聖剣の行方アジタート(3)

 時間は少し遡る。


 セリアの寝室から聞こえた怪音に、家族や使用人たちが慌てて駆けつけると、柱がへし折られて天蓋が傾いたベッドと、侵入者を拘束する彼女の姿があった。

 その侵入者が暗殺者であることにアルデバルドは絶句し、次に激怒したがセリアは侵入者を拘束したまま涼しい顔で父に告げる。

「お父様、今から出かけます。同行してくださいます?」

「ど、どこへ行くというんだ」

「……もちろん、お礼参りですわ」

 セリアは不敵に笑った。

 セリアは暗殺者を締め上げて気絶させると、ぐるぐるとシーツで簀巻きにし、使用人たちに「逃がさないように見張っておいて」と告げる。

 そのままいそいそと着替えると(夜でもお洒落に段フリルのたくさんついた濃紺のドレスを選びました)、アデルバルドと彼が招集した偵察兵と共に、暗殺組織のアジトへと向かい、瞬く間にこれを壊滅させた。

 アデルバルドが尋問をする必要もないほど彼らはセリアが植え付けた恐怖によって、あっさりと雇い主を自白。集団を解体し、二度と彼らには関わらないと誓わせた。


 数日後、アルデバルドの書斎にて。

「……ヴァルシアめ……いかに我らが目障りとはいえ、10歳の子供にここまでするか……」

 アデルバルドは一瞬狂犬時代の表情を見せたが、しかし返り討ちどころか暗殺組織を壊滅にまで至らせたセリアが涼しげな表情を浮かべていることから、わずかに脱力する。

「……娘よ、もう少し怯えたらどうだね」

「はい。危うく首級を取られるところでした」

 リシュアンの声が聞こえなければセリアは命を落としたかもしれないのだ。

 殿下の加護に感謝しなければ。

「令嬢の身分に甘んじて、油断していたようです。反省しております」

「……そういうことではないぞ」

 肝が座りすぎている元勇者の娘に息をつく。

「ヴァルシア家の依頼というのは、あくまでも彼らの主張です。証拠が何もない以上、騒ぎ立てればこちらが不利を被ります。……お父様、とりあえずは静観でよろしいかと。この件は、国王陛下やリシュアン殿下にもご内密に」

 リシュアンに心配をさせてはいけない。

「……わかっておる。今後は屋敷の守りをもっと強固にせねばな。我らもたるんでおったわ」

 そこで書斎の扉がノックされる。

「お嬢様、連れて参りました」

 エストレラ家の老執事のジョセフが声をかけてくる。

「……ああ、支度ができたのね!入ってちょうだい!」

 ジョセフに連れられてやってきたのは、わずかに浅黒い肌と、黒髪を持つ15歳ほどの少年。執事見習いの制服を着た……そう、セリアを狙った暗殺者の少年だった。

「お父様、彼を私の執事として雇い入れます!単騎で私の寝室にまで忍び込み、あと一歩で首級を取るところまで来た手練れ。このまま彼を捨て置くのは勿体無いですわ!」

 セリアは彼の横に立ち、アデルバルドに提案をした。

「……しかしだな、娘よ」

「若く才能がある元暗殺者……暗器の扱い、知識にも長けておりますし、私の従者に最も相応しいではございませんか。ねえ、あなたはどう思う?」

 数日前に殺されかけた少年にセリアは微笑んで問いかける。と、彼は表情薄く答えた。

「……別に構わない。恨みがあって殺しに来たわけじゃない。仕事だからここ来ただけだ。……失敗したから帰るところはないし、そもそも組織も消えた。新しい仕事があるなら、俺はどっちでもいい」

 投げやりとも無気力とも取れる発言だが、以後彼女に他向かわないのであれば、セリアには問題はなかった(他向かったとしても捻りあげるだけだが)。

「私がリシュアン殿下の婚約者であり続けるほどに脅威は増し、暗殺者は増えてゆくでしょう。ならば、彼が傍にいた方が心強いというものです。蛇の道は蛇と申しますし。ねぇ?」

「……あんたのところに来る暗殺者を殺せばいいのか?……そういうのは得意だ」

「…………」

 アデルバルドは頭を抱えた。

 自分を殺そうとした暗殺者を雇い入れ、傍に置く令嬢など聞いたことがない。

 ……いやわかっておる。この子もう規格外なのだ。私がいちいち動揺しておっては、身がもたんぞ……。

「不本意ではあるが仕方がない。……そなた、名前はなんだ?」

 アデルバルドが少年に問いかけると、彼は首を振った。

「名前はない。番号で呼ばれてた」

「まあ、そうなの。じゃあ私がつけるわ。……そうねぇ……」

 セリアはじっと少年を見つめて、「ユリウスにしましょう」と言った。

「今日からあなたはユリウスよ。……ジョセフ、徹底的に執事の仕事と所作、言葉遣いを仕込んで頂戴」

「かしこまりました、お嬢様」

 ジョセフは丁寧に頭を下げた。

 ユリウスと名付けられた元暗殺者の少年は「結局、お前は一体なんなのだ」と暗い群青色の瞳で問いかけてきたが、セリアは小さく笑ってかわした。

 あの夜のことを彼が口に出さない賢さをセリアは気に入っている。

 無意識で受け身をとり、骨折を免れた戦闘センスや頑丈さも。

 だがあの晩、セリアは彼を殺すか、実は一瞬迷いを持った。

 人間を殺すことはしないと自らを戒めていたが、それでも一瞬、口を封じる考えが脳裏をよぎった。

 自分でも驚くほどあっさりと、カレルレイスの人格が前に出てきてしまった。あまつさえ深淵を晒し……あれは、カレルレイスの狂気の一面。

 極めて令嬢らしからぬもの。

 咄嗟のことだったとはいえ、心の弱さが顔を覗かせてしまった。

 優雅じゃなくてよ、セリア。

 今の私は庶民出の勇者ではなく、貴族令嬢、殿下の婚約者なのだから。

 セリアはリシュアンの護符に触れて、強く自らを律するのだった。

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