名前を付けてください
“着いてきて”と言われて、連れてこられたのは、巨大な樹木の“ツリーハウス”だった。
「着いたよ、ここが我々の“研究所”だ!」
エルフ―――エイブリー所長が、ツリーハウスを指さす。
「まずは、研究所に生体認証の登録をして…それから中を案内するね。」
エイブリー所長は、木の幹に手を置く。すると蔦が伸びてきて、私に絡みつく。
私はそれを、無気力に見ているだけだった。
「反応薄いなぁ。大概は払い除けたり、逃げたりするのに。」
趣味が悪すぎる、この人に着いてきたのは間違いだっただろうか?
しかし「僕の手足になってくれる子、所謂“アシスタント”になってくれたら、衣食住を確約しちゃう。」と言われては、選択肢がなかった。
思い出していると、蔦の拘束が弱まる。
「生体認証の登録が終わったようだね、そのままじっとしてて。」
蔦が私に絡んだまま、上へと引き上げる。ツリーハウスの入口まで運ばれた。
「いちいち階段使ったり、浮遊魔法で移動するのめんどくさいからねー。」
カラカラと笑いながら、蔦に引き上げられた所長がツリーハウスのドアを開ける。
「ようこそ、“魔法道具研究所”へ。今日からここが、君の仕事場兼住居だ。」
中に入ると、見えていた外装と、明らかに家の構造が違う。
「異空間収納魔法…?いや、もしかしてもっと別な…?」
異空間収納魔法とは、この世界において、『四大魔法』と呼ばれる高等魔法の一つだ。
・転移魔法
・天候操作魔法
・時間停止魔法
・異空間収納魔法
この中の一つでも覚えたら、“賢者”と言われる名誉ある地位につけると言われている。
「おっ、そこら辺の知識もあるのか、最初っから教えなくて済むな……うん、掘り出し物かも!」
“これはね”と教えてもらったことによると、『異空間収納魔法の応用』だということらしい。
エルフなのだから、魔法の構造には詳しいだろう。しかし、高等魔法を応用するなんて、本当に“極めた者”なんだろうな。
「僕は、『空間改変魔法』と名付けたんだ。」
楽しそうに魔法の構成を話す所長。
「……もしかしてなんですけど、エイブリー所長って“賢者”だったりします?」
「僕が賢者ぁ?アハハハ!そんな、めんどくさいものにはならないよ!僕はただ、魔法道具の研究がしたいだけのエルフさ!」
名誉ある地位を“めんどくさい”って言えるなんて、この人は、ちょっと頭がおかしいのかもしれない。
「ここがシャワー室、湯船に浸かりたかったら、街のお風呂屋さんに行ってね。ここは資料室、飲食厳禁。ガムならギリ許す。ここも資料室、同じく飲食厳禁。コーヒーなんて零した日には、外に吊るして野生動物たちのおもちゃになってもらうからね。」
部屋の説明の合間に闇が見える。誰か資料にコーヒー零したんだろうな。
「そして、ここが君の部屋だ。」
簡易なベッドと、机と椅子。壁と一体化しているクローゼットに、何冊か本がある本棚。
……なんでだろう、元いた家よりずっと安心する。
「まずは、シャワーだな。それから皆に紹介しようか。」
タオルと、ここに着く前に買っておいた着替えを持ってシャワー室へ向かう途中、“あの資料どこいった?”や“うわあああ!”など様々な声が聞こえる。
うん、心地のいい賑やかさだ。
シャワーを浴び終わり、食堂に集められる私と研究員たち。
クマの獣人とキツネの獣人、それから不機嫌を隠さない女性。
「今日から新しく、ここのメンバーになる子を紹介するよ!名前は……なんだっけ?」
「はい、モーリー・トレバーです。よろしくお願いします。」
“おおー”と拍手してくれるクマの獣人とキツネの獣人。女性は腕を組んだままである。
「じゃあ次に、うちの研究員の紹介。右からオルソ、見ての通り、クマの獣人だ。」
「よろしく。」
オルソさんが右手――足だろうか?――をあげる。
「よろしくお願いします。」
「真ん中が、ヴォルペ。この子も見ての通りキツネの獣人。」
「うぃーす!っろしくぅ!」
左足――いや、手でいいか。左手をブンブンと振る。
なんか明るいな、偏見だけど研究者って、もっと暗いんだと思っていた。
「よ、よろしくお願いします。」
「で、左がヴォーチェだ。見た目は人間に似ているが、セイレーンだ。あと、ドクトリナっていう子が居るんだけど、その子は今“王宮魔術団”に出向中。」
「よろしくお願いします。」
声をかけると、キッと私を睨みつけ
「よろしくなんてしないから!所長、なんで人間なんて拾ってきたの!?助手なら、別の種族でもいいじゃん!」
エイブリー所長に抗議するヴォーチェさん。
「なんでって言われてもなぁ……そこにいたから……」
本当に捨て猫を拾うみたいな感覚で、私に声をかけたのか。
「いいじゃん、いいじゃん。所長の拾いグセは今に始まったことじゃないじゃーん!」
ヴォルペさんが、ヴォーチェさんを宥める。
それでも怒りが収まらないヴォーチェさんは、私を指差し
「所長!拾ってきたなら、名前を付けなさいよ!拾ってきた者の責任だわ!」
「えっ、だってもう個体名あるじゃん。上書きするのはねぇ…」
よくわかってない顔で立っている私に、オルソさんが近づいて話してくれる。
「人間はどうか知らないけど、魔物の中には、“既にある名前を上書きされることは、屈辱的なこと”と思ってるのが一定数いる。言葉を選ばずに言うと、ヴォーチェはお前さんを辱めたいらしい。」
そうなのか、魔物にも色々いるんだな。
――新しい名前か…
うーんと唸っているエイブリー所長に、詰め寄るヴォーチェさんに向かって声をかける。
「付けてください、名前。」
ギョッとした顔で見てきて、また私を睨みつけるヴォーチェさん。
「……アンタ、プライドとかないわけ?」
“名前を付けてもらえ”と言ったのはそっちだろうに。
もしかしたら、心根はいい人なのかもしれない。
エイブリー所長が“本当にいいの?”と聞いてくる。
「はい、この名前に愛着があるわけでもないですし、新しく人生を歩くなら、新しい名前の方が何かと都合がいいのでは、と思いまして。」
「人間って案外さっぱりしてるんだな。」
「オレっちも、もっとネチョっとしてるもんだと思ってた!」
オルソさんのつぶやきに、ヴォルペさんが返事をする。
「名前なぁ、名付け得意じゃないんだよなぁ…えーっと……そうだなぁ……“マーノ”なんてどうだろうか?“手”という意味だ。僕の“手足に”なってくれる子にピッタリじゃない?」
ヴォルペさんやオルソさんが、“いーっすねぇ!”や、“良いと思いますよ”と賛同し、ヴォーチェさんが、“フン!ペットにしては、上等な名前を貰ったんだから、喜びなさいよ!”と声をかけてくれた。
―――今日から私は、マーノになったのだ。
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