〔Side:Juli〕6. 名付け親


 この間カフェに顔出した時、1個シノンの噂聞いちゃったんだけど。学生のこたちが話してたのが何となく聞こえてね?」


「どんな……噂……?」

「いっ、シノンごめ、ちょっっと痛い、から……手の力緩めて?」

「あ! ごめんごめんごめんごめん!」


「あ、ううん。大丈夫だからちょっと痛かっただけ、もう大丈夫」


 今の、無意識で……?

 もしかして、シノンのライン超えちゃった?


 でもそうだよね。

 自分の知らないところで噂されてるのを、ルームメイトに聞かれるとか嫌だよね……

 そう思えば、私も嫌かも……

 あの話……やっぱり聞くのはやめとこ。

 本人が話したがらないことを無闇に詮索するのって良くないもの。


「あ、それより見て! これ可愛〜い! ペンギンさんのぬいがいっぱい! 丸ごと持って帰りたい」


「丸ごとはやめときなさい。どのこが一番? 今日といつものお礼にウチが買ってあげるから、選んで?」


「え〜? 自分で買えるのにいいよ〜。むしろシノンは何が欲しいの? お姉さんなんでも買ってあげるよ?」


「お姉さんって……なんか、イケナイ関係みたいじゃん。歳2つしか変わないのに」


「イケナイ関係って〜? 〇〇活みたいな? 私たちって同棲してるんだよ? そんな数時間やそこらの一時の繋がりじゃないもんね〜」


「ちょっと言い方。ただのルームメイト。人多いんだから気をつけて、ジュリ」


「さきに言い出したのはそっちのくせに〜。あ、このこにしよっかなぁ〜。ちょっとぷにぶちゃなのがまたほかのこと違ってかわいい。さっきのショーの遅れてきたこみたい」


「もう決まったんだ。へぇ〜フンボルトペンギンなんだね。さっきのショーに出てた種類」


「ふんぼるとペンギン? うん、じゃあこのこに決まり。シノンと一緒に観れたからこのこがいい」


「うっ……かわいいことをかわいい人がかわいいもの持ちながら言うとやばい……なんで男どもはジュリをすぐに手放すんだか、ほんとにわかないよ」


「えへへ〜、そんな褒めるなよ〜。褒めてもお姉さん、買ってあげるものが増えるだけよ? お買い物終わらなくなるかも」


「いやいやいやいや! ウチにお返ししきれなくなるから勘弁して」


 付き合った男たちの中には、私の方が稼いでるからってハナからお返ししようとしないのもいっぱいいたのに。

 シノンはちゃんとお返しのこと、考えてくれるんだ。

 アルバイトでそんなに稼いでないのにちゃんと対等でいようとしてくれる。

 そんなシノンだから、一緒にいるのが心地いいんだろうな、私……


「あ……!!」


「どしたの、シノン?」


 シノンの視線の先には、サメのぬいが一つ。

 他のぬいは数個は在庫があるのに、そのサメは一点しか置いてない。

 たぶん、人気ではないからかもしれない。

 トラフザメ。

 私もさっきシノンから聞いてはじめて知った種類のサメ。


「でも……ペンギンより高め……これは個人的に買うよ」


「かしなさい。ん〜? ほとんど同じじゃない。どっちも数千円なんだから大差ないわよ?」


「いやいやだって、ほぼ倍の値段だし大差あるってば」


「じゃあ、こうしましょう。シノンが私の審査に通るセリフを言えたら、このこは私が買ってプレゼント。もし微妙だったら自分で買うって言うのでどう?」


 こういう相手が渋る時には、交換条件を出して譲歩したフリをするの。

 もちろんその交換条件は難しいものではなくて、その場ですぐに結果の出るものにすること。


 時間を与えれば与えるほど相手は冷静に考える。

 圧倒的にこちらの条件が有利なら、多少時間を与えることもあるけれど、大抵その手段を使う時は競合の影がチラつく時。

 成立させてしまえば取り消すにしても手間と労力がかかるので、まずはその場で上手く丸め込むのが最適解。


「審査って?」


「シノンがかわいいセリフを言って、私が審査するの。簡単でしょ?」


「え……どこが簡単なの?? ウチみたいなでかい女にかわいいなんて期待されても困る……」


「はい合か〜く。じゃあ買ってくるわね。シノンはこのこ、お願い」


「あ、ちょっ? 今ののどこが……えぇ……?」



 ――


 会計を済ませて出口でシノンを待つ。


「お待たせ。はい、ジュリ。今日といつものお礼に、受け取って?」


「まって、まだ受け取らない。その前にそのことこっちのこの名前を決めてあげないと」


「名前? そういえば、ジュリってぬいぐるみに名前付けてるんだったね。なんて名前がいい? ジュリの好きな名前を付けてあげて」


「私はこっちのこに名前を付けるから、シノンにつけて欲しいの、そのこの名前」


「うん? それってもしかして、お互いのこの名付け親になるってこと?」


「だめ?」


「ううん、素敵だと思う。ジュリが名前をくれたこのこと、大事にしたいし」


「シノンも付けてくれる?」


「うん、もちろんいいよ。まって、今名前考えてるから、フンボルトペンギンはたしか海流の前から来てたよね……ちょっと調べていい?」


「あはは、いいけど。シノンがつけると、なんかすごい真面目な名前になりそう」


「えー……そうかな? ちなみに、ジュリはどんな名前をつけるの?」


「私はもう決まってるよ~。買う前から決めてたからね~」


「あ、ずるい。も少し考えさせて」


「ふふふ、いいよ~」


「あ、これすごくいいかも。呼びやすいし」


「な~に? どんな名前?」


 シノンはペンギンさんのぬいを持ち上げて、私に見せながら真剣に語りだす。


「そのこ、フンボルトペンギンっていう種類で、南米近海のフンボルト海域沿岸に棲んでるんだけど。棲んでる一つの島の名前が ”フォカ” っていって、このこの名前も ”フォカ” でどうかな? 響きもかわいいし、呼びやすい上に、やってきた場所までわかるのって良くない? それにコーヒーの種類のモカっぽい響きでなじみ深いなってちょっと思って」


 思った通り、すごくまじめな名づけ方で、でもシノンなりの気持ちも籠っている感じ。


「んふふ、フォカちゃんかぁ。いいね、決まり。今日から君は、フォカちゃんだよ~」


「お気に召したようでよかった。それじゃあ、そのこの名前も教えてもらえるかな?」


「うん。このこは~…… ”のんシャ” ってどう、かな? じっと動かない感じがのんびり屋さんなサメって感じでいいな~って」


「 "のんシャ" 、いいね。じゃあ、これからは、フォカちゃんとのんシャとウチの三人で、ジュリのただいまを言おうね?」


「なにそれ。それすんごい幸せなんですけど」


「うちも、このこたちも、ジュリが帰ってくるのが幸せだよ」


「んー~……うれしいよぉ……泣ける」


「今日はありがとう、ジュリ」


「こっちこそだよ~ありがとぉ~シノン~!」


「わっ、と、こらこら、そういうべたべたはお家だけに」

「もう少しだけ、10秒だけだから」


「まったく……わかった。じゃあ10秒だけだからね?」


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