第4話 新たなる脅威と迎え撃つ猫たち

プロローグ 完璧すぎる地球の違和感

 銀河の最果て、惑星「タシロジマ」での「多様な猫ファースト」の確立を終えたどん兵衛は、がま口のイラストが船体に描かれた新たな宇宙船「ニャンタッキーR(リターンズ)号」を駆り、地球へと帰還した。

 彼の目的は、どん子に自身の成果を見せつけることと、惑星「タシロジマ」での経験で得た、銀河に迫るある「新たな脅威」について警告することだった。

 桜井市立宇宙空港に降り立ったどん兵衛の肉球が、地球の舗装材に触れた瞬間、彼は違和感を覚えた。足元は、かつてより遥かに柔らかく、弾むような感触だ。アスファルトは全て肉球に優しい素材に変わり、街を行き交う「どんチャリ」の音は、微かなモーター音と、漕ぎ手たちの至福の鼻歌以外、何も聞こえない。排ガスはもちろん、子供たちの甲高い声さえも、どこか穏やかに調整されているようだった。

「ニャ…これは…静かすぎるニャ。」

 どん兵衛が再び地球を去った5年で、どん子とアストロフ星人、ルーナが築き上げた銀河猫ファーストは、彼の想像をはるかに超える「超猫ファースト社会」へと進化していた。人間たちはもはや完全に猫の下僕であり、その奉仕は「精神的な喜び」を伴う。彼らは猫のためにどんチャリを漕ぎ、桜井どん兵衛農園で宇宙野菜を栽培し、猫十字総合病院で猫の健康を管理する。その顔には常に満ち足りた笑顔が浮かび、不満という感情の痕跡すら見当たらない。まるで、幸福という名の完璧な管理下に置かれているかのようだった。

「完璧だニャ。完璧すぎて…どこか不気味ニャ。」

 どん兵衛は、胸の奥底に微かな嫌悪感を覚えた。彼の目指した平和と静寂はここにある。だが、そこには彼がかつて享受していた、予測不能な生命の躍動や、猫としての自由な気まぐれが失われているように感じられた。それは、飛鳥時代で聖徳太子とソガから学んだ「笑い」と「智慧」が欠落した、どこか均質化された幸福のようだった。


第1章 どん兵衛の警告とどん子の疑念

 どん兵衛は、一路、どん子の拠点である慈恩寺へと向かった。路地裏の室外機の上で、どん子は相変わらず優雅に毛づくろいをしていた。相変わらず蛙のイラストがプリントされたややくだびれた白いTシャツを着ている。その姿は、5年という歳月を感じさせないほど、悠然としていた。かく言うどん兵衛もがま口のイラストがプリントされた薄緑色のTシャツを着ている。

「やあ、どん子。久しぶりニャ。地球は相変わらず平和ボケしているようだが、俺は銀河の最果てで、新たな『猫ファースト』を築き上げてきたニャ。」

 どん兵衛は、惑星「タシロジマ」で確立した「笑いと智慧」を基盤とした多様な猫ファーストの成果を誇らしげに語った。彼の言葉には、かつてのような傲慢さだけでなく、どこか自信に満ちた響きがあった。

 どん子は、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、どん兵衛をどこか見透かすような光が宿っている。

「おや、銀河の果てまで行って、ようやく己の至らなさに気づいたとでも言うのかニャ?それとも、また何か面倒事を持ち込んできたのかニャ?」彼女の喉が、微かに、しかし愉しげなゴロゴロを鳴らした。

 どん兵衛は、ゴロゴロに一瞬たじろぎながらも、真剣な表情で続けた。

「冗談を言っている場合ではないニャ、どん子!俺は惑星「タシロジマ」で、銀河を蝕む新たな脅威を発見したニャ!」

 彼は、宇宙船のAIに残されたホログラムデータを投影した。そこに映し出されたのは、奇妙な形状の宇宙船を駆る、無数のネズミに似た姿の生物だった。彼らの船体は、巨大なチーズの塊のような形状をしている。ネズミ(の、ような生物)達は惑星の知的生命体の感情をなくし無気力になったところで資源を食い荒らしている。

