廃都のためのアリア(1)
2年の月日が流れ、セリアは12歳になった。
順調にリシュアンとの絆を育みつつ、時折レオノーラやその取り巻きの令嬢に囲まれては、嫌味や皮肉をのべつ幕無しに浴びながらも、気負うこともなく此度いよいよ、初遠征へと向かう。
彼女の前世、カレルレイスが埋葬された北境の廃都、ベル=サリエルへ。
この遠征への難関は、なんといっても実父アデルバルドの許可を取り付けることであった。
彼を納得させるためには、彼女の身体的成長と、同行するユリウスが執事としても従者としても一人前になることが条件にされ……結局2年もかかってしまったのだ。
それでもなお過保護気味にあれこれ心配するアデルバルドを微笑みながら振り切って、セリアはユリウスと旅立った。
王政府が運営している貴族やブルジョワ層が使用する豪奢なつくりの駅馬車の中には、彼女と執事となったユリウス、専属メイドのリサしか乗っていない。
セリアは庶民が使用する駅馬車での移動を想定していたのだが、断固としてアデルバルドが譲らなかった。
「……貴族やブルジョワ専用の駅馬車といっても、誰も利用していないのが実情よね」
「ほとんどのお歴々は前提として自前の馬車が使用できないか、車輪や馬が故障をした時のみ。これを機に、お嬢様も旦那様に専用馬車をねだられては?」
元々の素養と、老執事ジョセフのしごきの甲斐もあってかユリウスは2年で暗殺者の影を綺麗に消した。今の彼はおよそ17歳。遠い異国の血を含んだ彼のすっきりとした容貌は神秘的な美しさを宿しており、セリアは「良い拾い物ができた」と満足している。
「おねだりをするなら、この遠征でしっかり成果をあげないと。でもせっかくのお出かけよ。まずは往路をしっかり楽しみましょう」
……と、セリアは自身の荷物の中から星と花の意匠で縁取られた小さな日記を取り出す。
これは旅立ちに際してリシュアンが密かに持たせたものだ。
「この日記は一種の魔具。君がこれに思い出を綴ることで、僕はそれを夢に見て、追体験ができる」
さらに彼はこうも続けた。
「セリア。もし、旅先で自分の心を見失っている者と出会ったら、君の……君自身の〝言葉〟で解放してあげてほしい」
「……私の言葉、ですか?」
「うん。力ではなく、言葉で。……
予言するようにリシュアンは意味深に告げ、結ぶ。
「忘れないでセリア。離れていても、僕の心はいつも君の隣に」
14歳になったリシュアンの微笑みと言葉が胸に蘇り、頬を染める。
『心はいつも君の隣に』
……ああ、なんて嬉しいお言葉……!そして私と殿下を繋ぐ日記!素敵!
未だ星見の塔から出ることもままならないあの方に世界をお見せできるのね……!
この旅で私の言葉がどう役立つのかわからないけど、美しい詩集を編むように旅路を綴るわ!
血生臭い出来事があっても、一切書かないわよ!(ええ書いてたまるものですか!)
「殿下へのお土産探しも楽しみでならないわ」
セリアはぎゅっとリシュアンから渡された日記を抱きしめた。
「さて、王族の殿下が喜ぶようなものが見つけられますか」
ユリウスが冷静に水をさす。
「
「寓話まがいの冒険物語では論拠になりませんね」
ユリウスは冷静に吹きかけた。彼は現実主義者なのだ。
「どうして北境の廃都へ向かうのか聞かないの?ユリウス」
「北境の廃都行きはお嬢様のかねてよりの希望。従者の私は、主の行き先に疑問を呈しません。お嬢様の向かうところに、私も付き従うのみです」
「可愛げのない模範解答ね」
セリアは苦笑する。
「この旅の目的は、冒険物語に登場する英雄の墓探しよ」
「……英雄の墓?まさか、寓話を真に受けて?探してどうするのです?」
ユリウスは怪訝に問いかけた。
「暴くのよ」
一言告げて不敵に笑い、続ける。
「墓の中をどうしても確認しなきゃいけないの。ただ彼は物語となって存在を消されてしまったから、廃都のどこに埋まっているのかまではさっぱりわからないのだけど」
「物語の英雄が実在したとして、ベル=サリエルに埋葬されているという根拠はおありで?」
「リシュアン殿下が教えてくださったのよ。これ以上の根拠はないでしょう」
「…………。殿下もお嬢様もロマンが過ぎるようで。物語の勇者の墓を探すなど荒唐無稽にも思いますが、とはいえ、こうして旦那様がお嬢様を送り出された。ならば、これは必要な旅なのでしょうね」
「まあ!私や殿下よりお父様の判断を信用するのね。ユリウスは」
「私の主人はお嬢様ですが、雇い主は旦那様ですからね」
ユリウスはにっこりと笑い、セリアは小さく息をつく。
「
セリアがユリウスに晒した横顔の正体を。
「…………」
「言葉より行動で示すのみ。楽しみにしてて」
セリアは小さく笑って見せた。
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