第7話◆第六章:知っている者たち

語り手:岡部剛三

公安調査庁・監察課職員(60代・定年間近)



歯の照合に異常が出たという報告は、

最初、地方の小さな交番からだった。


「身元不明遺体が歯型と一致しません」

そんなことは、たまにある。

歯科記録が古かったり、被災で焼けたり。

イレギュラーな事案として処理される。

──普通なら、ね。


でも、そこから月に一件、週に一件と、

報告の頻度が上がってきた。

照合に使われたデータの精度は、最新だった。

なのに「一致しない」。

それも、なぜか“歯だけが残っている遺体”に限って。


最初は警察庁が対応していた。

それが厚労省に回り、次に内閣情報調査室、そして我々・公安へ。


監察課。

通常の捜査でも摘発でもない、「わかっていて、記録に残らないこと」を扱う部署。

私の仕事は、そういう“どこにも所属しない異常”を拾って整理することだ。


報告はすべて、暗号化されて提出される。

その中に、こんな文言があった。

「これは疫病ではない。入れ替わっている。」


私は知っている。

これは、初めてのことじゃない。


1983年にも、似た報告があった。

1959年にも。

さらに遡れば、敗戦直後の混乱期にも記録が残っている。


我々はこの現象を「回帰」と呼んでいる。

肉体と記録のズレ。

死者のすり替え。

そして──“歯だけが一致しない”という例外。


たとえば、1959年。

三重県の山中で、焼死体が発見された。

身元不明。歯型照合も不一致。

行政はそのまま「身元不明死体」として処理したが──

半年後、その地域に、同じ背格好の男が現れた。


名前も経歴も別人だが、誰もがこう言った。

「あのとき死んだ“あの人”によく似てる」

だが、戸籍も履歴も整っていて、指紋照合も問題なし。

そして再び、数年後に死亡──火葬された。


そのとき、遺体の歯だけが異様に残った。

誰も調べようとはしなかったが、当時の記録係が──

“前の焼死体の歯”と、酷似していると証言している。


それは周期的に発生し、

記録され、伏せられ、そして忘れられていく。

だが今回は、様子が違う。


件数が、異様に多い。

北海道から九州まで。

都市部でも、山間部でも。

似た報告が同時多発的に上がってきている。

止まる気配がない。


今までは地方の一部の限定的な土地を中心に広がり、やがて収束していた。その村は統合となって今は市になっていたはずだ。


政府は、黙認を選んだ。

「これは“社会的説明不可能”のカテゴリに分類する」

「火種を撒くな。誰にも話すな。見て、流せ」

それが、指示だった。


私は、従ってきた。

役職に忠実であろうとした。

だが、あの“歯の写真”を見たとき、背筋が凍った。


まるで、生きていた。

焼かれてなお、何かを語ろうとしているかのようだった。


歯だけが、本当のことを知っている。

どこから来て、誰のものだったのか。

今、誰の中に潜んでいるのか。


私たちはただ、

照合不能の歯を前にして、

それが今日も“誰か”として歩いていることを──

黙って、見ているしかない。

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