27 月の下で、ダンスを
人間とは、複雑。
世界観がそこらのアニメでよくあるものだというなら、キャラもよくあるキャラクターだったらよかったのに。軋み合う兄と弟の関係性で手に負えないのを思い知る。そう、パワーで解決できないならわたしは手に負えないのだ。
というか、わたしがこのいまどうにかしないといけないのはこれ。
「……うん。これだな。いつ、着けよう?」
青い石の、首飾りだ。
せっかくとうといひかりで創造してもらったくせして、よくよくかんがえたら見せびらかす機が発見できない。なんだか、がっかり……何て、得てして想い人に悪い気がして凹む初心姫君よろしく、はてさてどうするべきかと悶々していた丁度そのとき。まさしく、そのとき。
イベント、発生した!
国王戴冠、三十周年――その式典!
……そんなに、長いのか。かんむり、手にして。
だが、丁度いい。そういうイベントだったらドレスがまとえるじゃない。首飾りを御披露目するのにまさしく丁度いいじゃない。
神さまは、ようやる。感謝、しかない。
ところが、やっぱりわたしのためではまったくなかったみたいだ。
「舞踏会が、開かれる。おまえと……踊りたい」
彼が、言うから。照れ照れ、言うから。
おい、プリンス。わたしは、庶民。
強力な魔術があってもさすがにダンスはできねーから。お偉方の前でこれ以上ないほど恥をかかせるつもりか。
実は、悪役なの?
徹底してレッスンするつもりもないとはどういうこと?
やっぱり、悪なのか?
でも、悪であるわたしを悪として攻撃してどうするつもりだ?
というか、これ、横暴していた偽物への断罪イベントだったりしちゃう? 強制的な、イベント? 為に、王太子はいきなりわたしを断罪するやいばとなるのか? 王太子が? いま、このとき? えぇ……。
いや、そうではなくてもさながら公開処刑そのものだったし。そんなの、やだ……。
もう、なんともしょうがないから舞踏会はシレっとサボった!
当日。
テラスで、月を仰ぐ。
「あー。マジ、ポンコツ……」
これこそ、ポンコツ。ポンコツ、プリンス。
おそらく、わたしがなんでもできると勘違いをしているのだろう。そりゃあ、猛々しい武闘会であったらパワーでなんとかできるか……ダンスは、無理。
遅くとも十日前に舞踏会で踊るのがわかっていたなら、正式レッスンなくてもどうにかこうにか努力したのに。日数、ないとか。三日分も、ないとか。
終わりだ!
さて、せっかくわざわざ創造した首飾りはどうしてくれよう……。
音楽だけ、耳に届く。知らない、曲だった。
でも、楽しそう。
そういや、(精神)おとこの本物の聖女はどうしているのだろう。ダンスはしなくて済むよう巧いこと立ち回るおつもり? あいつは、やりそう。なにしろ、あいつだ。
けれども、彼のああいう顔を目撃したわたしはことわりきれまい。
照れ照れ、紫月殿下。
あんなのけっして悪役ではないのはわかっているのだ。実際には、ちゃんと。故に……彼に悪い、気がして――。とはいえ、未経験のわたしと踊ったら彼の評価まで地に落ちよう。ジレンマ、酷い。
故に、月の下でバカみたいにウダウダしているしかなかった……ただ、
「いま。わたしを、捜すなら――」
とも、思う。
もし、わたしに手ずから淡い夢を見させるつもりがあるなら、ダンスに付き合う気持ちが芽生える可能性が幾分かは……等と、思う。
調子いい。サボったわたしに気付いて焦り顔であったらいいのに、だなんて思う悪いこころが芽生えているのも調子いい。本当、調子いい。
ふふっと、なる。
何だ、モヤモヤしているわたしはなかなかかわいいじゃない。
「…………、…………。……悪いのは、青い石か」
あの、贈り物だ。あんなの特に必要ないおんなに贈るべきではないのだ。もしくは、贈りたいなら完成した装飾品を贈らなくてはなるまい。まったくそうじゃないからわたしをイラつかせるのだ。
そう、イラつく。何か、叫びたい。声を大に、いま。
まあ、大多数は舞踏会にいるから遠慮する必要などなかろう。
庭園へと、繰り出し――月の夜に、叫ぶ。
「スーパーウルトラハイパー面倒な代物を寄越すんじゃねえ~~~~……!!」
「――うわ!? どうした!?」
!?
