第十一話 夏目
───ゴールデン令嬢というアカウントは、それ以外にも文章を投稿しておりどの投稿にも俺の写真が貼られている。
写真の角度が明らかに隠し撮りだ。どうやって撮った?隠し撮りを許すほど油断はしていなかったが⋯⋯。
いや、問題なのはゴールデン令嬢の投稿に対してかなりの数の人間が反応している事だ。
我様というアカウントがクソリプを送りまくっているのが目立つが、1億円目当てに探してみるなんてコメントを多く見受ける。
こんな信憑性もクソもない投稿になんでこんなに食いついているんだと、疑問に思い調べてみると、過去に愛犬がいなくなったとかで同じような投稿をしていたようだ。
ゴールデン令嬢の愛犬を見つけたのはお金欲しさではなく、愛犬がいなくなる辛さが分かるから探したかった、という善良な人物でその人柄に感動したゴールデン令嬢が二倍の金額を渡したとかで騒ぎになったようだ。
早い話、過去に実績があるので皆がお金目当てに動いている訳だ。
───賞金首みたいだな。
思わずため息が出た。
さて、どうしたものか。この投稿の内容、正直に言って放置していい内容ではない。これが俺や組織に関係のない内容であれば目を通した上でスルーしていたが、残念ながら当事者は俺だ。
このまま放置すればお金目当ての人間が俺の事を探る事になる。現在進行系で探っている者もいるだろう。表向きは不動産会社勤務という事になっているが、深く探られれば『ベーゼ』に辿りつくかも知れない。
こういう時に頼りになるのはあの女か。
マッドサイエンティストに報告を入れると『情報を探ろうとする者はフォリ様の方で何とかしてやるから、助手君は投稿主を何とかしておくように!』と、頼りになる言葉を頂いた。
投稿主を何とかしろか。簡単に言ってくれるな。ゴールデン令嬢の投稿を見たところ、同じような内容で一時間おきに投稿している。
金に糸目はつけないなんて文字も見えた。本気で俺を探しているようだな。そんな相手を止める方法は投稿主であるゴールデン令嬢が諦めるか、探し人である俺を見つけるしかない。
アカウント名、ゴールデン令嬢。間違いでなければ『居酒屋立花』で騒いでいたアイツだな。名前は確か⋯⋯九条院 優馬。
面倒になって逃げたのが失敗だったか。面倒事が周囲を巻き込んで大事になってしまっている。短い期間のやり取りでしかないが、あの女が簡単に諦めるとは思えない。となると、誰かが俺を探し出すまで投稿を続けるだろう。
面倒ではあるが、一番手っ取り早いのは俺が会う事か。直接やり取りした上で投稿を削除させるのが早いとみた。
アプリのダイレクトメッセージ機能を使って本人である事と、投稿を消して欲しい旨を伝える文章を送る。文字を打っている段階で嫌気がしていた。本当に会いたくない。
直ぐに既読がつき、返信が返ってきたがゴールデン令嬢が打ったとは思えないほど丁寧な文章だった。恐らく本人ではなく代わりの者が確認し、返信を行っているのだろう。
本人である証拠を送ってくれとの事だ。仕方なくスマホ本体にある写真を送ると、直ぐに返事が返ってきた。
文章がまた変わっている。今度はゴールデン令嬢本人が打っているのだろう。長々とした文字の羅列に目を通していくが、気が滅入る。
内容を要約すれば婚約者として俺に会いたい。いつ会えるか教えて欲しいとの事だ。
気になるのは俺の呼び名だな。以前は貧乏人、婚約者なんて扱いをしていたが、送ってきたメッセージでは颯人様と書かれていた。
少なくとも俺の個人情報は掴まれている事になる。⋯⋯引越しも考えないといけないか。
さて、面倒ではあるが⋯⋯会わない訳にはいかない。これ以上俺の周りを探られるのは面倒だ、直接会ってケリをつけよう。
明日───金曜日の場合だと仕事終わりに会うことになる。明日の業務内容次第ではあるが血の匂いが残る可能性もあるな。万が一を考えるなら休みである土日のいずれかにするべきだ。
だが、土曜日は久しぶりに親友と会う約束をしている。俺に相談したい事があると真剣そうな声だったから、予定を変えない方がいいだろう。
俺が彼女にフラれた時や、会社が倒産した時に心の支えとなってくれたのが親友だ。アイツに何かあったなら今度は俺が支えになりたい。
そうなると予定が空いているのは日曜日だな。一日くらい休みの日はゆっくりしたいのだが、後回しにすればするほど問題というのは大きく厄介になっていく。日曜日に会おう。
返信を送れば即、既読がつく。その後に送られてくメッセージを読むと面倒な女に絡まれてしまったとため息が出た。バナさんを助けようと思って行動に出たが失敗だった。こんな事になるとな。
幸い、ゴールデン令嬢として婚約者が見つかった旨の投稿はしてくれるそうだ。俺を探した労力によってはお金を払うみたいな内容が書いていたが、大丈夫か?
