悪役皇妃に転生しましたが、断罪が怖いので、陛下早く離婚してください。それまで私はお仕事がんばります

乙原ゆん

第1話 結婚式の途中ですが、離婚を決意いたしました

「ビビアン、準備は出来たか?」

「はい、お父様」


 エスコートのために差し出された父の腕に手を添えて、ビビアンはヴァージンロードを歩いて行く。


 この先には、大司教と、無表情の花婿――このガラクシア帝国の第一権力者である皇帝のユリウスが待っていた。


 神々が手がけた彫刻のように整った顔立ち、ステンドグラスから差し込む陽光を弾く銀の髪、さらには磨き抜かれた宝石のような美しさを宿した矢車菊を思わせるサファイアの瞳。すべてが絶妙のバランスで配置され、結婚式のための正装も相まって溜息をつきたくなるくらいに麗しい。


 そして、神の最高傑作とも言える皇帝ユリウスの隣には、社交界で『黄金の薔薇』と呼ばれるビビアンにしか務まらない。

 『黄金の薔薇』の由来は、ビビアンの蜂蜜を溶かしたような金色の髪と、紅玉のような赤い瞳だ。社交界にデビューした時からそんな通り名で呼ばれていた。


(さすが、この国一番の美男子だわ)


 ビビアンはユリウスの顔をうっとりと見つめる。

 ひとかけらの笑顔すら浮かべていなくても、その美貌が損なわれることはない。むしろ、何の感情も見えないからこそ、余計に神秘的に思えるくらいだ。


(これで、私は全てを手に入れるのね……)


 ビビアンはもともと筆頭公爵家であるエリュアール家の令嬢で、今まで何不自由なく育ってきた。そして、今日、皇帝の妻となることで、この国の二番目の権力を手に入れる。


 ユリウスとビビアンの婚約は、魔力の相性の良さから決められたと聞いている。

 この国の貴族は皆魔力が高く、皇族はその貴族よりも遥かに高い魔力量を持っている。

 魔力が高い者同士の結婚は、お互いの魔力の相性が良くなければ相手に触れることさえ難しい。

 歴代皇族は、魔力の相性が良い相手を見つけてその相手と婚姻を結んでいる。


(妻になってしまえば、どんな贅沢が待っているかしら)


 ビビアンは公爵家の庇護の元、次期皇帝の婚約者として、今までも沢山のわがままを許されてきた。

 ユリウスは相変わらず無表情だが、今更気にすることではない。

 幼い頃から婚約していた割に、交流はほとんどなかった。


 魔力の相性さえよければ、ユリウスも文句はなかったのだろう。

 何せ、彼の両親が突然亡くなって大変な時でさえ、ビビアンは最低限しか皇宮に立ち入ることが許されなかった。


(もしかしたら魔力の相性なんて建前で、筆頭公爵家の後ろ盾が必要だったから結ばれた婚約だったのかも……? まぁ、それはそれで構わないけれどね)


 既にこれは愛のない結婚だと割り切っているし、皇后になった後の贅沢が楽しみで仕方がない。

 明日からを考えるだけでも高笑いが出そうになる。

 気を抜けば緩みそうな頬を、なんとか控えめな微笑み程度に抑え、檀上で待つユリウスを見上げた、その時だった。


(えっ、なに――?)


 雷に打たれたかのように、脳裏にいくつもの場面が弾けるように浮かんでくる。


 ビビアンが見たことさえない、固く真っ直ぐな道を鉄の箱が走り、空には鉄の塊が飛んでいる。

 食べる物に困ることはなく、子供には教育の機会が与えられ、夜には信じられない程に明るく、豊かで娯楽に溢れた世界の記憶。

 衝撃的ではあったものの、どうしてか、これはビビアンの前世の記憶だという確信があった。


 そして、蘇った記憶の中に、信じられないことにビビアンについての知識もある。


(信じられない。私、まさか『真実の愛は、断罪の果てに』の悪役皇妃ビビアンなの……?)


