元伝説の勇者の令嬢プレリュード(3)

 王国の英雄カレルレイスと聖女アレアナの物語は、アデルバルドも幼少期に読んだことがある。演劇としても人気の英雄譚であるが、伝説を元にした創作物に過ぎないと考えていた。

 その伝説の英雄が実在していたこと、彼の名をかたるセリアの言い分については懐疑的である。が、信じられない剣技を見せつけられたアデルバルドは、娘の言葉が伊達や酔狂、妄想の類ではないことを認めざるを得なかった。

 そして彼女が英雄カレルレイスの生まれ変わりとして覚醒したという前提を元にして、娘の言い分を聞くことにしてみたのである。

「……なっ……、で、では、リシュアン殿下が、かの伝説の聖女様の生まれ変わりであると?!」

 これにはさすがのアデルバルドも動揺した。

「初めてお会いした時、確信しました。そしてきっと殿下も……。私の記憶は、あの時に蘇ったのです」

「……そ、そうか……そなたが口走った言葉は、勇者の言葉であったか」

『あなたの手は民を救うためにあり、私の手はあなたを守るためにある』

 これは、誓い。そして……愛の言葉。

 勇者と持ち上げられようとも、王族の姫であったアレアナと結ばれるはずのない切なさと秘めたる愛、そして必ず聖女を守るという彼の覚悟。

「……お父様、私と殿下がこうして生まれ変わった以上……何も起こらぬとは思えないのです」

 アデルバルドは刮目する。

「……まさか、魔王が……復活すると?」

 物語にすら残されないないその忌むべき名前のかわりに、彼らは『厄災』『魔王』と呼ぶ。

「わかりません。ですが、再び殿下を苦しい戦火の最中におかぬように、私は今できることをしておきたいのです」

「言い分はわかった。しかしな……たとえそなたが勇者の生まれ変わりだとしてもだ。令嬢が得物を振るうなど……」

 難色を示すアルデバルドの様子に、セリアは自分の両手を見る。

「かつての私は、とても弱かった。何度も危機に陥り、あの方を危険に晒した。……あの方はいつも平気だと笑ってくださいましたが、その度に、私は自分の弱さや不甲斐なさを責めたものです」

「……伝説の勇者も元はただの人だった、ということか」

「そうです。ですが今の私は、不甲斐なさから積み上げた力をそのまま有しているように感じます。いつなりとも戦えるように支度を済ませておきたいのです」

「……うむ……ゆえに得物を欲するか」

「はい」

 アデルバルドは腕を組み、うなり、しばし考える。

 娘の言っていることは常軌を逸しているようにも思えるが、ひとつひとつを紐解けば、残念ながら辻褄が合っていくのだろう。

 実は我が娘だけではなく、セリアと対面したことでリシュアン王子にも大きな変化が起きていた。誕生から今まで、彼は聖者として自我を有していなかった。ところが、セリアと対面した直後、王子は言葉を発した。驚愕の出来事である。これらを鑑みても、その出会いには運命的な意味を感じる。

 それにこれは個人的な興味になるが、元軍人の性か、勇者の生まれ変わりを名乗る我が娘がどこまでやれるのか……見てみたくもなるのだ。

「……そなたの剣技を見せつけられた後ではな……許さんとは言えぬ」

 私は父親失格かもしれぬな。

 アデルバルドは諦めたように、事実を受け入れる。

「……!お父様、では……!」

「うむ、ただし周囲に混乱を招かぬよう、前世云々については我らだけのこととしよう。日常は、極めて伯爵令嬢らしく振る舞うように」

「もちろんです」

「よし。……ではそなたが求める得物とはなんだ」

「それはもちろん、ルヴァルティスです。役目を終えた後、王家に献上したことまでは覚えているのですが……」

 その後の記憶ははっきりしない。王都を離れ、カレルレイスは隠遁したからだ。

 勇者最後にして最強の剣、ルヴァルティス。

 各地を巡り、希少鉱石を集め、当時最高の魔具鍛治装飾師の手によって誕生したその剣によって、魔王を斃すに至った伝説中の伝説。

「やはりそれを求めるか。……ルヴァルティスは物語の中では神格化され、王宮に封印される形で祀られて終わるが、果たして事実かどうか。今も実在しているとして、そなたが元の持ち主だからと名乗り出ても、一笑に付させるのが目に見えておるぞ」

 勇者の生まれ変わりです、などと正直に宣ったところで誰も信じはしない。

「……あれは長い旅路の果てに得た剣。私そのもの。できることなら、お返し願いたいものです」

 それが難しいことは承知しているにしても。

「解決策になるかわからぬが、これから月に一度、そなたとの交流の場を持ちたいとリシュアン殿下からご意向を賜った。折を見て、そなたから殿下にお伺いをたててみてはどうか」

 王子が聖女の生まれ変わりであるならば、話が通じやすいはずだ。

「そのようなご意向が?!それならば、今のルヴァルティスがどうなっているか、ご存知やもしれませんね」

 希望が見えてセリアはホッとした。

「……それにしても、久しぶりに衝撃波を出したら、ちょっと手が痺れてしまいました。さすがに、勘が鈍ってしまったのかもしれません」

 由々しいことだとセリアはむっと眉を寄せたが、アデルバルドは笑う。

「?なぜ笑うのです?」

「我が娘よ、どうやら失念しているようだな。そなたの精神は成熟してしまっても、肉体はまだ10歳なのだぞ」

「……あっ……」

 そういえばそうだった、とカレルレイスの記憶と力に引っ張られていたセリアは、自分自身がまだまだ幼い少女の体であることをやっと思い出したのだった。

「今後は幼い体に負担のかかる剣技は控えるように」

「はい……お父様」

 セリアはばつが悪く笑ってみせた。

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