第二十一章 設計思想の公開
第六十一話 オープン・ブループリント
都市同時多発テロ事件から一ヶ月。
日本を取り巻く国際情勢は悪化の一途を辿っていた。
《霞》の存在とその特異な戦い方は、火力至上主義の国々にとって理解不能な脅威として映った。
彼らは日本の行動を「テロリストへの譲歩」と断じ、国連の安全保障理事会で連日厳しい非難声明を繰り返した。経済的な圧力も日に日にその強度を増している。
――首相官邸大ホール。
臨時で招集された緊急記者会見。
その壇上には総理大臣、官房長官、そして装備庁長官の姿があった。
その後ろに場違いな作業着姿のまま、匠も固い表情で控えている。彼の隣には静流が直立不動の姿勢で立っていた。
国内外の数百人の記者たちが固唾をのんで見守る中、総理大臣が重々しく口を開いた。
「……本日、我が国政府は今後の安全保障に関する新たな基本方針をここに発表する」
彼はそこで一度言葉を切った。
「……我々はもはや他国と軍事力で競い合う道を選ばない。我々が目指すのはただ一つ。『攻める価値のない国』、そして『攻める理由のない国』となることだ」
そのあまりにも意外な宣言に会場がどよめいた。
総理は続けた。
「その決意の証として、我々は本日ここに、我が国が開発した新型個人防衛強化甲冑PA-01 YATA《霞》に関する、ある重要な情報を全世界に向けて公開することを決定した」
ざわめきがさらに大きくなる。
まさか核心技術を公開するつもりか? 誰もがそう思ったその時、壇上の巨大スクリーンに映し出されたのは複雑な設計図ではなかった。
それは一枚の荘厳な紋様だった。
《礼》の紋。
「……我々が公開するのは兵器の設計図ではありません」
マイクの前に進み出た匠が静かに語り始めた。
「……我々が世界と共有したいのはこの鎧に宿る『心』……すなわちその設計思想と、礼式ロックに関する倫理アルゴリズムの全てです」
彼は用意された原稿に目を落とすことなく、自らの言葉で語り続けた。
「……この鎧は誰にでも作れるかもしれません。ですが誰にでも扱えるわけではありません。その真の力を引き出すためには、装着者の魂が『感謝』『誓約』『覚悟』という三つの徳性で満たされている必要があるからです」
彼は顔を上げた。 その瞳は真っ直ぐに世界の向こう側にいる、まだ見ぬ誰かに向けられていた。
「……我々は問いたい。あなた方にはこの鎧を着こなす覚悟がありますかと。人を傷つけるためではなく、ただ守るためだけに力を使うという我々の『道』を共有する意志がありますかと」
それは前代未聞の記者会見だった。
一国の安全保障の根幹をなす技術の思想を全世界に公開し、そしてその是非を問う。
あまりにも無防備でそしてあまりにも挑発的な一手。
会見が終わると同時に、防衛省が管理する公式ウェブサイトに一つの新しいページが開設された。
タイトルは『THE BLUEPRINT OF KASUMI』。
そこにはMIYABIが構築した礼式ロックの基本アルゴリズムと、匠が書き上げた専守防衛の絶対遵守条項、そしてこの鎧が目指す思想を綴った長大な哲学的論文が、多言語に翻訳され掲載されていた。
それは誰でも自由に閲覧しそしてダウンロードすることができた。
ただしその最後にはこう記されていた。
『――本設計思想を利用し改変する全ての者は、その根幹にある非致死及び専守防衛の理念を遵守する義務を負う』
一人の青年が投じたあまりにも大きくそして重い問いかけ。
世界はまだその本当の意味を測りかねていた。
ただ静かな波紋がゆっくりと、しかし確実に広がり始めていることだけは確かだった。
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