 少女マンガ『真実の愛は、断罪の果てに』は、ヒロインの聖女アイリの物語だ。

 アイリは平民出身ながら、聖女としての力を見いだされ、皇族や貴族子息が通う学園に通っていた。

 そして在学中、次期皇帝のユリウスと惹かれあう。

 魔力の相性も悪くは無かったが、皇帝には婚約者の公爵令嬢ビビアンが存在したため、この時点ではユリウスとアイリは結ばれることなく学園を卒業した。

 しかし、ユリウスと結婚したビビアンは家柄だけはいいけれど、わがままな上に際限なく贅沢をし、仕事をしないという三拍子そろったダメ皇妃。皇帝はそんなビビアンに次第に失望していく。

 ただ、簡単には離婚できない。


 皇帝がビビアンをどうにかしたいと思っていたある日、帝国内で大規模な流行病が発生し、大勢の人が苦しむことになる。聖女として多くの人を救ったアイリは、大聖女と呼ばれる。

 流行病で大変な被害が出たにも関わらず何もしなかった皇妃に比べて、功績を打ち立てたアイリが皇妃に相応しいのではと言う声が民衆の間でも大きくなる。そんな中、アイリの功績を祝う夜会で、事件は起きる。

 このままでは皇妃の立場を失うと思ったビビアンが、夜会の場でアイリを貶めるような言動をしたことで皇帝は激怒。この件と、国家予算横領などの罪で断罪され処刑が決まる。

 そして、帝国を救った聖女アイリが皇帝の妻となり溺愛されるという話だ。


 現在は、ビビアンがユリウスと結婚したところだが、ストーリー的には物語通りと言って差し支えないだろう。

 魔力の相性の良さだけで決まった結婚。

 ビビアンは、皇妃としてしなければならない責務には興味がない。

 むしろ結婚後、何もせずに公爵家にいたときと同じくらい、いや、それ以上に恵まれた生活が続くと思っていたくらいだ。

 もちろん、公務は適任者に押しつける気、満々だった。


(待って。ということは、このままいけば私は断罪されて処刑されてしまう……?)


 不吉な予感に、はっとする。

 そして、同時に今が結婚式の最中であることを思い出した。

 視線の先では、感情の読めないサファイアの瞳がビビアンを見つめている。


(よかった。変には、思われていないみたい)


 気を取り直して、何事もなかったように壇上に上がり、ユリウスの隣に立つ。

 二人が揃ったことで、大司教が婚姻について儀式を始めた。


 それを聞き流しながら、ビビアンは現状確認と今後の方針を立てていく。


(まずは、なんと言っても断罪回避。死にたくはないわ。……離婚、できないかしら?)


 ここにきて、結婚は覆らない。

 ならば、離婚だ。それもできるだけ早く。

 ちらりと見上げたユリウスの表情には何の感情も浮かんでいない。


(ま、そうよね。陛下も好きで私と結婚するわけではないんだから)


 愛しあって結婚するわけではない。

 婚約時代を振り返っても、彼個人に興味を持たれていると思えるようなエピソードは覚えていない。

 前世の記憶を思い出した今では、婚約者としてそれはちょっとどうかと思うが、ビビアンの方もそれは同じ。ユリウスの美貌や地位には興味があったが、彼個人のことをどれだけ知っているかと言われれば、ほとんど何も知らない。


(となると、今夜にでも離婚の件を話してみましょう)


 物語通りに進むなら、ビビアンと離縁後にユリウスはアイリと再婚する。

 学生時代、アイリとユリウスは何かと一緒にいたし、学園を卒業後、ビビアンが皇宮から足を遠ざけていた間も、アイリは皇宮に通っていたという。

 既に二人は固い愛で結ばれているとみていいだろう。

 記憶が戻る前ならば二人がビビアンを踏み台に結ばれるという結末を知って、屈辱に打ち震えたかもしれないが、今のビビアンにとっては、むしろ都合がいい。

 それに結婚生活を充実させるよりも、蘇った記憶をどうこの世界に活かしていくのか、そちらを考える方が楽しそうなのだ。


(あ、でも、あまり権力に物を言わせると、断罪フラグが立ってしまうかしら)


 ひとまずは、大人しく。

 今までのようなわがままや贅沢を控えたとしても、自分の欲望のために皇妃という立場や権力を使っては、断罪フラグは折れてくれない。

 まずは、無理を言わなくてもできる範囲で進めていこうと心に留める。


 他に気にすることと言ったらアイリとユリウスのことだろうか。

 だが、正直そちらは勝手にやってくれという気持ちだ。


 心ここにあらずなビビアンを、大司教の声が引き戻す。

 誓いの言葉を求められていたらしい。

 ユリウスは既に誓っているようだ。


「――こほん。新婦ビビアン。新郎ユリウスに、愛を誓いますか?」

「はい、誓います」


 唇ではなく額に落とされた口づけに、ビビアンは白い結婚への確信を深めつつ、結婚式を終えるのだった。

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