第2話『試験合格を幼馴染に報告する』

 さすがに、ここまでくると自分自身に恐怖さえ覚える。


 なんせ到着する頃には夕日を拝むことになるだろうな、と予想していたのに、未だ空は透き通る青色に染まっているのだから。


「すぅー――ふぅ――」


 そして、俺は村全体を見渡せる崖の上に居る。

 子供のときに登って発見したこの場所は、景色がいいだけではなく吸い込む空気が美味しく感じられるからお気に入りだった。

 大人には「どこで吸う空気も一緒だろ」、としか言われなかったけど、俺には思い出の場所なんだ。


「さて、と」


 どれだけ体を鍛えても、この高さから飛び降りたら無傷ではいられない――というか間違いなく骨が折れる高さけど、ちょいっと飛び降りて着地。

【聖剣】の能力でしかないのだけれど、絶対に抱く恐怖心すらも自信に変えてくるなんて、あまりにも凄い。

 しかも力いっぱいに着地して地面が割れたり穴が開いたりすることもなく、ただ跳ねて着地したみたいにスッと周りに何も影響を及ぼさなかった。


 ここまで人間離れしている能力を得られていたのなら、聖騎士の装備を身にまとったまま来てもよかったな。

 白を基調として金の装飾が施されているから、聖騎士に成ったことを言葉よりも信用されるだろうし。


「さすがに緊張してきたな」


 たぶん、村の中を歩いていても大人たちが俺を俺と認識できる人はそう居ないはず。

 現に、歩き出してすぐにすれ違った人は目線すら向けなかった。

 そう考えると、聖騎士の装備を身にまとっていたら注目の的になって囲まれてしまうだろうから、なかった方が正解なのかもしれない。


 本当に、全てが懐かしいな。


 子供の頃の記憶だから、鮮明に覚えているわけじゃないけど――あのとき感じた湿った土の匂い、風に乗って流れてくる草木の匂いはそのままだ。

 そうそう、各家庭から漏れ出てくる料理の匂いは歩き回るだけでも空腹を誘われるんだよな。


「……」


 懐かしい記憶に感動を覚えるも、すれ違っていく大人や子供を見ると寂しい気持ちも込み上げてくる。

 実家があって、ここは故郷だというのに見たことのある大人たちは誰も俺と俺と認識していない。

 それどころか目線を向けてこない辺り、完全に余所者扱いされているわけだし、村の風潮が色濃く残っていることに落胆してしまう。


 自分たちの身を護るための防衛意識だということは理化できるけど、それでも、まるで人間ではない扱いを受けてしまうのは心にくるものがある。


「――」


 でも、そんなことばかりじゃない。

 今もなお、こうして誰もが笑ったり生活できているということは嬉しいことでもある。


 辺境の地とまではいかなくても、さっきまでなぎ倒し続けていた通りに獣だけではなくモンスターも出現するような場所が近い。


「あれは――」


 王国で最近試行段階に移ったという早馬か。

 見た目は普通の馬と大差ないけど、体力や脚力が2倍向上しているという特性の馬が、桶に入れられた水をぴちゃぴちゃと飲んでいる。

 あれが意味するのは、この村も余所者を受け入れるようになったということ。


 なるほど、だからか。

 冒険者か傭兵を雇ったり、定期的に訪れてもらうことによって外敵脅威を取り除いているというわけなんだな。

 であれば平和が保たれているのは納得がいく。


「――」


 幼馴染であるセリナが住んでいるのは、たぶん村の端に建てられた家。

 さすがに新しい家に住んでいる可能性もあるけど、まずはそこへ向かう。

 居なかったら村の人に聞けばいいし。


 実家にも寄りたいけど、それこそ後でいい――。




「――記憶そのままだ」


 いつも遊びに来たし、いつも遊びに誘われていた幼馴染が住んでいる家。

 人のことを言えたわけではないけど、なんの変哲もない木造建築の平屋。

 実家も同じだから、外観に関してはほとんど一緒なんだよな。


 実に数年ぶりだから緊張するけど、猶予を貰っている時間はそう多くない。

 意を決して扉を3回叩く。


「すみません、アレンです。いらっしゃいますか?」


 とりあえず返事はない。

 飛び起きて準備しているかもしれないし、待機。


 でも心の準備がまだだし、正直ありがたい。

 セリナ、今はどんな感じになってるのかな。

 凄い美人になっているだろうから、既に結婚相手とか見つかってそうだし、だとしたらお祝いは何がいいのだろろう。

