⑮仲直り

「穂村さん、凄い良かったよ!」

発表が終わり、お昼休憩になった。教室へ戻る途中、色んな人に話しかけてもらった。大人っぽい子からギャルっぽい子まで。今までの私なら関わりが無かったはずだ。だから、それが凄く嬉しかった。でも……。私が今、話さなくちゃいけない人。

「ねえ、結愛ちゃんっている?」

発表会の午前の部、終わりの挨拶の時にはまだ、私の前、観客席にいた。でも、その後は姿を見ていない。

「結愛?さあ。」

「見てないよね。多分、パフォーマンス中のバク転失敗引きずってんじゃないかな。」

その子の言葉に隣の子が頷く。

「目、真っ赤だったよね。相当悔しかったんだろうね〜。」

そうだったんだ。あの笑顔で舞台を後にした後。結愛ちゃんは泣いていたんだ。お礼を言い、私は廊下を駆けていった。今はお昼休憩たから時間に余裕がある。結愛ちゃんを探さなきゃ。そして、伝えなくちゃいけない。


「やっぱりここにいた。」

第二練習室。そこのドアの裏で、結愛ちゃんはうずくまっていた。小さく聞こえていた嗚咽がピタリと止まる。

「何しに来たの?惨めなあたしを笑いにきたの?ふん、笑いたきゃ笑いなよ。」

膝に顔を埋めたまま、結愛ちゃんが言う。この前の結愛ちゃんとは違う、棘はあるけど、凄く弱々しい声だった。

「惨めなんかじゃないよ。結愛ちゃんは凄かった。い、い、衣装も、ダンスも、歌だって。」

「同情なんかいい。」

「同情じゃないよ。」

結愛ちゃんの顔がぬっと上がる。メイクは涙でぐちゃぐちゃになっていた。きっとそれほど泣いたんだろう。

「わ、わわ私、見た時本当のアイドルだと思った。結愛ちゃんの姿を見て、私もその後の劇、頑張ろうって思えたんだよ。」

真っ直ぐにそう伝えた。結愛ちゃんの冷たくなった手を温めるようにしっかり握って。

「が、が、頑張ったの。凄いここ怖くて、恥ずかしかったけど、勇気をだ、だだ出した。……実はね、わ、わわ私。」

声が震える。症状だっていつもより酷い。でも、伝えたい。

「このが、が学園に………………に、入学したのは、幼なじみのま、まま真白と離れたく無かったからなんだ。だから、結愛ちゃ、…………んが言ってたことは本当のことなの。結愛ちゃんや、他のみんなと違って、私は夢なんかとっくに捨ててたんだ。」

墓まで持ってくつもりだった私の嘘。それを、私は全て話した。結愛ちゃんは黙ったまま話を聞いている。

「小さい頃はね、じ、女優になりたいって、つ、……よく思ってた夢があった。でも、私吃音症で、話し方が……変って言われちゃって。わ、わわ私は変なんだって思うようになっちゃって。そこから、全部か、…………から逃げるようになっちゃった。ま、まま前までは平気だったの。症状が出ても嫌な気持ちになるとか、しなかったのに。だから、本当は症状のせいとかじゃな、なななくて。全部私が弱か…………弱かったからなの。結愛ちゃ、んと話せなかったのも、嫌われるのが怖かったから。真白と違、ち、ちがう学校に行けなかったのも、私が、真白に甘えてたから。」

まるで自供する犯人かのように、ぼろぼろと言葉が出てくる。凄い聞きにくいはずなのに、嫌そうな様子を見せずに結愛ちゃんは私の背中を優しくさすってくれた。

「……そうだったんだね。なのに、……私、あんな酷いこと言っちゃってごめんね。」

結愛ちゃんがそう言うから、余計涙が止まらなくなった。今まで泣くのなんて恥ずかしいって思ってたけど、今はそんなこと思わなかった。


「ねえ、結愛ちゃん。私と友達になってくれる?」

涙が落ち着いた頃、そう言った。結愛ちゃんは目をぱちぱちさせている。

「何、言ってんの。先生に突き出すならまだしも。私、見ての通り性格クソ悪いよ?」

「……結愛ちゃんは悪い子じゃないと思う。忘れてるかもしれないけど、カラオケの時、私の話し方、変って言わなかったから。」

そう言うと、結愛ちゃんはなんだそれ、って言って笑った。

「あたし、外面良いだけで内側は本当、真っ黒だよ。」

「わ、わ私だって、緊張すると全然話せないけど、仲良い人にならうるさいくらいだよ。」

「えー、想像出来ないや……。」

そう言い合って、また笑いあったんだ。これって友達ってことでいいんだよね?そして、一通り笑ってほっぺたが痛くなってきた頃。

「あと、劇は凄い良かったよ。りーたんがあんなに堂々と演技出来るなんて思いもしなかった。」

久しぶりに聞く、私のあだ名。凄く特別なものに感じる。

「あ、あありがとう。実は後半のシンデレラを探すシーンはアドリブだったんだ。御者役の弥雷くんがね……。」

あの舞台裏での会話を話し始める。結愛ちゃんに自分から会話出来たのはこれが初めてだったかも。でも、全然怖くなかった。窓の隙間から爽やかな風が吹き込んだ。


「六華、帰ろーぜ!」

放課後、いつものように真白が声をかけてきた。そこに合流して、いつものように教室を出る。……そのはずだった。

「ねえ、真白。」

耳元に顔を寄せて、ヒソヒソ話をする。真白はグッドサインを出してくれた。背を向けていた教室に向き直る。そして、もう一度自分の席の方へ行った。ゆっくり息を吸い込む。大丈夫、言葉に詰まっても変じゃない。

「結愛ちゃん、い、一緒に帰らない?」

スクールバッグに持ち物を入れていた結愛ちゃん。私がそう言うと、目を丸くして、そして、頷いてくれた。

「どうせなら日浦と御門も誘おうぜ。」

いつの間にか真白が隣にいた。ちょ、他クラスの教室勝手に入るな。

「ええ?あたしだけ仲間外れじゃない?劇やってないし。」

「そんなの気にしないよ。」

でも、同じクラスの弥雷くんはもういない。もう帰っちゃったのかな。そう思っていたら、真白がいきなり窓を開けた。

「日浦ー!御門ー!そこで待っててー!」

声、でか!窓の方を見ると、そこには校門を出ようとする二人が見えた。弥雷くんが手で大きくマルを作る。御門さんは困っているみたいだったけど、弥雷くんに何かを言われて、同じく待っていてくれるみたいだ。ふふ、と笑って隣を見ると、結愛ちゃんが固まっている。

「結愛ちゃん?」

「みりんちゃん……!?舞台から見た時も思ったけど、美人すぎる……!眩しい!ねえ、どうしよう、上手く話しかけられるかな!?」

あ、圧が凄い。まあ、結愛ちゃんなら大丈夫だよ。だって陽キャなんだから。

「ほら、早く行こうぜ!」

真白がそう言って、私達は教室を出た。その時、耳横で結ばれたサイドテールが風にそよぎ、ふわりと揺れた。

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