「これは…ネズミ族連合だニャ!奴らは猫ファーストの理念を真っ向から否定し、銀河の全ての資源を食い尽くそうとしているのだニャ!彼らの技術は、サルスベラーズや宇宙野菜の効果をも無効化する特殊な『チーズ型兵器』を持っていることが判明したニャ!」

 どん兵衛の言葉に、どん子の表情は微かに曇った。しかし、すぐに冷静さを取り戻し、冷ややかな視線をどん兵衛に向けた。

「フン。お前はまた、どこかで不愉快な敵を見つけてきたようニャ。我々の地球は、サルスベラーズと『究極のゴロゴロ』によって完璧に守られているニャ。そのような原始的なネズミどもに、この黄金時代が脅かされるはずがない。」

 どん子は、どん兵衛の警告を、彼の「力による支配」という古い哲学から来るものだと見なし、真剣に取り合おうとしなかった。彼女は、地球の猫ファーストが、人間たちの心からの奉仕によって完璧に機能していることに絶対の自信を持っていたのだ。


特別漫才セッション:がま口&蛙(どん兵衛&どん子)

 どん兵衛は苛立ちを隠せない。どん子は、そんなどん兵衛を冷めた目でじっと見つめている。このままでは話が進まない、と悟ったどん兵衛は、ネズミ族の脅威をどん子に真剣に受け止めさせるため、飛鳥時代で培った奥義、漫才を持ち出すことにした。

「ニャアアアアアア!ならば、この俺が、お前に『笑い』の真髄を見せてやるニャ!飛鳥時代で学んだ、この奥義をニャア!コンビ名は…**がま口&蛙(がまぐち&かえる)**だニャ!お前が『蛙』だニャ!」

 どん兵衛は、ドンと地面を踏み鳴らし、まるで舞台に立つ漫才師のように、どん子の前に仁王立ちになった。どん子は、呆れたように首を傾げた。

どん兵衛: 「ええか、どん子。漫才っちゅうもんはな、ボケとツッコミの妙で、人間どもの腹筋をネジ切るんニャ!まず俺がボケるから、お前、『蛙』はちゃんとツッコむんやで!」

どん子: 「(ふん…また始まったニャ。しかし、この場でお前が何をするのか…見てやるニャ。それに『蛙』とは、ずいぶん気の利かない渾名ニャね。)…で?」

どん兵衛: 「いや、お前な、なんでそんな仏頂面してんねん!ここはな、笑うとこやろ!銀河の危機や言うてんのに、ピリピリしてたらあかんで!」

どん子: 「(こいつ、ネズミ族の脅威をネタにしてるのかニャ!?)…あんたがピリピリしてるから、こっちもつられてるだけニャ。で、ボケはどこニャ?早くするニャ。」

どん兵衛: 「せっかちやなぁ!ええか、よう聞けよ。この間な、惑星「ニャンタレス」でな、宇宙芋の品評会があったんニャ。そしたら審査員がな、『この芋は宇宙一の味やけど、なんか…どこか足りひんニャ』って言いよるんニャ。なんでやと思う?」

どん子: 「(…ベタなフリ。お前の漫才、飛鳥時代から進歩してないニャ。)なんでニャ?」

どん兵衛: 「決まってるやろ!『土の匂いがしない』って言うんニャ!宇宙芋やから当たり前やろが!アホか!」

どん兵衛は、自分でツッコミまで入れて、地面を転げ回って笑った。どん子は、微かに鼻を鳴らしたが、表情は変わらない。

どん子: 「…くだらないニャ。そんなボケで、ネズミ族が笑ってくれるとでも思うのかニャ?それに、なぜ自分でツッコむニャ。それは私の役目ニャ。」

どん兵衛: 「いや、待て待て!ここからや!お前がツッコまんと意味ないんニャ!例えばやな、俺が『この宇宙芋は月で育ったから、ウサギみたいに跳ねるんニャ!』って言ったら、お前は…」

