〔Side:Juli〕20. 抵抗
「でね。シュノーケルを付けてみんなで海に入って、野生の熱帯魚とかウミガメとかシュノーケリングで見られたの! ウミガメがいるのは本当に幸運だってガイドさんも言ってて、ふわふわ泳いでたのかわいかったなぁ。海もすっごく透明なんだけど青くて綺麗だったよ〜」
「うん。ジュリが楽しんでこれたのは良かった。お土産もたくさんありがとう。そういえば、ハワイのお土産の中に、工芸品みたいなのも入ってたけど、あれってなんだったの?」
工芸品。そう聞いて思い浮かぶもの。
あれはたしか――
「あー、あれはカメハメハ大王っていう昔のハワイの王様なんだって。観光名所にある銅像?には行けなかったんだけど、お土産屋さんで色んなのが売ってたから1つ買っちゃった」
「へぇー。大王様の像なんだ。なんかすごいムキムキの人が入ってたからちょっとビックリしちゃった。なんか見ちゃいけないようなジュリの趣味だったのかなって」
「あはは、たしかに言われてみるとムキムキだよね、大王像。大丈夫、あそこまでムキムキな人は私はそこまでかなー……それに私……」
筋肉質の男の人と付き合ったこともあるけれど、食事も筋肉のこと中心で、長時間トレーニングとかも大変そうだった。
私よりも自分の身体を優先するような人だったから、たぶんお付き合いした人がいても、筋肉より大事にされることはないのかもしれない。
その筋肉の予定に合わなくて振られた記憶が蘇る。
「シノン、ぎゅぅして……昔ムキムキな人に振られたの、思い出しちゃった……」
「うん」
手に持っていたマグカップを置いて、シノンが腕を広げる。
「おいで、ジュリ」
はぅ……これだよぅ……私の最大の癒し……
シノンのおいではいつも甘い響きで私を受け入れてくれる。
シノンの適度に鍛えられたハリのある腕にぎゅぅをされる。
これ以上の心地良さを私は知らない。
「ところでジュリ、聞いてもいい?」
「いいよ~、なんでも聞いて~」
自分でもダメだと分かるふにゃふにゃ声。
でもこれもいつものこと。
「少し日焼け、したんだね」
ぎくっ……
「そ、そうかな? ……やっぱりそう見える?」
「うん、ちょっとだけわかるくらいにはね」
……はぁ……ショック……夏本番はまだ先なのに、既に致死量の紫外線を浴びて黒くなってしまった……
私だって気にして毎日2回日焼け止めを塗るようにはしていた。
けれどハワイの海でシュノーケリングしたり、ガーデンウェディングで外で数時間の挙式だったり、フロリダのテーマパークウェディングの翌日にテーマパークはしごしたり、そっちでもビーチにも行ったり、素敵な教会ウェディングで周辺の名所を散策したり、現地の方と仲良くなってドライブしたりと、本当に盛りだくさんだった。
いくら気にして日焼け止めを塗っていても、2週間の大半をアクティブに野外で過ごしていれば、それはもう日焼けくらいしてしまうわけで……防ぎようがなかったわけでございまして……
「赤くなったり、皮が剥けたりまではしてなさそうで、ちゃんと予防とケアをしてたんだね。えらいよ、ジュリ」
「は……ぅ……」
本人は気づいてないかもしれないですけど、シノン……その色気は魔性です……
普段から少しダウナー気味で低めの声。
そこに私が抱きついたことで少しだけ下を向いていて、少しだけ鼻にかかった吐息の多めなイケボで褒めてくれたら……
どっきどっきと胸が痛いくらいに高鳴るのは止められない。
私がシノンのことを好きだって自覚する前ならまだ良かった。
わぁ、素敵な声。とか思っていただけだったから。
うっとりはしてたけれど、ここまで何も考えがまとまらなくはなってなかったと思う
でももう違うの。
やばいの。
ただでさえ2週間も間が空いて、それより前から準備なりなんなりで浴びていなかったその声に、抵抗力なんて皆無です。
「シノン……それ、ずるい……」
それでも私はそれに抗わなきゃいけない。
なぜならシノンは、私のことをそんな風に(恋人にしたいとか)思っていないのだから……
帰っ来て早々にキスをしてくれたのは、あくまでも私がねだったからで、勘違いをしてはいけない。
想定していなかったくらいすごいキスをしてくれたけれど、それはたぶん彼女なりに挨拶について考えてくれて、色を付けてくれただけ。
これまでのシノンとの生活を振り返る時間がたくさんあったからわかるの。
私がねだったら、シノンはなんでも叶えてくれようとしてしまう。
そこには彼女の意思はあまりない。
だからずるいのは私の方なの、そうと分かってもキスを求めてしまった罪深さ。
私は彼女に酷なことをしているのかもしれない。
だから、これ以上酷いことをしないうちに、元の関係に戻るよう努めなければいけない。
でないと、彼女が耐えきれなくなったら、このルームメイトの関係すら終わってしまうから……
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