猫じゃない気もするけど猫だと思うからやっぱ猫。

山法師

1 献上せよ

 不意に、指へと絡んできた。


 ふわふわで、さらさらで、もふもふしている感触が。


 横目で見れば、思った通り。

 スマホを持っている手とは反対側、専用マットを敷いている床についている左手の指へ、尻尾が絡んできていた。


 最初は手を撫でるみたいにしてきてたけど、最近はよく、指に絡ませてくる。


 暇になったか、かまって欲しいのか、なんとなくそういう気分なのか。

 たぶん『あれ』かな、とは思うんだけど。


 出会ってから二ヶ月が過ぎ、最近ようやく分かってきたのは、『すぐに反応を示すと不機嫌になる』らしいこと。


 なので、スマホを適当に操作しながら横目で様子を見ていたら、時化しけてきた時の海と同じ潮の香りが鼻をかすめた。

 そしてこちらをチラリと見て、ふすん、と鼻を鳴らす。


 ──献上せよ。


 目で言われた。


 ここまでくれば、こっちも動ける。

 今日はまだ『献上』してないし、昼過ぎだから、『献上』して大丈夫な時間だし。


「はい、了解です。準備するんで、ちょっとお待ちください」


 言って、スマホをローテーブルへ置く。常備している『特製おやつ』を用意するため、キッチンスペースへ向かう。


 バナナフォスターもどき・・・(バニラアイス抜き)と、バニラアイスもどき・・・と、ジーマーミ豆腐もどき・・・

 冷蔵で冷やしてあるものと、冷凍室でカチカチに凍らせたもの、二種類ずつ。

 体調、気温、湿度その他で判断して、冷やしてあるやつか、カチカチに凍らせたやつにするか、時には常温近くまで戻すかを決めて、それを盛り付け、『特製おやつ』の完成となる。


