(4)無意識マウント
「あのさ、店が見つけられなかったのはなんでだろ?」
少し気になっていたことをタクミはトモヤに聞いてみる。
「あ? ああ。たぶん、シャッターのせいだな」
「シャッター?」
「シャッターは、ボロいまんまだから」
「……?」
「シャッターを上げて、のれんを掛けないと店に見えない」
「ああ、なるほど」
(なんで、シャッターはボロいまま?)
少し気になったが、タクミはやはり気にしないことに決めた。
「おまえ、もう帰っていいんだぞ」
不意に思い出したように、トモヤが言う。
「え? だけど、ボクは夕飯を買いに……」
「あ? ああ。そうだったな」
「でも、ジャマになりそうだから帰るよ。またあとで」
「いや、ちょっと待っとけ」
「え?」
そう言うとトモヤは、また手早く何か作業をしている。
焼けた醤油の香ばしい匂いがしてくる。
ほどなく、裏口が開いてトモヤが紙袋を差し出す。
「これは?」
「今日のメニュー。やるよ」
「え? いいよ! お金払う」
「いや、いい。まだ店は開けないし……」
「?」
「口止め料? 的な?」
ぶっきらぼうだが、少し照れくさそうにも見えるトモヤ。
きっと、二度手間にならないように作ってくれたんだろう。
(あれ? トモヤって、すっごくいいやつ?)
その心遣いをムダにしないように、タクミはありがたく受け取った。
「口止め料、ありがたくいただきます」
そう冗談っぽく言ったタクミに、トモヤは少し笑って言った。
「おう! またな」
紙袋を持って、やっぱりホクホク顔で家に戻る。
中に入っていたのは、豚汁と焼きおにぎり。
だけど、昨日とは全く違うものだった。
豚汁は、豆板醤の風味と辛みを感じる。
ほうれん草とコーン、それにバターが入った豚汁。
初めて食べるのに、どこか懐かしい。
「あ、みそバタコーン! ラーメンじゃん!」
ちょっとピリ辛で上品だけど、ジャンク感もある。
子どもの頃に好きだったラーメンのスープみたいな味がした。
焼きおにぎりも昨日とは違う。
醤油とゴマ油が香り、白ゴマがいい食感を出している。
味は、中までしっかりしみている。
タクミは、今日も満たされたような気持ちになる。
食べ終えると、ふぅ〜っと大きな息が自然に出た。
同級生のバイトの邪魔はしたくないとは思う。
(だけど、食べたいものを我慢できるかは難しいなぁ)
*****
次の日。
日直だったタクミは、実習のレポートを抱えて家庭科室へと向かった。
マキちゃんの調理実習は、作って終わりではない。
問題点や改善点、感想などをまとめたレポートを出して完了になる。
「ひとりじゃムリがあるって言ったじゃない!」
「だけどさ、誰でもいいってわけじゃねぇし」
「そうだけど、信用できそうな友だちはいないの?」
「友だち……」
「あら、ごめん。ボッチくんだったわね」
「別に……。困ってねぇ」
「今、困ってるじゃない!」
ドアを開けようとしたタクミの耳に飛び込んできたのはふたりの声。
(マキちゃんと……トモヤ?)
(なんだか、仲が良さげ? あのトモヤが?)
無性にイラッとして、つい、ドアをスパーンと開けてしまう。
「失礼しますっ!」
その音に驚いて振り返るマキちゃん。
そして、すぐ横の椅子に座っているトモヤの姿。
「あら、日直さん? レポートかしら?」
「はい。全員分あります」
「ありがとう。でも、ドアは静かにね。紳士のたしなみよ?」
「はい、すみません」
昨晩ぶりに見るトモヤは、いつもの姿に戻っている。
切れ長の目は前髪に隠され、口元も黒マスクに覆われている。
「おはよう」
「おう……」
「昨日は、ありがとね」
「いや、別に、大したことじゃ……」
「すごく美味しかったよ」
「そうか」
「また行くよ」
「おう」
わざわざ、マキちゃんの前で言うことじゃない。
それは、十分分かっているのに、口が止まらない。
(なんで、こんなマウントみたいなこと……?)
タクミは自分が分からなくなっていた。
一旦、落ち着いて、ここを出よう。
そう思って、マキちゃんに挨拶をする。
「それじゃ、ボクはこれで……」
マキちゃんのほうに、チラリと目をやる。
タクミの予想に反して、マキちゃんは満面の笑みを浮かべていた。
目をキラキラさせて嬉しそうに、タクミのほうへと近づいてくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます