第2話

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俺が生まれたキカ・ワセミツ村は、森と川に囲まれた小さな集落だった。村には魔法使いがいないわけではない。この世界では、すべての人が自分の職業ジョブに対応した魔法を使う。職業は人それぞれ違うが、似ている職業や魔法を持つ人どうしは同じ仕事をすることが多い。


例えば、職業が水人アクアティクス操海ハイドロキネシスの人は、熟練すれば水を自由に操り、網を打つことなく魚を捕らえる仕事をする。農民ファーマー土耕アースベンダーの人は、鍬を魔力で出現させ、広大な畑を一瞬で耕す。そうした光景は、俺にとって日常だった。



俺の父、エルマンと母、セリーナも、そんな当たり前の魔法を使う人たちだった。いや、二人に関しては、当たり前どころか、村どころかこの地方でも名の知れた凄腕の元冒険者だった。


父エルマンは、剣士フェンサーの職業を持つ。剣士は、魔力を剣に流し込み、剣を振るだけで斬撃を飛ばしたり、身を硬質化させたりする。しかし、父の剣は村人のそれとは一線を画していた。一振りで巨木を両断し、地面をひび割れさせるその姿は、子供心にも「すごい」という言葉だけでは足りないほどだった。父は冒険者を引退した後、その圧倒的な力で村のリーダーとなり、村を守っていた。それでいて、村人たちとは隔たりなく、誰よりも親しく接していた。


母セリーナは、治癒師プリーストの職業を持つ。治癒師は、その名の通り、治癒魔法を使う。だが、それだけではない。薬草を見分ける知識に長け、薬に魔力を込めて効能を高めたり、独自の薬品を生み出したりする。母の手にかかれば、どんな重症の傷もたちまち癒えていく。その優しさと確かな腕前で、母は村の皆から慕われていた。


俺はそんな両親の深い愛情に包まれて育った。前世で孤独だった分、その温かさが身に染みた。


俺が言葉を話せるようになると、両親は様々なことを教えてくれた。特に俺が興味を持ったのは、この世界を支える二つの大きなことわり、「魔法」と「職業」についてだ。


ある日の夕食後、父エルマンが嬉しそうに語り始めた。


「カニス、この世界では、誰もが自分の職業に応じた魔法を使える。漁師は水を操り、農民は鍬を出す。だが、これは皆が幼い頃から訓練を重ねて、ようやく使えるようになるものだ」


父は人差し指を二本立てて、ゆっくりと続けた。


「一つは『魔力マナの器』だ。これは生まれつきの才能で、魔力量の多さを決める。そしてもう一つは、『魔法の習得』だ。魔法はそれぞれ固有の『魔法陣』と『詠唱』がある。『魔法陣』は『魔法陣』を描く手間があるが、大きな魔法を使える。それに対して、『詠唱』は『詠唱』するだけで楽だが、大きな魔法は使えない。これを完璧に再現し、魔力を流し込むことで魔法は発動する。特に難しいのは詠唱で、魔法陣に込められた意味を理解し、正確に魔力を乗せなければならない。少しでも間違えれば、魔法は暴走してしまう」


父は、苦労を語るように肩をすくめた。


「だからこそ、良い職業を持つ者は幼い頃から専門の教育を受け、何年もかけて一つの魔法を習得していく。初級魔法でも、一人前になるには十年はかかると言われている。上級魔法に至っては、一生に一つ習得できれば大したものだ」


母が、「そうよ、魔法使いはみんな、根気強く努力するのよ」と付け加えた。


「それに、いくら魔力が多くても、才能がなければ意味がない。魔法陣を読み解く知識、正確な詠唱、そして何よりも、魔法と対話する感覚……すべてが揃って、初めて一人前の魔法使いになれるのよ」


両親の言葉に、俺は改めてこの世界の魔法がどれだけ特殊なものかを知った。一つの魔法を習得するのに十年。しかも才能が必要。前世の俺なら、とてもじゃないが耐えられないだろう。


そして、もう一つのことわりである「職業」。これもまた、人生を大きく左右する重要なものだった。


「人は五歳になると、神殿ゴッドフィールドで『授与の儀』を受け、神から生涯の指針となる職業を授かる。戦士、農夫、鍛冶師……。与えられた職業によって、その者の人生は大きく左右されるんだ」


父がそう説明すると、母が心配そうな顔で俺を見つめた。


「でも、世の中には『無職ニート』だったり、誰も知らない『未知職』を授かってしまう子もいるのよ。そういう子は何も魔法が使えないし、村を追われたり、辛い人生を送ることになるの。身体能力は人より高いけど、魔法で戦うこの世界では相手にもされないわ。カニスは、どうか良い職業を授かりますように……」


前世で「無職」なんて言葉は、ただの肩書きに過ぎなかった。しかし、この世界では命に関わる問題だ。俺は、俺自身がどんな職業を授かるのか、知らず知らずのうちに緊張と不安を抱くようになった。

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