第41話

 アジトでキミーの電脳をショートさせた後、死体の引き渡しまでに時間があった。その間にポチ太郎がキミーの電脳のバックアップを取った。その後、予定通りにキミーの死体はセントラルに引き渡されて取引は成立した。これで山田兄弟の身の安全も保障された。

 情報漏洩を避けるため、キミーの電脳データはポチ太郎によって直接サイズ・インダストリに運ばれた。その後、ディミトリによってキミーの電脳は新しいアンドロイドの体に導入された。このアンドロイドは北村カエデの最後の試作品で、要人のボディーガード及び愛玩用として開発されていたものだ。性能的にはメイドたちとほとんど変わりがない。

「ミキちゃんって名前はどうかな、北村ミキ」

 ヒナコが言った。

「キミーを逆にしただけですよね? 安易過ぎませんか」

 ディミトリが苦笑して言った。

「どうせすぐバレるからいいでしょ」

 ヒナコがムッとして言った。

「ソフィアがいいわ。私のお気に入りのお人形の名前ですの。見た目も少し似ているし。ね、お姉様いいでしょう?」

 エリザベスが力を込めて言った。特に反対する理由もないので、キミーの新しい名前はソフィアに決まった。

「でも、セントラルがルール違反だと思わないかな」

 ヒナコが言った。

「ルール違反にはならないはずです。人間としてのキミーさんは死亡しました。その事実はハッキリとしています。それとは関係なく、新しいアンドロイドが一体作られたというだけの話です」

 ディミトリが言った。

「つまりキミーは人間をやめて、ソフィアというアンドロイドに転生するんだよね」

「そうなのですが、一つ問題がありまして。キミーさんの電脳は人間の物ですので、このままアンドロイドとして登録することはできません。登録ができないとなると、体を起動することができません。そもそも人間の電脳のバックアップを取ることは、医療行為を除いて国際的に禁止されています」

「人間のアイデンティティを守るためだっけ」

「はい。同じ人間が複数存在してしまうことを避けるためです」

「じゃあ医療行為だったということにして、キミーが生き返ればいいんじゃない?」

「不可能ではありませんが、その場合セントラルとの取引に問題が生じます」

「……そうだった」

「ですので、あくまでもアンドロイドとして登録する必要があります。ただ、人間の電脳を、アンドロイドの物に偽装することは不可能です。根本的な構造が違うのですぐにバレます」

「それを裏技とかハッキングでなんとかならないの?」

「通常は不可能です。世界の秩序に関わるため、電脳のデータベースは極めて厳重に管理されています」

「……じゃあどうすればいいの?」

「データベースのハッキングは『通常』はできません」

 ディミトリが怪しい笑顔で言った。

「あ、そうか。じゃあ私、もう一回高次の世界に行ってくるね」

 そういってヒナコが高次の世界へ行き、ソフィアの電脳をあっさりとデータベースに登録した。通常は絶対に不可能だが『人間の電脳』が『アンドロイドの電脳』として登録された。さらに準市民権も付与したので、メイドたちと同様にソフィアは自由なアンドロイドになった。

「これでソフィアさんは正式にアンドロイドになりました。まさしく転生です。違法なものを除けば、恐らく歴史上で初めてのことだと思いますよ」

 ディミトリがやたらと興奮して言った。その姿を見て、ようやくヒナコは事態の重さを理解した。人間とアンドロイドの境を超えてしまった。これが誰でも可能ならば、社会の秩序が崩壊する可能性もある。

 悪の手先になった気分だ、と思いながら、ヒナコはカエデの顔を思い浮かべた。

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