〔Side:Juli〕3. 水族館のレストラン


 ……この中だとやっぱり、あそこにいる子かな」


 シノンが指をさした先を見る。


「あー、あのちょっとぽちゃっとしててしっぽがすごく長いヒョウ柄の……あれってサメ、でいいの? さっきからずっとあそこで動かないよね?」


「あの子はトラフザメ。普段からあんまり泳ぎ回るような子じゃなくて、あんな風にじっとしてることの多い大人しい種類のサメの仲間。トラフザメって海外ではゼブラシャークっていう名前で、大人になったらあんな風にヒョウ柄に変わるけど、子供のころはシマウマっぽくもみえる白黒の縞模様がすごく特徴的で、日本や中国ではシマウマよりトラの方が一般的だったからトラにも見えなくもなくてトラフザメって名前になったとか。サメってジョーズで有名なホオジロザメとかは口元より目の方が鼻先側にあってちょっと厳つい見た目のサメもいるけど、トラフザメは沖縄の美ら海水族館にいるジンベイザメとかと近い種類のサメで、目より口の方が鼻先側にあってちょっとのほほんとした顔がまた良くて。そしてなにより人によく懐くの! 水族館とかだと係の人が潜水してると撫でてもらえる〜って寄ってきてナデナデされたらなすがままって感じで、お腹側向けて気持ちよさそうに撫でられてて、わんちゃんみたいって言われてるんだよ? あとはちょっと不思議な生態があって……ってごめん。一人で喋りすぎだよね」


 思っていた数十倍の反応が返ってきて驚きつつ、そういえばサブスク動画の視聴履歴を見た時、ドラマの合間に動物とか魚のドキュメンタリーなんかもあったことを思い出した。

 水面のきらめきを反射するシノンの目も、水の反射に負けないくらいキラキラと光って見えた。


 本当に好きなんだなぁ。


 そんなシノンの様子をみたら思わず笑みが零れた。


「んふふ。シノンの好きなこがいる所で良かった」


「な……! なに、それ?」


「だって、シノンがこんなにあつく語ることなんてコーヒーしか知らなかったから、シノンのことをもっと知れて嬉しいな」


 シノンは顔が赤くなって耳まで染まっている。


「……!」


 口を開きかけて何も言わずに俯いてしまった。

 さすがに恥ずかしすぎたのかな?

 それほど変なこと言ったつもりもなくて、本心をそのまま口にしただけだったんだけど。


 そんな時に、こっちに向かってきた店員さんと、ふと目が合った。

 今来られるとシノンももっと恥ずかしいかもだし……


 私はジェスチャーでバツを作って首を振って、どうにかこうにかもう少し待ってもらえるように祈った。

 祈りとジェスチャーが通じたのか、店員さんは綺麗に一礼をして、手に持っていたデザートを持ったまま引き返してくれた。


「ふぅ……」


「ジュリ……どうしたの?」


 いつの間にかこちらを見ていたシノンの瞳に、不安そうな色が射し込んだような気がした。


「いえ、ちょっとお腹いっぱいで。食べすぎちゃったかも。ああ、デザート食べられるかなぁ」


「大丈夫だと思うけど、いつもはもう少し食べてるから」


「そ、そう? あはは、シノンの作ってくれるものが美味しいから食べられるのかもね」


「もう、またそういう冗談を……」


 シノンは口元を抑えてまた赤くなる。


「料理に関しては冗談じゃなくてほんとのことなんだもん。実際私、シノンが来るまではもっと少食だったよ? コンビニのおにぎりも一個食べられない時もあったもの」


 そう、残業続きで夕食がどんどん遅くなって、コンビニで並ぶ商品を見ても何が食べたいのか分からなくて、とりあえずで選んだものの、ほとんど喉を通らないまま捨てたこともある。

 たぶん私、あのままだったら体壊してたかも、ってよく思う。


「シノンがおいしいご飯を用意してくれるから、私は今も元気でいられるんだから! いつも頑張ってるシノンには、今日くらいめいっぱい楽しんでもらいたいなって思ってるんだよ?」


 シノンが来てから、家に帰れば温かいご飯があるのが嬉しくて、シノンが私のために用意してくれることに感謝しながら、どんなに疲れて眠くてもいつもご飯はしっかりと食べられるようになった。

 私にとっては、もうシノンは単なるルームメイトじゃないのかもしれない。

 他の人とルームシェアをしてたら、きっとこんなに幸せな時間を過ごすことはなかったと思う。



 シノンがまだ赤い顔を上げて、まっすぐに私の目を見据える。


「それじゃあ今日は……二人の記念、なんだよね?」


「う? うん。そうだよ? ルームシェア半年記念だもん」


「わかった。ありがと」


「どう、いたしまして?」


「それならウチも負けないから」


「負け? え、なに?」


「どっちがより楽しませられるか、ここからは勝負だよ」


「え? いや良いってば、今日は私がシノンに楽しんでほしいんだから、シノンは何も考えずに楽しんでいいんだよ?」


「普段からウチはジュリに助けられてるから、今日はそのお返しをしたいと思っていたんだから」


 助け?

 家事してもらって、ご飯作ってくれて、おいしいコーヒーも淹れてくれて、くだらない愚痴にも付き合ってくれて、どう考えても私がもらってばかりだと思ってるんだけど??

 普段からって、なにか助けるようなことしてたかな???


 考えていると店員さんがデザートを再び手にしてやってくるのが見えた。


「あ、デザート来たよ、一緒に食べよ」


「うん、楽しみ」


 シノンからいつもの相槌が返ってきたので、少しほっとして顔が緩んでしまった。


 同じようなデートを彼氏としても、彼氏の前ではいつも気負わないといけなくて、結局本当の自分の全部を見せられずに終わってしまう。

 でも、シノンの前では自然体でいいんだと思うと、その場所はどこであっても関係なく癒しの空間に変わっていく。


 シノンと結婚できたらいいのになぁ……

 そうしたらわざわざ傷つくために誰かと付き合わずに済む。

 悩みの種が何個もなくなりそうなんだけどなぁ……

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