〔Side:Juli〕7. ベッドの上、シノンの上
コン コン ……
控えめなノック音が静かな部屋の空気を揺らす。
「入っていいよ〜シノン〜」
カチャリ……パタン
「お、おじゃま、します……」
「なぁに〜? 緊張してるの〜? 私の部屋なんて、いつも掃除機とか片付けとかしてくれる時に入り慣れてるでしょ?」
「そう……なんだけど……ジュリがいる時は、あんまり見たことがないから……緊張しちゃって……ハハハ」
「ほら、いつまでもドアの前に立ってないで、ここ。早く座って。寝る前にすこしお話しましょう」
私は自分の隣、ベッドの縁をポフポフと叩いてシノンを座るように促した。
もちろん、ドアからは遠くて枕の近くにシノンを誘導した。
「……お言葉に、甘えて……よいしょ」
シノンは借りてきた猫のように背筋をピンと伸ばして、ベッドの端ギリギリに腰を掛けた。
「もう、そんなんじゃいつまでも眠れないよ? もっとリラックスしなきゃ。えいっ」
「あ、ちょっ……ゎ」
私はシノンの肩をベッドの方に押すと、シノンは簡単にベッドに仰向けに倒れて座る形になった。
シノンの頬が薄く染まり、瞳がさまよっている。
「いきなり、何をするんですか、ジュリさん?」
「えー? だってせっかくお風呂入ってリラックスできる格好に着替えてきたのに、そんなガチガチだったら眠れないじゃない? しかも敬語。やめてって私言ったよね? おしおきしちゃうぞ〜?」
「いや、その、敬語ごめん。ジュリ、あの、どうしてウチの上に?」
「くんくん、すー……シノンお風呂上がりでいい匂いがする」
「聞いてないし……ちょっこら、どこのにおい嗅いでるのっ」
自分の体をガードするような体勢をとるシノン。
「脇と、うなじ? 確認しとかなきゃじゃない? なーんか、少しえっちなにおい。あ、これアレでしょ」
「シャンプーとトリートメント? 買う時も言ってたね、エッチだって……そう、なのかな? ウチは気にならないけど……」
「そうそれ! そのにおいとシノンの香りが混ざると、ちょっとエロいのよね~。すー……」
「は? 使ってるのはいい匂いなのわかるけど、自分のにおいとかってわかんないよ……別に、くんくん……そんなこと、なくない?」
「ん〜……! 今日はこのにおいに抱かれながら眠れるの〜? とんでもなく甘いご褒美ね! お仕事頑張った甲斐がありました!」
「え? 今、なんて? 抱かれ? ちょ、ちょい待ち? 待った待った。ウチは下に布団敷いて寝るんじゃないの?」
「何を言っているのシノン? 一緒のベッドで寝るに決まってるでしょ。ほら、だからフォカとのんシャにはベッドが狭くなっちゃうからリビングにいてもらってるんだよ?」
「え……あれってそういう理由だったの? き、聞いてない聞いてない」
「へ? 言ってなかった? ごめんごめん。てっきり当たり前にそう思ってるものだと。だって、家にそんな敷布団なんて用意してないもの」
「……ぁ……ぇ……うそ……じ、じゃぁ、今日はもう戻るね、さすがに一緒のベッドでは……自分の部屋で寝ま――」
ダンっ!
私はシノンの上に覆いかぶさって、両腕をシノンの顔の真横に落とす。
「ヒッ」
シノンの口からは小さな小さな悲鳴が漏れた。
そんな小さな悲鳴も聞き逃さないくらい近くに、彼女の顔がある。
「今更約束を違えるつもり? そんなこと、私が許すと思って?」
そう、ここ数日、シノンからは寝落ち通話を禁止されていた。
画面越しにしか見れないあの寝顔を、今日は生で見てやるんだと息をまいて、シノンが眠くなりやすい方法を探っていた矢先、おそらく勘づかれた。
しかも寝落ち通話が急に無くなって、仕方なく彼氏に電話して見たけれど、どうにも眠気がやってこない。
あっちは喜んでたみたいだけど、なにか違う気がしていた。
安心感がないというか、会話の内容がちょっと酷くて、夜遅くにかけたことでえっちな気持ちにさせてしまったのか、そういう用途の写真をくれとか言い出す始末。
私たちがスマホを持ち始めたくらいの頃に、世間ではリベポルとかが随分騒がれたから、絶対にそういうのは渡すつもりは無い。
そもそもまだ今の彼氏と手も繋いだこともないし、私自身はファーストキスすらしたことがないのに、どうしてそんな先のことを要求されるのか皆目理解ができなかった。
つまり私は、ここ数日寝不足で、わりとイライラしていた。
「シノンが通話禁止にしたから、私ぜんっぜん眠れなくてね? 今日だって気絶するように朝方に眠ってから、すぐに目覚ましに叩き起されて仕事してきたの。よくみてよ、この大きな隈……」
「ぅ、うん……ごめ――」
「謝って欲しい訳じゃないの。ねぇ……シノン? あなたはここ数日、私の迷惑な長電話無しで、それはもう快適に眠れたのかもしれないわね。でも、それは私の睡眠の犠牲があって、ということになるのよ。わかるかしら? だから今日は、私のここ数日の寝不足を、しっかりと労う義務があなたにはあるわよね?」
「で、でも、同じベッドでなんて――」
「逃がさないわよ私。今夜だけは絶対にあなたを逃がすものです、か、あっ」
次の瞬間、視界いっぱいにシノンの顔が迫ってきて、私は目を瞑った。
いえ、迫って行ったのは、正確には私の方で……
眠気と疲れがピークを過ぎていた私が、鍛えてもいない腕二本でそれほど長時間自分を支え続けるのなんて、はじめから無理があった。
プチュ……
柔らかい感触が唇に触れる。
磨いたばかりの爽やかな香りが、喉の奥を通って鼻から抜ける。
目を見開くと、あちらの見開いた目と対面した。
全身に廻る血流が急増し、身体がじんわりと内側から熱を帯び、唇の感覚に神経が集中する。
お互い何が起きたのがわからずに、見開いた目を一回、二回、三回と瞬きをする。
ふぅー、ふぅー、鼻から吐き出す息があつい……
呼吸の上下で唇の触れあう部分がほんの僅かに振動しただけでも、脳内に味わったことのない感覚が吹き出す。
……これ……ヤバ……
……あれ……?
……でも待って……こんなことしたら私……気……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます