第9話

そうして教会での式を終えると式典用の馬車で王都をぐるりと一周するパレードを行い、王城へと馬車は戻っていく。

そこに居たのは国王夫妻から末端の下働きまでこのお城で暮らし働く100人以上の人々と、俺と高梁さんの親族関係者一同と来た。

紋付袴からラフな服装(と言っても日本で言うスーツに近いが)に着替えてから、国王夫妻への結婚認可の報告を済ませるとようやく挙式が終了する。

(ドッと疲れた……)

これでようやく肩肘張った時間も終了、かと思いきやアドルフがふいに俺の手を取った。

「うん?」

「初夜の式典の時間だ」

空を見上げれば日が沈んで空は鮮やかなオレンジと紺色に染まっている。

そして俺は思い出した、この国の結婚式の後に行われる風習を。

「挙式の夜だからこのまま2人で寝室直行、ってコト……?!」

この国には初夜の式典というものがある。

結婚式で神から婚姻を認められた2人が寝室に向かうのを見届けた後に家族などが壁越しなどに2人の契りを確認する、というものだ。

これは結婚式のタイミングによっては翌日に回されることがある上に家族に確認されながらの契りなど勃つもんも勃たないので最近では廃れ気味の風習、とも書いてあったので完全に頭から抜け落ちていた。

すでに俺の前には王城関係者たちがずらりと並んで寝室までの花道を作り上げている。

これ、絶対逃げられない奴だ。

「部屋にまでは入って来ないから、少しだけ我慢してくれ」

そういう問題じゃねえんだけどなあ……。


*****


長い花道を抜けて連れ込まれたのはアドルフ王子の寝室だった。

まるでヨーロッパの高級ホテルのような品のいい家具と調度品が並ぶ部屋の一番奥に、大人3人は余裕で寝られそうな大きなベッドがドンと置かれている。

扉を閉めれば2人きりだが部屋の外にはまだ薄っすらと人の気配を感じる。

ふと、昔後輩に見せられた漫画でこういう場面で『君を愛するつもりは無い』と言われてしまう奴があったなあと思い出した。

このタイミングでそんなことを言われる可能性はー……どうなんだろうな?一応向こうが俺を選んだわけだけど、それならもっと最初に言ってくれそうなもんだし。

「初夜の契りの事なんだが、」

「お、おう」

これ俺にケツ出せって言われるやつかな?キスは大学で飲み会のノリでチームメイトとした事あったから最初から覚悟出来てたけど、流石に尻は覚悟決める時間が欲しい。

「あくまで形式的なものだから今夜しなくてもいいんだ、だから嫌ならしない」

「そっか」

ちょっと安心した。まあ嫌悪感こそ無くてもさすがにまだちゃんと会うの2度目の男の尻を掘る覚悟までは出来てなかったみたいだ。

「あと、これからは、名前で呼んでも?」

「どうぞ。でもこっちの人俺の名前ちゃんと呼べないんですよねえ」

「練習したからちゃんとゆきにゃりって言えるぞ」

本人は相当練習したのだろうかちょっと自慢げだ、しかしやっぱり発音できてない。

「全然言えてねぇ……。そうだ。なりの部分外してユキ、でお願いします」

ユキという呼び方はうちのばあちゃんがボケる前に俺のことをそう呼んでたから抵抗感はないし、ゆきにゃりなんてゆるキャラみたいな呼び方よりはずっと良い。

そう告げると練習の効果が無かったことへ少し落ち込む様子を見せつつ「……わかった」と返事が来た。

「ありがとう。俺もアドルフって呼んでも?」

「いや、俺にも特別な呼び方が欲しい」

「特別な呼び方……アディとか?」

適当だが、その呼び方が気に入ったようで承諾がすぐに降りた。

「ユキと呼んでいいのは俺だけにしてくれ。あと敬語もやめて欲しい。今日からは正式に夫夫なんだから」

「オーケーアディ、そうさせてもらうかな。あとユキって呼び方については、うちのばあちゃんが昔使ってたけどいまは使ってないしそれでいいなら」

そう答えるとちょっと間を置いてから「仕方ないな」と答えが来た。

「じゃあアディ、今夜はどうする?」

「……ユキ、添い寝してくれるか」

「添い寝ぐらいなら問題なく」

確認してるだろう人たちには悪いけど、そう言ってくれるなら甘えさせてもらおう。

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