が大変ですよ。アゼルディスト様は奥さんのミルフィナ様との未来を掴むためだけにひたすら修行し続けて魔王を倒したという方ですから」

「そうだったんですね……」


 そんなに愛される奥さんが羨ましくあります。

 いつか私にもそんな相手が現れるでしょうか?


「えぇ、そうです。それからガッフェル子爵のご子息はアゼルディスト様の教育係のカシェル様を狙っているようなので……」

「……」


 それは無謀ではないだろうか?

 アゼルディスト様からカシェル様は紹介いただいたが、とても豪奢な金髪の美しい女性だったから……。

 それに、貴族然とした女性ではあるが、決して箱入りと言った感じではなく、むしろ言うことははっきり言う強い女性に見えた。


 まぁ、酷い要求がないのは良いことなので、難しいとは思いつつも、応援しようかな。


 


「なにはともあれ、今後ともよろしくお願いいたします、グリンヒルデ様。我々サンディルレスト伯爵家はガッフェル子爵領に資材を卸す約束になっていますので」

「商売仲間、ということになるのでしょうか? よろしくお願いしますね」



 こうして、私たちアルトゥース王国からの移民の新しい生活が思いもよらない場所で開始されたのだった。

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