第23話 新しい日常、新しい役割

 パチ……パチ……と、テーブルの上に置いたランプの火が静かに揺れている。


 宿の一室――狭いけれど、もうすっかりいつもの部屋になった場所だ。

 窓は少し開けてあって、外から虫の声と、草を揺らす風の音が聞こえてくる。

 辺境の町「テルマ」での暮らしにも、俺はもう慣れつつあった。

 特に、こうしてシンシアと向き合って食事をすることが、日常の一部になった。


「……今日の肉、ちょっと硬かったな」


 フォークを置いて、ぼそっとつぶやくと、向かいで食べ終えたシンシアが肩をすくめる。


「文句があるなら、自分で作りなさい」

「いや、俺じゃなくて宿の……っていうか、そもそもこれ自炊だよな?」

「私が作ったってことじゃないんだから、責任転嫁しないでちょうだい」


 軽くムッとした表情を浮かべながらも、どこか柔らかい。

 以前ならこうして軽口を叩くこともなかっただろう。

 無言のまま、互いの食事を終え、各自の作業に戻るのが当たり前だった。


 気がつけば、こうしてふたりで食卓を囲むのも、もう何度目になるんだろう。

 最初は緊張と気まずさしかなかった部屋の空気も、今では、なんとなく落ち着いたぬくもりを感じる。

 互いに遠慮しすぎず、かといって踏み込みすぎず。

 その微妙な距離感が、今のちょうどいい居心地になっている。

 それはまるで、長い旅路を共にする、気心の知れた仲間のような感覚だった。


「……なあ、シンシア」


 言いかけて、少し間を置いた。


「……なんなの?」


 彼女はテーブルの上のランプに視線を落としたまま、ゆるく返事を返す。


「俺、まだまだ足手まといだなって。実感してる。戦闘でも、情報の読み取りでも……もっと何か、できるようにならないとなって」


 この町に来て、初めて「役に立ちたい」と純粋に思えるようになった。


 だが同時に、自分の無力さも痛感していた。


 王都での俺は、ただの「無能な補助役」だ。

 しかし、ここではそうではない。彼女の隣に立つ相棒として、もっと強くなりたい。

 その言葉に、彼女はふっと視線だけをこちらに寄こして、そして、少しだけ笑った。


「……私のほうが、もっとよ」


 照れ隠しみたいに、ちょっと早口で続ける。


「攻撃はできても、力任せで、あんたの補助がなかったらすぐ崩れてた。無駄に気を張って、ひとりで勝手に空回りして……今思えば、バカみたいだったわ」


 らしくもない自己反省に、思わず笑ってしまう。

 王都での彼女は「完璧」で「傲慢」な令嬢だった。

 そんな彼女が、自分の弱さを認めている。

 そのことに、なんだかひどく心を揺さぶられた。


「はは……お互い様、だな」


 シンシアはむすっとした顔をしながらも、どこか柔らかな色を瞳に浮かべていた。

 そして、少しだけ視線を落とし、まるで呟くように言う。


「……だから、頼りにしてるわよ。少しだけ、ね」


 一拍遅れて、俺はそれを聞いた。

 その言葉は、まるで夜風に溶けてしまいそうなほど小さかった。


「……えっ、いま何か言った?」

「別に?」


 あからさまにそっぽを向く彼女。

 だけど耳が、ほんのり赤い。

 俺も返す言葉を見失って、なんとなく湯気の立つマグカップに視線を落とす。

 気まずくもない、でも言葉を選びあぐねるような沈黙が流れる。

 だけど――どちらからともなく、ふっと笑いがこぼれた。

 声を立てて笑ったわけじゃない。

 ほんの少し、口元が緩んだだけ。

 でも、それで十分だった。

 言葉は必要ない。この一瞬の温かさが、全てを語っていた。


「……ありがとな」


 小さく、でもちゃんと伝えた言葉に、シンシアは何も返さなかった。

 それでも、表情がどこか穏やかだった。


 もう、最初の頃のような関係ではない。

 けれど、『恋人』ってわけでもない。

 ただ、隣にいるのが自然で、一緒に食事をするのが日常で。

 言葉がなくても、どこか通じ合っている。


 ――たぶん、これが『相棒』、『仲間』と言う関係なのだろう。


 ランプの火が小さく揺れて、窓の外では、風が夜を撫でていた。

 明日からも、この町で、この部屋で、新しい日々が続いていく。

 その事に、俺は静かな喜びを感じていた。

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