嘘の情報なんかもあるだろうし⋯⋯いや、俺が心配するような事ではないな。勝手にしてくれ。
「冷めたな⋯⋯」
面倒事を片付けていたら、せっかく作ってくれた料理が冷めてしまった。食べ終えてから動いても良かったが、内容が内容だ。一刻を争う可能性もあった。
料理が冷めた事を夏目に詫びたが、彼女が欲しかった言葉はそれではなかったらしい。
「このゴールデン令嬢って奴とはどういう関係なんだ?」
眉が吊り上がり、あからさまに不機嫌そうだ。声も少しムスッとしている。夏目が俺に対して好意を持っている事は知っている。
好きな人に婚約者がいた、なんて彼女からしたら耐えられないだろう。俺がいくらいないと言っても疑いたくはなる。
だからこそ、夏目には正直に話す。ゴールデン令嬢───九条院 優馬とどういった経緯で出会ったかを。話していくにつれ、夏目はドン引きしていたな。そんな奴と会うことを伝えると俺の身を心配してくれた。良い女だと思う。
「それにしてもこの投稿内容と、先輩が言う人物像⋯⋯オレ様の知り合いに似ている奴がいるんだ」
「もしかして⋯⋯シャイングリーンか?」
「あぁ!オレ様たちの事を貧乏人扱いしたり、自分の事を金持ちって豪語してたからな。かなり似ていると思う」
シャイングリーンとは実際に会話をした訳ではないが、かなり癖のある性格をしている事だけは分かる。それは『居酒屋立花』で出会った九条院も同じだ。かなり癖があった。
俺よりも付き合いの長い夏目が似ているというのなら、本人である可能性は高い。
そうなると日曜日に実際に会うのは危険か?だが、会わなければそれはそれで面倒な事になりそう。あちらは俺の個人情報をある程度掴んでいるようだしな。
「シャイングリーンの名前は知らないんだな」
「知らない。あいつが入ってきたのは割と最近だったし、オレ様はボ⋯⋯ソロ行動が多かった。それにあいつの事は嫌いだったから関わりが少ないんだ」
夏目がシャイングリーンの事を嫌っていたのは昨日の戦いで分かっていた事だ。名前すら知らないとなるとよっぽど嫌いだったんだな。関わり合う事を避けてきたのが目に浮かぶ。
「そうか。兎にも角にも日曜日には会う約束をした。ヒーローである確率が高いようだし、気は引き締めておく」
「一緒について行くのは、ダメか?」
「一人で来いって念を押していたからな。九条院の性格を考えれば連れて行かない方がいいだろう」
「⋯⋯そっか」
シュンっと元気をなくした夏目に、あの女と婚約する気はないし夏目が心配するような関係にはならないと断言しておいた。
見た目は割と俺の好みではあったが、性格が絶望的に合わないのでこれ以上関係が発展する事はないだろう。
それに怪人化した影響か種を残すという本能が薄れてしまったらしく、性欲が落ちた事を実感している。
誰かと付き合いたいとか、愛し合いたいとかそういう気持ちには今は微塵もならない。
一先ず機嫌が直ったのか、俺が食事を終えるまで夏目はニコニコと笑いながら俺が食べているところをずっと見ていたな。
時折、料理の感想を聞かれ『美味しい』と答えれば花が咲くような笑顔を浮かべていた。