 身近にそういった人が居ないから、誰か……そう、騎士団の人たちである人生の先輩方に相談させてもらった方がいいな。


「――すみません、アレンです! お久しぶりです!」


 念のためにもう一度、今度は声を大きくして問いかけてみる。

 これで返事がなかったら、残念だけど諦めるしかない。

 帰り時に立ち寄っても居なかったら手紙でも書こう。


 立場的に私用で訪ねることはできなくなってしまうが、機会が巡れば再び顔を合わせることもできるはず。

 世の中、そんなに捨てたもんじゃないと経験則で期待できる。


「――ダメ、か。残念だ」


 と、振り返ったそのときだった。


「え……もしかして、アレン……?」

「セリナ……?」


 食料が入った籠を両手で持っている、久しぶりでもすぐに誰かわかってしまったセリナの姿が。

 そして、脱力してしまったのか籠を地面へ落とし、目に涙を浮かべながら駆け寄ってきて手を握られる。


「久しぶり……帰ってきたの? こんなに大きくなっちゃって。ちゃんと食べてるの? 本当に心配していたんだから」

「大丈夫、大丈夫だから。落ち着いて、まずは深呼吸して」

「ご、ごめんなさい」


 見違えたという印象はこちらも抱いている。

 あのときは互いに幼かったとはいえ、身長は同じぐらいで、どちらかといえばセリナの方が好奇心旺盛だった。

「今日は冒険よ」と、数日間隔で森の中へ半ば連行されては、2人で落ちている棒きれを握って散策し回っていたっけ。


 今は俺の方が大きくなっているけど、セリナはかわいさを残しながらも女性的な魅力が増している。

 綺麗な艶のある髪は背中ぐらいまで伸ばしていて、女性的に成長しているところはしっかりと膨らんでいたり。

 身体的特徴の中でもひときわ目を引いたのは、丸味を帯びた小さくてかわいらしい顔。


 嘘偽りない感想を語るなら、物凄くかわいいし、凄くかわいいし、かわいい。


「ここに居るってことは、またこの村で一緒に生活できるの……?」


 少し目に涙を浮かび上がらせて上目遣いをしているその姿、今すぐに抱きしめてあげたい気持ちが込み上げてしまう。


「ごめん、それはできない」

「え……」

「でもセリナに伝えたいことがあって戻ってきたんだ」


 どれだけ辛い経験をしても、ずっと心の支えになり続けた夢であり、心の中でもずっと応援し続けてくれていたセリナに伝いたいこと。


「あのとき、全員が否定してもセリナだけが俺の夢を応援し続けてくれた。あのときは本当にありがとう。そして――俺、聖騎士に成ることができたんだ」

「え――っ!? 本当に、本当に?」

「本当さ。防具は置いてきてしまったけど、証拠として、ほらこれを見てよ」


 腰に携える純白の鞘に納められた【聖剣】を、少しだけ持ち上げる。


「……」

「まだ信じられないなら、完全に人間を辞めたって思えるぐらいの――そう、素手であそこにある木を折るよ」

「――おめでとうアレン。夢が叶ったんだね」

「ああそうさ。誰よりも先にセリナに伝えたくて、任命式が終わってすぐ駆け付けたんだ」

「嬉しい、私を1番に選んでくれたのね」

「ああそうさ」


 なんだか、ちょっと想像していた状況とは違うな。

 理想は泣いて喜んでくれるかと思っていたけど、なんかこう、別のことを考えているような、俺を見ているようで見ていないような感じがする。


「それで、さ。セリナも年頃だし、結婚相手も居るだろうからお祝いしようかと思って」

「……」

「でもごめん。急いできたから花束1つも持ってくることができなかったから――」

「ねえアレン。私からも伝えたいことがあるの」


 お、やはりこちらは予想通りの展開だ。

 こんな美人さんに育ったんだから、それはそうだよな。

 寂しくもあり名残惜しいけど、ここは笑って祝福の言葉を送ろう。


 俺が村から飛び出さずに生活していたら、間違いなく求婚を申し出ていたぐらい綺麗だから当然だな。


「よく聞いてほしいの」

「ああ、心の準備はできている」


 俺は兄でもあり弟でもあるから、結婚相手がセリナを守ることができるのか力試しするしかないな。

 もしもひ弱だったら訓練してあげたいけど……自分都合で動けないから、圧力だけかけて自主的に強くなってもらおう。


「――私、実は【魔剣】なの」

「え?」

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