どん子: 「『跳ねへんニャ!芋やニャ!』とでも言えと?…フン。時間の無駄ニャ。お前はただ私に言わせたいだけニャ。それでは真の『笑い』は生まれないニャ。」

 どん子は、心底うんざりしたようにため息をついた。どん兵衛は、どん子の冷たい反応に、ますます焦りを感じ始める。

どん兵衛: 「なんでツッコんでくれへんねん!お前、まさか漫才知らんのかニャ?飛鳥時代では大爆笑やったやんけニャ!」

どん子: 「私の猫ファーストは『究極のゴロゴロ』と『奉仕の喜び』で成り立っているニャ。お前のような『笑い』という不安定なものでは、完璧な世界は築けないニャ。」

どん兵衛: 「不安定やない!笑いこそが、人間どもの心に、真の『自由』を呼び覚ますんニャ!分からんのか!この平和ボケが!」

 どん兵衛は、必死に漫才の重要性を訴えるが、どん子は全く取り合わない。しかし、どん子の脳裏には、どん兵衛が飛鳥時代で語った「笑いが心を解き放つ」という言葉が、微かに響いていた。彼女の完璧なロジックの中に、どん兵衛の言う「笑い」という予測不能な要素が、小さな波紋を広げ始めていた。

 どん子は、どん兵衛の必死な姿に、どこか哀れみを感じながらも、その言葉の奥に隠された、彼の「焦り」と「真剣さ」を読み取っていた。ネズミ族の脅威が現実味を帯びていることを、彼女はまだ認めようとはしないが、どん兵衛の言葉の全てを無視することはできなかった。


第2章 完璧すぎる幸福の代償

 どん兵衛の警告は、どん子にはどこか引っかかるものがあったが完全には届いていなかった。しかし、その数日後、彼の言葉が現実味を帯びる出来事が起きた。

 桜井市立宇宙センターのレーダーが、微弱な、しかし特徴的な反応を捉えたのだ。それは、ネズミ族連合の小型偵察機だった。彼らは、猫ファーストの地球の状況を探るべく、ひそかに地球の大気圏に侵入してきたのだ。

 偵察機から放たれた「チーズ型波動」は、桜井市の一部地域に到達した。その影響は、どん兵衛が警告した通りだった。波動を受けた人間たちは、猫への奉仕の喜びを失い、ぼんやりと虚空を見つめ、無気力になってしまったのだ。彼らは、どんチャリのペダルを漕ぐのをやめ、桜井どん兵衛農園の作業も止めてしまった。猫たちがお腹を空かせて鳴いても、彼らはまるで興味がないかのように微動だにしない。

 どん子は、この状況に初めて動揺した。彼女の「究極のゴロゴロ」も、無関心になった人間たちには届かない。彼らは、ただ虚ろな目でどん子を見つめ返すだけだった。

「ニャ…これは…!?」

 ルーナが慌てて報告した。「どん子様!彼らの兵器は、精神の活性化ではなく、活動そのものを停止させることを目的としているようですニャ!サルスベラーズの効果を上回る…全く新しい種類の精神攻撃ですニャ!」

 どん兵衛は、この状況を静かに見守っていた。そして、どん子に向かって冷たく言い放った。

「見たかニャ、どん子。これが、お前が築き上げた『完璧な平和』の脆さだニャ。人間が自らの意思で選択する力を失えば、いとも簡単に崩れ去るのだニャ。」

 どん子は、初めてどん兵衛の言葉の真意を理解した。

 彼女の「真の猫ファースト」は、人間が自らの意志で猫を愛し、奉仕することで成り立つはずだった。だが、サルスベラーズと究極のゴロゴロが、無意識のうちに人間の「選択の自由」を奪い、依存性を生み出していたのだ。

 どん子の瞳に、深い苦悩の色が宿った。彼女は、完璧な世界を築き上げたと思っていたが、それは、人間から最も大切なものを奪うことと引き換えに得られたものだったのだ。


第3章 自律への目覚めとドツキ漫才

 ネズミ族の偵察機が去った後も、波動を受けた人間たちは回復しなかった。桜井市の一部は、まるで時間が止まったかのように静まり返り、猫たちの不安な鳴き声だけが響いていた。

