第5話 解析
――14:42|某ラブホテル一室
ベッドの上に広げたノートPCと投影装置。
端末を用いた情報整理行うためである。
ある程度の閉鎖的空間で2人きりになれる場所
それでホテルというのは理解できる。
「それで?本番とは?」
壁に向かって雪乃が立ち、ホログラムを展開しながら情報を並べていた。
「……はい、おじさん。現時点での観察まとめ──こんな感じ」
「絶妙に役と自が混じってると擽ったいな」
「えぇ~、おじさんは雪乃のことそんな目で見てたんだ~」
「いやそういう意味で言ったわけじゃないんだが。」
雪乃は演技の一環として、“わざとらしく”振舞った。
だが、予想以上にギャップというのは人の心を揺さぶる。
「え~でも~、おじさんだって本番っていってたし~」
「前後の文脈を排除するな。」
「えぇ~でもー」
「前後の文脈・・・ん?」
「雪乃はおじさんが養ってくれるならいいよ?」
「そこまでだ雪乃。仮想空間を展開し全情報を開示してくれ」
「りょうかい。展開するよ」
壁面には、心斎橋地区における情報ノイズ、構成員の行動ログ、
市民によるSNS書き込みのテキスト群が可視化されている。
「視認できた異常文言:
・“未来は融ける”
・“列に並べ”
・“灯を壊せ”
・“壊す前に溶けよ”
──統計的に見て、意味はなさそう。でも、“行動誘導”としては成立してる」
「そうだな。そこが現実に悪影響を及ぼしているのは間違いない。」
確かに言葉一つ一つを分解すれば、類似する点も見受けられる。
しかし安易な分類は間違った仮説を作る原因となる。
「言葉そのものによる意味というよりは内面的な部分が先に伝わっている感じかな」
「心理的浸透が先行している……ということか」
「うん。あと、貧困地域での“爆発的言語増殖”が加速してる。
今のままだと、72時間以内に“暴発の引き金”が引かれる可能性が高い」
「その前に……収束する必要があるな」
心理学には、集団の意見は時に少数派を飲み込んでしまう。という考え方がある。
しかし近年では、集団において、少数派が多数派に対して影響を与えてしまう可能性があると言われている。
いわゆる集団変革のプロセスである。
大きな社会変化は、現状にある程度満足をしている多数派よりも、不満や理不尽を感じている少数派から出る意見に起因すること。
今ある情報だけでも、その可能性があると言えるだろう。
「ねぇ、おじさん」
雪乃がふと、振り返った。
ホログラムの光が頬を照らし、彼女の赤い瞳がわずかに揺れたように見えた。
「もし、世界が壊れるのを止められるのが、わたしたちだけだとしたら……
わたしは、ちゃんと最後までやりきれると思う?」
「……お前は俺の副官だ。それで十分だ」
雪乃は微笑んで、小さく頷いた。
「それに。仮説が少しだけ仮定に近づいた。」
「そっか。なら、雪乃は“壊れるまで壊させない”。それが……今日の指令ってことでいいよね?」
「……あぁ。次の観察地点へ移動する。ログはこのまま暗号化して残せ」
「了解、“おじさん”♪」
行動を誘導する文脈が、事実社会に悪影響を与える。
“ペンは剣よりも強し”と昔の偉人が言ったそうだが、その通りである。
しかし、連続しない言葉には複雑な意図を持たせられない。
言葉の厚みはそのまま意味の深さになる。
社会に悪影響を及ぼすためには、それなりに言葉の厚みが必要になるだろう。
もしくは、曖昧な単語を使用することで、受け取る側に創造的価値の付与を促す。
一連の問題がまさにそれだ。
しかし、大佐は真実がそう単純なものだとは思えなかった。
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