「さっきの続きにはなるんだけどさ。先輩に恋人がいた事はあるのか?今はいないみたいだけどさ⋯⋯ちょっと気になって」
俺に背を向けて食器を洗う夏目を見て、胸もデカければ尻もデカイなと的外れな感想を浮かべていると、俺の恋人関係について尋ねてきた。
先程も答えたが今はいない。二年前までは確かにいたし、付き合った彼女もそいつが初めてという訳でもない。
「二年前まではいたな」
「そっか⋯⋯」
「色々あってフラれたよ」
「色々って?」
俺自身は既に過去の事だと吹っ切れている。ただ、夏目には言わない方がいいだろうと言葉を濁していたが、好きな人の恋人関係等はどうしても気になるらしい。
皿洗いの手を止めて、振り返った夏目は話して欲しいと目で訴えかけていた。仕方なく口を開く。
「尾籠な話だ。元カノは俺よりも体の相性の良い男を見つけていた。俺との行為よりそいつとの行為の方が気持ちいいなんて、男の上で腰を振りながら言っていたな」
「───は?」
結婚を視野に入れて同棲していたから傷は思ったより深かった。あの日、仕事が早く終わっていなければ気付かずに済んだか?
元カノが男を連れ込んでヤッている所を目撃せずに済んだか? いや、どの道フラれていた事には変わりはない。それでも傷は浅かっただろう。
「それと、俺が悪いんだとさ。仕事を優先して構ってくれなかったからって。寂しい思いをさせて俺が悪いって逆に責められた。頭が真っ白になって、フラれた事すらその日は気付かなったな。落ち着いた頃に元カノから送られたメッセージを見て、関係が終わった事を理解した」
───『二度と私に連絡してこないで』だったか?
「今、そいつはどこに居やがる!」
ギリっと歯を食いしばる音が聞こえたと思えば、鬼の形相でブチギレる夏目がいた。当事者の俺が冷静に話しているのに、聞き手が怒っていては話が進まない。
「そう怒るな」
「だって!許せねぇよ、そんな奴!」
「怒るだけ無駄だ。⋯⋯もうこの世にはいない」
「えっ⋯⋯?」
俺が直接何かをした訳ではない。マッドサイエンティストが怪人の素体集めの為に出していた求人に、元カノとその恋人が釣られてきただけだ。
俺の理論が正しいのかどうかは不明だが、その二人は見事に怪人化に成功した。
「随分前にシャインレッドに倒されたよ」
「それって⋯⋯そういう事か」
怪人化した元カノがシャインレッドに倒されても何も感じなかった。気が晴れる事もなければ悲しいという感情もない。淡々といつも通りにマッドサイエンティストに報告していた。
あの時点では親友の支えもあって吹っ切れていたのも大きいか。
「なぁ、先輩」
「なんだ?」
濡れていた手をタオルで拭き取った後、夏目が俺の元へ歩み寄ってきた。真剣な顔付き、でも微かに頬が赤い。
何を言おうとしているのか察しはついたが、あえて何も言わず夏目を見つめる。
「オレ様は絶対に先輩の事を裏切らない。先輩の事をずっと好きでいる。だから、いつかオレ様の事を好きになってくれ」
夏目の顔がゆっくりと迫ってきていた。避ける事も出来るがそれをするのは流石に野暮というものか。
「大好きです!先輩!」
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