 この『特製おやつ』は、実家で作り方を覚えた『人間用』のヤツを、材料を置き換えたりして『食べても大丈夫』なように作り替えた、いわゆる『代替品』。

 代替品という点については、それほど気にしてないようだけど。

 でも、最初にそれらを出した時、ぬるい、と目で怒られた。

 出したのは、材料とか買ってきてもらって大急ぎで作った、常温に近いものだった。


 そういや、あん時のはカチカチに凍ってたっけ。


 思い出したけど、思い出したその時はカチカチに凍らせる時間なんて無かったので、どうにか『温い』もので勘弁してもらった。

 その経験から、カチカチに冷凍したものも作るようになった。


 大学進学を期に引っ越したアパートの部屋で出会ったファンタジーな存在は、どうやら色々とこだわりがあるらしい。


 ファンタジーなのは確かだけども、見た目と大きさのこともあって危険な存在だとは思ってない。

 不可思議な現象が起こったりはするが、人死が出るくらいの危険な現象も、起こったりしてない。

 ……起こったとしても、たぶん、それ、『コイツ』のせいじゃないし。

 まぁそもそも、そんなことが起こる前に、全力で阻止するけど。


 それに、自分へ気を許してくれている──なんて、思い上がってる部分もある。

 下僕みたいに扱われているフシもあるけど、諸々込みでどうしたってイヤな気分になれない。

 そういうのもあって、三月の終わりに出会ってから六月に入った今日まで……今日も、か。

 ずっと一緒に暮らしている。


「今日はどういうのにしましょっかねー」


 今日、結構暑いし、最近は常温か冷やしたやつばっかりだったしな。

 冷凍バージョン出しても、たぶん、体調崩したりしないとは思うけど。


 でも冷房効かせてる部屋に居たしなぁ。

 けどその冷房も、暑くなく冷えすぎずで調節してはあるからなぁ。


 どうすっかなと考えつつ、冷蔵庫の前で言ってみる。


 後ろから堂々とした足取りでやって来て、冷蔵庫を見ている俺を、不満そうに見上げて。


 ──一等温くないものだ。


 常温が『温い』、冷やしてあるのが『温くない』カチカチに凍らせたやつが『一等温くない』。


 つまりは、カチカチに凍らせたやつが食いたい、と。


 はい。大丈夫だと思うんで、そうします。


「じゃ、凍ってるのを出しますかね」


 言いながら、冷凍室から『特製おやつ』のタッパー三種を取り出していく俺へ、


「ナォ」


 ──早くしろ。


 声も出しての命令に、


「はいはいお待ち下さいよ」


 応じて、備え付けの食器棚から出した専用皿を調理台へ置いて、『特製おやつ』を盛り付けていく。


 最初は目で語ってくるばかりで、ほとんど声を出さなかった。

 でも、尻尾での触れ方が変わってきたのと同じ……かは不明だけど、最近は声で指示を出してくることも多くなった。

 少しは気を許してくれてる、と思ってもいいんだろうか。


 盛り付けている間に、身軽な動きで調理台へ乗ってきた。

 毎度のことなので、盛り付け終わった『特製おやつ』を、同じく毎度のように、そっちへ置き直す。

 専用皿を見ながら、ふすん、と不満そうに鼻を鳴らされた。


 たぶん、少ないって言いたいんだろな。

 けどな。


「ダメ。これが適量です」


 皿を指さし、ちょっと厳しめな声で言う。


 専用の皿にあるのは、それぞれ一センチ角の大きさに揃えた『バナナフォスターもどき(バニラアイス抜き)』、『バニラアイスもどき』、『ジーマーミ豆腐もどき』が一つずつ。

 計三個で盛り付けを終えた『特製おやつ』。


 ふすん。鼻を鳴らしながら、チラリと目を向けられる。


 ──適量ではない。足りぬ。


「これは『おやつ』です。『ごはん』じゃないです。食べ過ぎ厳禁です」


 ふすん。こっちへ目を向けたまま。


 ──ならば『ごはん』を、


「減らさんからな。増やしもしないけどな」


 目で言ってくる途中で、厳しめな声を変えずに言ってやった。


 ずっと記録を付けてきて、やっと最近、これが適量っぽいって分かってきたんだよ。


「食べ過ぎも、食べなさ過ぎも、健康を損ないます。寿命が縮みます。俺はお前に、長生きして欲しいんです。俺は、お前と、出来るだけ長く、一緒に居たいです。出来るなら、ずっと一緒に居たいくらいです」


 ゆっくり、しっかり、はっきり言ってから。


「俺の我が儘。お前が大事すぎる俺の我が儘。我が儘な俺は、お前とずっと一緒に居たい。ので、譲らん」


 真剣な顔と声で言ってやる。


「……ニィ」


 ──……小童こわっぱめが。


 ピンと立ちそうになったっぽい尻尾を何気ない感じで下ろし、両耳をくるりと回してから、食べ始めてくれた。


 気が変わらないうちにと『特製おやつ』のタッパーたちを冷凍室へ仕舞っていく。


 俺は小童じゃなくて、ちゃんと伊波いなみ琉生るいって名前があんだけどね。

 あとこの前、一応『小童』調べたけど、どう調べても未成年だったわ、やっぱ。

 俺、今年で十九歳なんだけどなー。

 立派かは微妙だけど、成人男性ですよ俺は。

 背も平均より高いですよ186あるんすよ。

 細身に見えるらしいのは……着痩せだ着痩せ。たぶん。

 それなりに筋肉ありますよ、俺。


 つらつら考えていると、穏やかな海を思わせる潮の香りがしてきた。

 美味しいと思ってくれているらしい。


 調理台の上を見ると、閉じるくらい目を細め、尻尾をピンと立てて、カチカチに凍っている『特製おやつ』を少しずつ砕いて、じっくり味わうように食べていた。


 ……そういうのを見せられるから、「もう少しカロリー抑えて、成分調整して、でもちゃんと美味しくて、ちょっとでも多めに食べられるやつ作れないかな」とか、考えてしまう。


 よく晴れた昼間に海岸から眺めた時の、遠浅の海を思わせる色をした、短毛の毛並み。


 少し深く潜って上へ顔を向けた時の、海中から見える夕焼け空の色をした、瞳。


 体つきも顔つきも健康そうな成体に思えるけれど、両手で持ったら余る大きさ。

 収めようと思えば、片手でも収まる大きさ。

 重さは見た目から推測できる通りなので、収めた片手で、そのままギリ持てる。

 けど、片手持ちは危なく思えたから、試しにやってみた時以来、やってない。


 意思表示だったり気分だったり体調変化だったりで、様々な潮の香りを放つ。


 その姿は、どう見ても、猫。


 性別はメス、女の子。


 推定年齢は一歳以上、二歳いってるかは微妙なところ。


 大きさや色なんかは別として、シルエットは色んな場所で普通に目にする猫と同じ『猫』に見える。

 なので、大ざっぱに考えるなら、いわゆる『イエネコ』の種類──だと思うけど、分からない。


 そもそも、猫かどうかも分からない。


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