固まった。
彼が、いたから。紫月殿下、そのひと――
「捜したぞ。というか、大丈夫か? 何か、あったか?」
「…………、…………。…………、……――」
「おい? 美雨?」
「あっ、いえ。特に何も……。…………」
まさしく、呆然。
なに、これ、スーパーウルトラハイパーロマンチック展開? 我ながらどうかと思うほどパニックしている。何で、来たのか……。ところが、
「おい、待て。ドレスは……? ちゃんと、贈ったぞ? シレっと欠席かましたのもなかなかアレだが、ともあれ、テラスにいるならドレスをまとってくれても……」
とか、口走った。
為に、混乱したあたまがにわかにスンっと落ち着く。
「あんなの、着ません。重すぎて、動き難い。欠席、ですしね」
彼は、ド派手だ。ド派手な、服装。きれいな深い赤をメインに仕立ててある格好いい代物。さすがは、王太子だ。あるいは、側近たち。ポンコツさが徹底的に仕舞ってあるのに感心しかない。恐るべき、センスだ。すげーや。
「なあ、おまえのドレスは税金たっぷり仕立ての代物だぞ……?」
税金。
くっ。めっちゃ、揺らいだ――でも。
「いまさら、着ません」
そっぽを、向く。譲れない。
「えぇ。だが……。だが――。…………、…………」
……酷く、落ち込む。何て、残念そう。
わたしのドレスに彼は何をそんなに拘泥しているのか。ええ、叶うだけ寄せてもたいした胸なんて生まれてきません。死ぬまで、貧相。何を、落ち込む?
とはいえ、ここまで出向いてきたことにはいささか感動したから……。
「……はあ。しょうがないのでちょっと変身して差し上げましょう」
少しだけ、デレよう。
彼は、またたく。
「へっ、変身?」
「魔術です」
発動する。暗黒の魔力でわたしの身に合うドレスを創造した。一応、わたしの感覚では叶う限りかわいい代物だったが、
「何で、黒いのだ……」
いちいち、うるせえ。
「では、何色です? やっぱり、赤ですか?」
赤が、好きそう。今だって、赤いから。
ところが、
「やっぱり、とは……。……いや、青だ。雨っぽい、色がいい」
……ああ。たしかに、三日前に部屋へと贈られたドレスは青だった。薄い、青だった。アジサイ、的な? 特定の色彩がいいなら再現するしかないのか。
してみた。
だが、いま、紫色の双眸が凝視しているのはアジサイではなく――
「美雨、それ……」
見るのは、首元。あの、首飾りだ。
「例の、宝石です。イカした聖女な友人に協力してもらった賜物です」
いよいよ、バラした。努力した、産物だと。
どうだと。
「聖女……。――あっ。ああ、なるほど、接近したのは聖女の魔術が目的だったというのか。はは、なんだかんだおまえもかわいいところがあるなあ」
おい、よせ。何だ、その感想。こそばい。
っと、赤い頬のおとこはまじまじわたしを見遣って一言。
「うん、似合うな」
目が、細まった。感慨、深そうだ。
……だが、どうだか。満足したのは好ましい色によるせいではないのか。でないと、わたしのすがたにそんなに満足するのはおかしい。
とはいえ、
「ですかあ。そんなに見入ってもらえてありがとうございます」
「ふふ……。――では、ダンスを。下衆姫君」
はっ?
「いえ、ですから、無理です」
「…………、…………。……ほら!」
「うわ、」
手を、引かれた。めっちゃ、強引。どうした……!
そのうえ、ポンコツおとこのダンスはポンコツではなかった。そりゃあ、プロには露ほども及ばない腕前かもしれなくとも、わたしにとってはそのまま絶賛していいレベルだ。ああ、腐っても、王族! 恐ろしい……!
なにしろ、このザマ――
「いま、踏んだぞ! 思いきり! わざとか……!?」
「むう、失礼です。うおわっ……!」
まったくどうにもしがたく彼の方へつんのめった。でも、ぶつかるわけにはいかないから無理やり踏ん張る。透き間は、保たれた。呆れ声が、降る。
「危ないな。本当、酷い、不器用だ……」
おまえな。変に触れないよう気を遣うわたしがアホみたいだ。
「……当然です。習ってもないのにホイホイできたらかえって怖いです」
「あっ――。……すまない。では、おまえは……。……あー」
ようやく、気付いた。わたしがダンスのできない庶民おんなであるのに。彼がわたしと踊りたいならレッスン必要だったと。遅まきに、気付いた。マジ遅い。
彼は、弱り顔だ。
「なるほど、
……いや。蝸牛って。いるのか、蝸牛。
ともあれ、
「ええ、そうです。あなたに寛大なるわたしだってツンツンにもなります!」
さすがに、ぷんすこ。七面倒な青い石の一件ふくめて幻滅ポイントしかない。
……悪い方に調子いいのはヒシヒシ痛感しているとはいえ、我儘ぶりっこ気取っているのも痛感しているとはいえ。そもそも、言い出さなかったおのれもダメだとわかっているのに。それでも……。
「すまない。俺が、悪かった」
「本当です。反省しろ」
「……そうだな。うん――ダンスも、教えよう。俺が。故に、赦せ」
えっ。待て。
「いえ、あの、ダンスは、別に……」
必要ない。のに、
「俺が、教えたい。がんばれ、姫君」
えぇ……。
……けれども、酷く、楽しげで。まあ、いいかあ。
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