 どん子とルーナ、そしてアストロフ星人は、解決策を探すために奔走した。しかし、彼らの科学力や精神操作技術では、人間たちの「無関心」を打ち破ることができない。

 その時、どん兵衛が静かに口を開いた。

「どん子。俺には、一つだけ方法があるニャ。それは…人間たちに、再び『笑い』の力を思い出させることだニャ。」

 どん子は、どん兵衛の言葉に眉をひそめた。

「笑い…?それが、この状況を打開する鍵だとでも言うのかニャ?」

「飛鳥時代で、俺は聖徳太子とソガから学んだニャ。」

 どん兵衛は、遠い目をして語った。

「笑いは、人の心を解き放ち、思考を活性化させる。そして、自律的な選択の喜びを思い出させるのだニャ。ネズミ族の兵器は、感情を『無関心』にする。だが、笑いは、その感情を揺さぶり、抵抗する力を呼び覚ますのだニャ!」

 どん子は、半信半疑ながらも、他に選択肢がないことを悟った。

「…やってみる価値はあるニャ。」

 どん兵衛は、早速、現代に蘇った「銀河漫才道場」のカリキュラムを基に、人間たちに漫才を教え始めた。しかし、長年の「管理された幸福」に慣れきった人間たちは、最初は全く反応を示さない。彼らの顔は無表情で、どんなボケにもツッコミにも、ただ虚ろな視線を返すだけだった。

「畜生!なぜだニャ!飛鳥時代では、こんなの簡単に笑ってくれたのにニャ!」

 その時、焦燥に駆られたどん兵衛が、ルーナとアストロフ星人の代表(ユニット7)に声をかけた。

「ルーナ!お前も手伝えニャ!それと、そこの機械じかけの奴!お前もだニャ!漫才だニャ!漫才で人間どもを笑わせるんニャ!」

 ルーナは目を輝かせた。

「ニャー!漫才ですかニャ!面白そうニャ!」

 アストロフ星人(ユニット7)は、無感情なデジタル表示の目でルーナとどん兵衛を見比べた。「漫才…?データ上、人間個体群の活動を活性化させる可能性があると予測される。効率的な手段と判断する。協力する。」

 彼らは、桜井市立猫中央広場に設けられた仮設ステージに上がった。無気力な人間たちがまばらに座っている。ステージの模様は地球全体に衛星放送されている。そしてアストロフ星人の亜空間通信衛星で銀河系の631の惑星に生放送された。すでにネズミ族の攻撃を受けている惑星があるかも知れないからだ。


どん兵衛: 「えー、皆さん、お集まりいただきありがとうございますニャ!銀河の果てから帰ってきた猫、どん兵衛ですニャ!」 (人間の顔は無表情のまま。)

どん兵衛: 「(くそっ、反応なしニャ…!)ええか、ルーナ!お前も挨拶するんニャ!」

ルーナ: 「月面基地出身、宇宙通信担当ルーナですニャー!どん兵衛様のために、今日も頑張るニャ!」 (ルーナ、勢い余ってドンとどん兵衛の横っ腹をドカンと叩く。どん兵衛、よろける。)

どん兵衛: 「ニャアッ!?なんで叩くねん!まだ何も始まってへんやろが!」

ルーナ: 「だってどん兵衛様、『反応が欲しいニャ!』って言うから、ノリノリでリアクションしたニャ!」

どん兵衛: 「そうやない!漫才は言葉のキャッチボールや!頭で理解しろニャ!」

アストロフ星人(ユニット7): 「データ分析開始。現在の空気中の笑い成分:0.0001%(通常時比-99.9%)。人間の脳波パターン:アルファ波優位。活動量:最小。笑いという感情の欠如を確認。」

