第33話 ギルドの評価【クラリス視点】
午後のギルドは、珍しく静かだった。
冒険者たちの多くが外へ依頼に出ており、酒場の喧騒もいくらか控えめだ。
受付カウンターで、クラリスは無言のまま一通の文書を見つめていた。
それは、ミルナ村からの正式な推薦状だった。
王都から遠く離れた、辺境の小さな村。
その村が、二人の名前を明記していた。
――『エリオット=レイン、シンシア=フォン・アーデルハイトの両名は、 夜襲に際して的確な判断と強力な魔法で村を救ってくれました。彼らがいなければ、我々は今ここに生きていなかったでしょう』
――『二人の貢献を称え、ギルドにおける地位の見直しをお願い申し上げます』
簡潔ながら、力強い言葉。
文字に滲む筆跡は村の長老が心から綴ったものだと一目でわかる。
そして何より、あの頑なだった村が名指しで信頼を寄せていることが、重かった。
あの、よそ者に対して特に警戒心が強かったミルナ村が自らギルドに推薦状を送るなど、前代未聞のことだった。
「……ふぅ」
クラリスはそっとペンを置き、椅子に背を預けた。
ついこの間まで、『最低の問題児凸凹コンビ』とまで言われていた二人。
元勇者パーティーの落ちこぼれ。
悪名高き断罪令嬢。
最初に彼らを見た時、クラリスもまた、「どうせすぐ消える」と思っていた一人だった。
王都での騒動は、辺境のギルドにまで轟いていたからである。
彼らがトラブルメーカーになることはあっても、これほどの実績を上げるとは予想だにしなかった。
(なのに、あの二人は――ただの噂に終わらず、自らの力で現実を変えた)
ギルドの資料棚から、該当ページを引き抜き昇格申請書に目を通す。
実績、報告書、証人の証言。すべてが揃っていた。
特に、ミルナ村での魔獣討伐と住民避難の記録は、Fランクの冒険者が成し遂げられる範疇をはるかに超えていた。
必要なのは、『決断』だけになる。
クラリスは立ち上がり、奥の事務室へと向かう。
静かだった空気の中で、その足取りはためらいのないものだった。
彼女の表情には、いつもの冷静さに加えてわずかな満足の色が浮かんでいた。
一方その頃、ギルド内の酒場では冒険者たちがいつになく真面目な話題で盛り上がっていた。
普段ならくだらない武勇伝や女の話で持ちきりの空間が、今は二人の新人の噂でざわついている。
「なあ、聞いたか?エリオットとシンシアの奴ら村を魔獣から守ったってよ」
「マジで?あの『悪女』と『役立たず』の『最低の問題児凸凹コンビ』が?どうせまた派手にやらかしただけだろ」
「いや、冗談抜きで、魔法の制御が前と全然違うらしいぞ。シンシア、暴発してねえって……村の被害も最小限だったとか」
そう語るのは、中堅の冒険者たち。
彼らの表情には、以前の嘲りとは異なる、純粋な驚きとどこか期待のような色が浮かんでいた。
最初は「貴族様が何ができる」と鼻で笑っていた者たちも、具体的な噂と証言が重なるにつれて耳を傾けざるを得なくなっていた。
「エリオットの補助魔法、最近ほんと助かってるって話だぜ。移動速度上がったら、狩りがめちゃくちゃ楽になるし、怪我も減るって」
「結界もすげー精度らしいな。最前線で戦う俺たちにとっちゃ、戦術面で一番頼れるタイプだ。派手さはないが、なくてはならない力だよ」
「見た目は地味だけど、実はすごくねえか、あいつ?俺たち、あいつらを完全に舐めてたな」
ちらり、と視線がギルドの掲示板に集まる。
そこには、まだ仮掲示の「昇格審議中」という札が張られたままの紙があった。
その紙が、彼らの間で交わされる噂話の信憑性を裏付けている。
疑念が少しずつ晴れ、新たな評価が芽生え始めていた。
そして、はっきり告げた。
「昇格させましょう。Eから、Dランクへ」
クラリスの声は、いつものように冷静だった。
だが、それは彼女なりの敬意でもある。
彼女の冷徹な目は、常に真実と実力を見抜いていた。
感情を交えず、ただ事実のみを評価する。
それが、ギルド職員としての彼女の矜持だった。
「問題ありません。推薦状、実績、共に十分です。特に、緊急時の判断力と連携能力は、Dランク以上の評価に値します」
応対していた別の職員も頷きながら、必要な処理を始める。
ペンで書く音が、静かな事務室に響く。
――ただの『追放者』ではない。
――『断罪令嬢』と侮るのも、もう過去の話だ。
この町に来た時とは、空気が違う。
彼らは今、少しずつ、だが確かに信頼という名の評価を積み上げていた。
それは、二人が自らの力で勝ち取った、かけがえのないもの。
そしてその評価は、テルマのギルド支部全体に静かな波紋を広げ始めていた。
翌朝、またギルド内が騒がしくなった。
「見たか? あいつら、Dランクに上がったぞ」
「マジかよ! やっぱ本物だったんだな」
冒険者たちが立ち止まり、掲示板のDランク欄に新しく貼り出された紙を見上げる。
そこには、エリオットとシンシアの名前が誇らしげに記されていた。
その中には、以前彼らを見下していた者の顔もいたが、その目はもう嘲りではない。
彼らの実力を認め、警戒し、いずれは自分たちも追いつきたいと願う競争相手を見る目だった。
評価が変わった――彼らの歩みが、少しずつ誰かに届き始めた証拠なのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます