0015. ジョブ確定。姫御子に就任するようです
次に意識が浮上したとき、私は二つの声が真剣な面持ちで言葉を交わしているのを、ぼんやりと聞いていた。どうやら、父と母の会話の続きらしい。
「……真里のその気概、儂も信じよう。御稲荷様の御神託、真のことと受け止める。儂もそなたの言葉、信じようぞ」
父の声には、覚悟を決めたような響きがあった。
「よし、決めたぞ! 御稲荷様の御神託の通り、我が子、琴を〝姫御子(ひめみこ)〟様としよう! まさか、一度に三つもの御神託を授かるとは……まこと、ご寵愛を受けておるのじゃな」
(ひめみこ? ……姫御子、ってこと? いきなりジョブが確定したんですけど!?)
まだ生まれて?数時間で、私の職業が決定したようだ。しかも、なんだかとても重そうなやつだ。
「加護だけでなく、御稲荷様の御使い様まで来られるとは。驚き過ぎて、何も言葉にならぬわ。しかし、『嫁に出してはならぬ』とは……。まだ赤子だというのに、すでに役目が決まってしまうとは不憫よのう。親としては、少々寂しい気もするが……。きっと、御加護に姫御子様に見合う人生を全うするのであろうな」
父の少し沈んだ声に、母が毅然とした声で返す。
「何を仰います、お前様。この子が幾つまで生きていくか、わかりませぬが、きっと最後は素晴らしかったと思えるの人生になるよう、わらわ達がしっかりと支えてゆけばよいではありませぬか。御神託もまたあるやも知れませぬし、先に悲観してどうなさるのです」
「……そうじゃな。真里の言う通りじゃ。儂らが支えねばな!」
父の声に、再び力がこもる。
「となると、まずは姫御子様に相応しい、御稲荷様の社が要るな。それから御使い様のお住まいも……いや、まずは社を建立するのが先決か!よし、まずは姫御子様のお住まいになるのに相応しい立派な社を建立する事に致そうぞ。真里、共に支えて行こう」
(ん? 社? 神社を建てるの? 私のために?)
「そうですね。お前様、社はどこに造りますか。わらわたちの住むこの稲村の地は、目の前は拓けた土地、裏手は、山になっておりまする。山の中腹や麓に社を作りまするか」
話のスケールが、いきなり大きくなってきた。父はまるで頭の中に地図を描くように、早口で地名を挙げ始めた。
「そうよな。この地に社を作るのは、止めておこう。姫御子様としてのご加護が分からぬゆえ、新たな社の門前がしっかり作れ、守れる場所が良かろう。
ここ稲村の裏山を越えた、平砂浦の地……あそこを丸ごと御稲荷様の神領とし、社を築く! あの地は、ここより狭いが三方を山に囲まれた拓けた土地がある。
西の洲崎、香の山にも砦を築き、守りを固める! さらに南の白浜の陣屋を増築し、千倉にも拠点を置けば、上杉方が攻めてきても、この地は盤石となろう!」
(地名が多すぎて全然わからない……!)
私の現代知識では、戦国時代の房総半島の地理などさっぱりだ。ただ一つ分かったのは、父が私のために、一つの地域を丸ごと要塞化するレベルの、とんでもない計画を立てているということだけだ。壮大すぎる話に、私の小さな脳のキャパシティが限界を迎えたのか、再び意識が微睡んでいく。そんな中、母の切実な声が耳に届いた。
「お前様。社の準備が整うまでは、どうか……。あちらへ行ってしまえば、なかなか会うことも叶いませぬ。それまでは、この子を普通の私達の子として、この腕で育てさせてはいただけませぬか」
母の言葉に、父が優しく応えるのが分かった。
「……真里。無論じゃ。社の完成には、数年はかかろう。しばしの間、琴は〝姫御子〟ではなく、ただの可愛い我が子じゃ」
その言葉に、私は心の底から安堵した。
(お母様、グッジョブ……!)
神の子だか御子だか知らないが、数年間は普通の赤ちゃんライフを満喫できるらしい。それなら、まあいいか。
父と母が、今度は私の護衛やら侍女やら、必要な人員について話し合っているのが子守唄のように聞こえる。その数は最低でも10人を超えるようだ。
「あと姫御子様の護衛のものと侍女をどうするかだな。社を建立するとなるならば、外向けには、宮司(ぐうじ)と禰宜(ねぎ)、権禰宜(ごんねぎ)、出仕(しゅっし)の4人は最低必要かの。侍女の方は、どうするのがよいかの、真里」
「そうですね。外向けには、社なので巫女は2人は必要でしょうね。他にも、女官1人と、侍女と女中をあわせて3人ほどは必要と思いまする。そうしますと、護衛とあわせて、最低10人はいることになりまする」
(私一人に、家臣が10人以上……。前世のブラック企業のワンフロアより人が多いじゃないか)
壮大すぎる未来に若干うんざりしつつも、赤子の本能には逆らえない。
心地よい疲労感に包まれ、私は三度目の眠りの海へと沈んでいった。
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