第五十四話 見えない指揮系統
《霞》三部隊の驚異的な働きにより全国の都市機能は最悪の事態を免れた。
橋は守られ防災網は回復し港もその機能を取り戻した。
だが中央指揮所の空気は晴れるどころか、むしろより一層重く淀んでいった。
『――確保した工作員は三人とも傭兵会社『カタフラクト社』の人間だ』
福岡の田所三佐からの報告に幹部たちが色めき立つ。
『……だが国籍も身元も不明。完全に経歴を消されたゴーストだ。……そして何も喋らん。ただの捨て駒だろう』
「……つまり黒幕は別にいるということか」
長官が苦々しく呟く。
敵の尻尾は掴めなかった。
それどころか敵が何を目的としてこんな手の込んだ真似をしたのか、その意図すら全く見えてこない。
その膠着した状況を打ち破ったのはまたしてもMIYABIだった。
『……警告します』
その声はいつになく硬い。
『……敵の真の狙いは陽動です。全国の都市機能への攻撃は全て我々の注意を引きつけ、《霞》部隊を可能な限り遠隔地へと分散させるための壮大な前戯に過ぎません』
「……なんだと!?」
MIYABIはメインスクリーンに首都圏の地下鉄の路線図を映し出した。
そしてその中心にある一つの駅を赤く点滅させる。
『……敵の本隊は今ここにいます。地下鉄永田町駅。国会議事堂の真下に位置するこの国の政治の心臓部です』
その瞬間、指揮所に一本の緊急通信が飛び込んできた。
それは警察庁からの絶望的な報告だった。
『――永田町駅のホームが武装集団によって占拠された! 駅に停車中の電車内に多数の乗客が人質に取られている! 犯行グループは車内に化学兵器を仕掛けたと声明を発表! 要求が受け入れられなければこれを散布すると――!』
指揮所が蜂の巣をついたような大騒ぎになる。
これだ。
これこそが敵の本当の狙いだったのだ。
《霞》部隊を全国に分散させその帰還が間に合わないこのタイミングで、この国の心臓部を一撃で奪う。
あまりにも狡猾でそして残忍な作戦。
「……特殊作戦群を直ちに呼び戻せ!」
陸上幕僚長が怒号を飛ばす。
「……だが福岡からでは到着まで最低でも二時間はかかるぞ!」
「……SAT(特殊急襲部隊)で強行突入するしかない! 人質の犠牲はやむを得ん! テロリストに交渉の余地など与えるな!」
そのあまりにも乱暴な結論に匠が立ち上がった。
「――待ってください!」
彼の鋭い声が指揮所の喧騒を切り裂いた。
「……今突入すればどうなるか分かっているんですか!? 敵の思う壺です! パニックになった犯人が化学兵器のスイッチを押せば全てが終わりだ! 人質数百名の命が失われるんですよ!」
「……ではどうしろと言うんだ、藤林君!」
幕僚長が食ってかかる。
「……テロリストの言いなりになれというのか!」
「……違います」
匠は静かにしかし力強く言った。
「……これは力でねじ伏せる軍事作戦ではありません。……これはパズルです。知恵と技術で解くべき精密なパズルなんです」
彼はメインスクリーンに表示されたKPI設計書を指し示した。
『――最重要評価項目:民間人の死傷者数ゼロ』
「……これが俺たちのルールです。俺たちの戦い方です。……このルールを破るくらいなら俺は《霞》を一歩も動かしません」
そのあまりにも頑なな態度に幕僚長は言葉を失った。
指揮所の全ての人間が固唾をのんで匠と幕僚長の睨み合いを見守っている。
数百名の人質の命。
国家の威信。
そして《霞》という鎧に込められた思想の真価。
その全てが今この瞬間の彼の決断にかかっていた。
「……いいでしょう」
長い長い沈黙の後、その均衡を破ったのは長官の重々しい一言だった。
「……藤林君。君に全権を委ねる。……ただしタイムリミットは一時間だ。それまでに事態を解決できなければ我々は我々のやり方でやる」
「……!」
「……やってみせなさい。君の言う『攻めない勝利』とやらを」
その言葉はあまりにも重かった。
匠は唇を噛みしめた。
彼の背後で静流がそっと彼の肩に手を置いた。
その小さな温もりが彼の覚悟を支えてくれていた。
「……やります」
匠は顔を上げた。
その瞳にはもはや迷いはなかった。
「……いえ、やってみせます。……誰も死なせない勝利を」
彼の本当の戦いが今始まろうとしていた。
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