〔Side:Shino〕23. 手当て


 ジュリが今日着ている服は、いつもウチが洗濯をしているジュリの服の中にはなかったものだった。

 そういえば、数日前にジュリがクリーニング店のカバーに入ったままのものを持って帰ってきていたのを思い出す。

 ウチとの買い物に出かける為だけに、ウチに隠してクリーニングに出していたのかと思うと……嬉しさが込み上げてくる。




 ポッキーゲームというものは、するか、しないかの2択だと言われ、何度かさせられた。

 結局そのすべてでウチが口を離す前に距離を詰められ……最後の方は焦らされて詰められたのではなかったけれど……

 何回したとかの回数なんて覚えていない。強めのお酒が入っていたからか、とにかくチョコレートとキスの組み合わせはすごかったとしか記憶になかった。


 店を出て前を歩くジュリは上機嫌で、帰りにポッキーを買って帰ろうとか、またこの店に来ようとか、時々つきって呼んでいい?とか、それはもう大変に気に入ったご様子。

 ウチとしても……喜んでもらえるのはとても嬉しい。


 そんな時、前から来た男二人が何故か立ち止まったのが見えた。

 嫌な予感がした。


 あろうことか男二人のうちの一人が、ジュリの手を掴んで引っ張るのが見えた。

 ジュリの横顔が見えた時、心底嫌そうな顔をしていた。


「俺らちょっと暇しててさ。このままどっかでパーっと遊びに――」 

「その手を、離してください……!」


 そんな度胸は無いはずなのに、口から自然と男たちに向けた制止の声が発せられていた。


 けれど、男たちがこちらを振り向くその視線がウチを見た瞬間、頭が真っ白になって次の言葉が思い浮かばなくて、手が震えた。

 耳鳴りがして、周りの音がうまく聞こえない。

 男の口が何かを話しているようだったけれど、言葉として上手く認識できなかった。


「これガチめに笑える。配信とかしてんなら俺ら見るからさ、チャンネルとか教えてよ――」

「は? 何言ってるのあなた達。どこからどう見ても可愛い女の子でしょうが!! 節穴になんて用は無いわ!!」


 ジュリは勢いよく男の二の腕に爪を突き立てていた。

 急激に視界が開けて、ジュリの言葉が耳の中に流れ込んできた。


 可愛い女の子、たしかに今日のジュリは男ウケではない格好だけど、どこからどう見ても可愛い女の子だよね。

 それなのにけなされたなら、怒って当然。


「いっ! いっで! このクソアマなにしやがる!」


「うるっさいわね!! 何をするはこっちのセリフよ!!」


「そんなでけぇし声の低い女なんて知るかよ!」


 ……え? ウチのこと……?


「そんなにお望みなら、この爪、もっと食い込ませてあげましょうか? 肌が裂けないといいけど?」


 ジュリが猫のように爪を立てて男たちに見せつけながら男たちを睨みつける。

 男二人はどうやら諦めたのか、背を向けて行ってしまった。


 もしかして……ウチのために怒ってくれた……?


 ジュリの話を毎日聞いていると、たまに取り引き先で痴漢まがいなことをされると聞かされたこともある。

 その時ジュリはただされるままにすることはなく、必ずそういう相手であることを上司と相談して、契約が取れたらすぐに別の人に代わってもらうなり、懐に潜り込んで奥さんの連絡先をもらうなりして牽制をするのだと言っていた。

 けれどジュリはこうして直接相手に仕返しをしたり、威嚇したりするような性格ではない。


「シノン、ごめんね? 私、いつもならあんなやつらに絡まれないように注意してたはずなのに、さっきは少し油断しちゃってた。巻き込んじゃってごめんなさい」


 ジュリ自身が危なかったのに、ジュリはウチの方を心配してくれた……


「シノン……もう追い払ったから大丈夫だよ?」


 ジュリはそっと手をこちらにやった時、一瞬だけどその手に赤い液体が付いていたような気がした。


「……見せてください」


「へ?」


 ジュリの手を持ち上げるとやはり血が付いていて、持ち上げた時ジュリの手が一瞬ピクリと動いた。


「ぅ……思いっきりやっちゃったから爪割れたみたいね。でも、大丈夫。そのうちすぐ治るから」


 痛いのかもしれない。早いところ手当した方がいい。

 絆創膏も消毒液もガーゼも、カバンに入ってるし、このまま手当てをさせてもらおう。


 ペロッ……


「ひゃっ!? シノ、ん何してるの!?」


 誰かが怪我をした時のいつも通りにジュリの手に付いた血を舐めとる。


「そん、なの、汚いよシノン」


 血が着いているところは、何度か舐めてその下に傷がないことを確かめる。


「それならなおのこと、ウチが綺麗にしないと」


 爪が割れたと言っていた。

 小指の爪に血がたくさん着いているから重点的に……


 チュプ……


 しっかりと血を取り除き、他に傷はないことを確かめられた。


「はい、次は消毒液で拭くよ」


 消毒液とガーゼを取り出して、手全体を拭き取り、小指の先には少し多めに含ませたもので念入りに。

 絆創膏を爪に貼って応急手当ては完了。


「ありがと。でも、どうしてそんなに手際がいいの?」


「保健委員だったから。あと、大学にいる時もジャズ研で楽器とか機材とかで怪我しちゃうコもいたから」


「……それってさ。……元カノ、とか?」


 たしかに笹原さんもそのうちの一人だった。


「ああ、そう、ですね。付き合う前からでしたけど。普通に手当てしてましたよ?」


「今みたいに、血を舐めとったりも?」


「ええ、はい。普通に」


「小さい時お母さんによくそうしてもらってたので、ってこれ、笹原さんにも聞かれたかも? 普通、ですよね?」


 お母さんはウチが小さい頃、よくそうしてくれていた。

 自分でできるようになってからは、してもらってはいなかったけれど、そうすることが当たり前……


「……あー……」


 ジュリは何だか複雑そうな心境を声に滲ませて、こう続けた。


「シノン、それ実は普通じゃないかも。普通は手を洗って、消毒して絆創膏貼ってって……舐めたりはしないのよ?」


 普通……じゃ、ない……?

 言われてみると、舌の届かないところや、足などは舐めないし、水で洗うような気がした。

 そうすると、別の場所も、特に手なども同じで水で洗えばいいということに、言われて初めて気がついた。


「だから、他の人には今後やっちゃダメだからね? 普通にちょっと……その、ゴニョゴニョ……な感じもあるから……特に男性には……いえ、女性相手でもしちゃダメ……!」


 ジュリはウチが手当てした手を後ろに隠すように背中にまわした。


 その耳がほんのり赤く染まっている気がしたけれど、ジュリがなんと言ったのか実際のところはわからなかった。


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