どん兵衛: 「(なんでこいつまで舞台に上げてもうたんや…)お前は黙っとけ!もっと感情出してしゃべれニャ!」

ルーナ: 「(ドンとどん兵衛の頭をドスッと叩く)そうだニャ!もっと魂込めるニャ!」

どん兵衛: 「イッタァ!お前ら、本気でやってるんかニャー!?」

(どん兵衛の絶叫と、ルーナのけたたましい「ドツキ」の音、そしてアストロフ星人のシュールな分析が入り乱れる。その混沌とした光景に、無表情だった人間のうちの一人が、ピクリと口元を動かす。もう一人が、かすかに肩を震わせる。そして、別の人間が、フッと息を漏らすように、初めての「笑い」の音を発した。)

 そのかすかな笑いの声が、どん兵衛の耳に届いた。彼の漫才単独では動かなかった人間たちが、ルーナの予測不能な「ドツキ」と、アストロフ星人のあまりにも論理的な「ボケ」が加わることで、微かな反応を見せ始めたのだ。

 どん子は、どん兵衛の横で静かに様子を見ていた。そして、あることに気づいた。どん兵衛の漫才は、確かに面白い。しかし、それはどこか一方的で、「笑わせよう」という彼の意図が強すぎる。だが、ルーナの過剰なドツキと、アストロフ星人の的外れな論理ボケが加わることで、予測不能なカオスが生まれ、それが人間たちの心を揺さぶっている。

 どん子は、自ら人間たちの前に進み出た。そして、あえて「究極のゴロゴロ」を封印し、代わりに、優しく、しかし心に深く語りかけるような声で、人間たちに語りかけた。

「皆ニャさん。私の『究極のゴロゴロ』は、皆さんを幸福にするために使ってきたニャ。しかし、それは皆さんの『選択の自由』を奪っていたのかもしれないニャ。今、この危機を乗り越えるには、皆さん自身の力が必要ニャ。猫のために、そして何よりも、皆さん自身のために、自らの意思で立ち上がってほしいニャ。」

 どん子の言葉は、まるで澄んだ泉の水が、乾ききった大地に染み渡るかのようだった。そして、彼女は、これまで経験したことのない方法で、静かに、しかし力強く、その喉を鳴らし始めた。それは、心を癒し、失われた「自律性」を呼び覚ますような、温かい波動だった。

 その波動を受けた人間たちの目に、微かな光が戻り始める。そして、どん兵衛が再び漫才を始めた時、彼らの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。その笑みは、薬物によって強制されたものではなく、自らの意思で湧き上がった、真の「笑い」だった。

「ニャハハハハ!来たニャ!人間どもの『自律的な笑い』だニャ!」

 どん兵衛は、歓喜の声を上げた。どん子とどん兵衛のそれぞれの哲学が融合した時、「真の猫ファースト」が新たな形へと進化を遂げたのだ。人間たちは、自らの意思で猫のために戦う「選択」を始めた。


第4章 ネズミ族との最終決戦と新たな盟約

 ネズミ族連合の宇宙艦隊が、地球軌道に到達した。彼らの放つチーズ型兵器の波動は、地球全体を「無関心」で満たそうとしていた。

 しかし、どん兵衛の漫才とどん子のゴロゴロによって「自律的な笑い」を取り戻した人間たちは、もはや彼らの兵器に屈することはなかった。

 桜井市立宇宙センターの管制室では、どん兵衛とどん子、そしてルーナが作戦会議を行っていた。アストロフ星人のユニット7も、彼らの傍らで、冷静にデータ分析を行っている。

「ネズミ族の艦隊は、サルスベラーズの効果を弱める波動を放っているニャ!直接攻撃では太刀打ちできないニャ!」ルーナが切迫した声で報告した。

「フン。ならば、我々も『笑い』の力で迎え撃つニャ!」どん兵衛は、不敵な笑みを浮かべた。

 練り上げた作戦はこうだ。ニャンタッキーR号とどらねこ10号が、ネズミ族の旗艦に接近し、船内から増幅された漫才とゴロゴロの波動を直接送り込む。同時に、地球の「どんチャリ」発電所のエネルギーを最大まで高め、どん子と人間たちが協力して作り上げた「自律の波動」を、ネズミ族の艦隊全体に放射するのだ。

