第31話 台風の目(浮遊型タワーアレイ暴走中!)
「はぁ、はァ、ハァッ……」
男がいた。
地球人らしく程よく日焼けした肌に、癖のある髪質、堀の深い顔立ちは中東系と
男は奪った囚人護送艇の燃料がなくなるまで走らせると、倒壊して海上に横たわっている浮遊型タワーアレイの側面にべた付けし、刺殺した警察官を踏みつけながら外に這い出る。すっかり大荒れの海模様のなか、男はタワーの上で存分に海水を浴びる。
暗雲が立ち込め、上空で雷が鳴っている。
バケツをひっくり返したように降る雨はしょっぱく、異物であるタワーアレイを飲み込もうと墨汁のように黒い海が
台風の目に入ったのだ。
天候維持システムが暴走しているのか熱帯低気圧が爆発的に膨らんできている。その中心に入ったのだ。
「…………」
ふいに、男は上を見た。
文字通り対流圏まで渦を巻く巨大な台風の目は、まるで怪物の胃袋の中のようだった。
周囲を波風が吹き荒れるなか、男はふいにその
こちらに用があるのは明らかで、男は隠し持っていたナイフを懐から取り出すと、塔の側面に着陸しようとする宇宙船を睨みつけた。
***
隕石の落下によって浮遊型タワーアレイが崩壊し、『塔』が渦を巻く海洋へと落ちていく。
すでにオービタルリングが一部破壊された影響によってか、潮の満ち引きが異常なほど発生しはじめており、大津波がここら一帯を飲み込むのも時間の問題に思えた。俺はメロウに操縦を任せ、根本から折れて海上に横たわる塔の上に降りようと外に出た。
「げっ、しょっぱー。なんで雨がこんなにしょっぱいんだよ。ぺっぺっ。でも、ヘルメットは近接戦闘に不利だからなー」
一応、塔から転げ落ちれば死の危険がある。
海面ではいくつもの
「来るな」
「…………」
「来るなぁぁぁあああああ!!」
それに対し、男はナイフをぶんぶんと振りまわすと発狂した。
俺は互いの表情が鮮明に見える距離まで歩いていくと、左腕についているカメラから男の顔を認証する。
【顔認証システム起動――】
【…………】
【本名『ジン・ヒル』。強盗、殺人、放火等の罪状あり。三十万エーテルの賞金首です】
うっひょ、三千万円。
それさえあれば、もう救助費の借金なんて返せたようなもんだ。脱走した囚人には何度でも賞金がかけられる制度に感謝しながら、俺は男を捕獲すべく説得を試みる。
「おいおい、なんで脱走なんてしたんだよ? 脱走すればするだけ刑期が長くなるだろ。どうせ捕まるんだからおとなしく反省してるフリでもしとけばいいのに」
「はぁ、はァ、ハァッ。……捕まる? このオレが?」
褐色肌の男は息も絶え絶えに、ナイフを握りなおす。
「オレはヒル一族の末裔なんだぞ! こんなところで捕まるタマじゃねぇ!」
「でも、現に追い詰められてるじゃん。やっぱ悪いことはしない方がいいと思うよ」
「黙れ黙れ黙れぇぇぇええええ!!」
男がなぜか発狂し、上空で稲光が瞬く。
雷鳴が
「まだまだババアを犯してないし、女、子どもだって殺し足りない。親父の地位だって奪えてないのに、こんなところで捕まってたまるか!」
「あらら、絵に描いたような悪人のセリフだね。しかも、お前熟女好きかよ。きんもー」
俺は年上の巨乳お姉さんが好きだが、さすがに熟女好きとは分かり合えない。皺まみれの顔、どことは言わんがたるんだ皮膚、木の根っこのような手足……何がいいんだまったく。
「黙れぇぇぇええええ!!」
男が突っ込んでくる。
荷電粒子砲を撃てばそれで終わりだろうが、そうなれば死体が残らず賞金を受け取れない。
そこで俺はついさっき手に入れたカンフーテックを試してみることにした。
俺は極限まで体を脱力させると、テックを起動する予備動作として設定してある『両手を打ち合わせる行為(拍手)』を一度だけすると、ナイフを振りかぶる男の懐へと潜り込み、両手の掌底を下腹部へと突き出した。
突き出した
その名も――
「『
ドゥン――と下腹部に掌底が突き刺さり、男が苦悶の表情で腹を押さえながらたたらを踏む。だが、たいしたダメージがないと思ったのか、しばらくした後にニヤリと口角を上げる。しかし――
「へ、へへ――、なんでもねぇじゃねぇか……、…………? ……っ、ぉオ!?」
「本当なら内臓をぐちゃぐちゃに破壊する技なんだけど、可哀想だから、肛門に力を入れるツボだけ破壊した。……お前はもう(社会的に)死んでいる」
「ぐぉぉぉぉおおお!?」
ボコボコッと腹部が
「お前はもう、一生うんこを我慢することができない。おとなしく自首することをお勧めする」
「うおおおおおおお!?」
その場で四つん這いになり、モザイク処理でもしないとまずいレベルで男の足元が茶色になる。幸い、塔の側面に打ち上がる波がそれを洗い流していくものの……うーん、あまりにも可哀想だ。やっぱり腎臓を破壊して尿路結石並みの激痛を与える技の方がよかったかな。
まるで赤ちゃんのように呻き声をあげ続ける男に、俺が手を差し伸べようとしたとき、男が内股でケツを押さえながら立ち上がる。
「おお、よく立てるね。ノロウイルスの数倍の痛みだと思うんだけど」
「ふ、糞便たれようとも(ブリブリ!)、オレたちの誇りは(リブブ!)失われない!(ブリチチ!)」
垂れ流しのままナイフを構える男に、俺は感心する。
いくら極悪人とはいえ、
「どうする。自首するか?」
「はぁ、はァ、ハァッ……! 残念だったな。お前はオレを殺しておくべきだった」
「何を……」
「お前、名前は?」
もはや満身創痍の男だったが、ここでなぜか俺の名前を尋ねてくる。
えー、絶対報復するためじゃん。ここで馬鹿正直に答えたら、まずいよなぁ。
「あー、うん。俺の名はジェンガだ。ジェンガ・デポン。都市惑星ノクティス・メトロ
俺は嘘をつくことにした。
だが、なぜか男は疑う素振りも見せず、俺が今しがた言った偽名を口の中で復唱する。
「ジェンガ・デポン。……ふっ、その名前、覚えたぞ!」
「どうも」
「今度会うときは、貴様の命はないと思え! エエ゛――イ!!」
「アッ!」
その瞬間、男はそれはもう見事な――チャージマン研に出てくる謎の美少年のような――宙返りで海に飛び込んだ。
俺が慌てて下を覗くも、そこには
「俺の三十万エーテル――――!!」
墨汁のように黒く荒れた海に自分の叫び声が飲み込まれていく。
じきにここら一帯が荒波に飲まれるのも時間の問題で――もうすこしすれば技術班がやってきて代わりの塔を設置しに来るだろうが――俺は盛大にため息をつくと、がっくりと肩を落とした。
「あーあ、ありゃ生き残れないだろ。まいったなぁ……」
台風が移動しはじめたのか、再び上空に暗雲が立ち込めていくのを見上げると、俺は宇宙船へと戻るべく歩きだした。
「これでまた借金生活かぁ、トホホ……」
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