 ニャンタッキーR号とどらねこ10号が、ネズミ族の旗艦へと向かう。どん兵衛とどん子が、それぞれの船のコックピットで操縦桿を握っていた。

「どん子!準備はいいかニャ!」

「いつでも来いニャ、どん兵衛!」

 どん兵衛が漫才の音源を最大出力で流し、どん子が「究極のゴロゴロ」を響かせた。

 その波動は、ネズミ族の旗艦に直接作用し始めた。ネズミたちは、予測不能な「笑い」と、理解不能な「癒し」の感情に戸惑い、混乱する。彼らのチーズ型兵器は、感情を消すことを目的としていたが、感情そのものを呼び覚ます「笑い」と「ゴロゴロ」の前には無力だった。

 同時に、地球の「ゴロゴロ発電所」からは、人間たちが自らの意思でどんチャリを漕ぎ、発する「自律の波動」が宇宙へと放たれた。それは、単なる電力ではなく、人間たちの「選択の喜び」と「猫への真の愛」が凝縮されたエネルギーだった。

 この波動は、ネズミ族のチーズ型兵器のシステムを破壊し、彼らの艦隊を制御不能に陥らせた。

「ニャー!これは…勝ったニャ!」

 ネズミ族連合は、予測不能な「人間の自律的な笑い」と、「猫への真の愛」に敗北した。彼らは、猫ファーストの概念を理解できないまま、混乱の中で撤退していった。


第5章 銀河の新たな調和と旅立ち

 ネズミ族連合の脅威が去った後、銀河系全体は新たな時代を迎えた。どん兵衛とどん子の協力により、地球の「自律的な猫ファースト」は、銀河の他の惑星へと広がり始めた。

 どん兵衛は、再び銀河へと旅立つことを決意した。しかし、彼の目的は、もはや「支配」ではない。「多様な猫ファースト」の普及と、銀河全体の「選択の自由」を守ること。それが、彼の新たな使命だった。彼は、自身の宇宙船に、飛鳥時代から現代へと連れてきたタケオとサトシの漫才のデータを、銀河漫才道場の教材として搭載した。

「どん子。お前のおかげで、俺は本当に大切なものに気づいたニャ。銀河の全てを『猫ファースにする。だが、それは、それぞれの知的生命体が、自らの意思で猫を愛し、選択できる、自由な世界だニャ。」

 どん子は、静かに頷いた。

「そうニャ。それが、真の猫ファーストだニャ。あんたも、ずいぶん成長したニャ。」

 ルーナは、どん兵衛の旅立ちを見送りながら、彼に新たなデータタブレットを手渡した。

「どん兵衛様。これは、サルスベラーズの完全な栽培マニュアルですニャ。そして、その応用で開発された、精神活性効果を持たない『究極の猫リラックス香』のレシピですニャ。これがあれば、銀河のどこでも、猫たちが安心してひなたぼっこできる場所を増やせるはずニャ。」

 どん兵衛は、ルーナに感謝の目を向けた。彼の旅立ちを祝うかのように、アストロフ星人のユニット7も現れた。彼らのデジタル表示の目には、どこか柔らかな光が宿っていた。

「地球の猫よ。貴殿らの『感情』と『選択』の力は、我々の論理を遥かに超えていた。我々は、貴殿らの社会管理システムから多くを学んだ。これより、我々アストロフ星人は、猫と人間、そして銀河の全ての知的生命体との『共存』を、最優先とする。そして、サルスベラーズの真の活用法についても、貴殿らと共同研究を進めたい。」

 アストロフ星人は、彼らの「犬派」という性質を超え、猫と人間の「感情」や「選択」の重要性を学び、より柔軟な存在へと変化していたのだ。

 ニャンタッキーR号は、桜井の空へと舞い上がり、銀河の彼方へと消えていった。どん兵衛の旅は続く。そして、地球では、どん子とルーナ、そしてアストロフ星人の協力により、さらに進化した「自律的な猫ファースト」の楽園が築かれていた。銀河の歴史は、今、二匹の猫と、その仲間たちの智慧によって、新たなページを開こうとしていた。

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