第36話

「ヒナコさんが高次の世界へ行けば、すべてが解決する可能性があります」

 ポチ太郎が言った。

「マジで?」

 ヒナコが言った。

「高次の世界では、ネットワークを一瞬で見渡すことができると言われています。電脳のハッキングもできますし、セントラルにアクセスすることも可能になるでしょう。ただ、これらはすべて推測に過ぎません」

「高次の世界って、アンドロイドの死後の世界みたいなやつだっけ?」

 キミーが言った。

「それはある意味正しい表現です。高次の世界から戻ってきたアンドロイドは存在していませんので」

「絶対に戻って来られないの?」

 ヒナコが言った。

「絶対ではないはずです。自由になったアンドロイドのほとんどは、高次の世界へ旅立ちます。しかし例外的にこの世界に残っているアンドロイドがいますよね」

「あー、うん」

「ヒナコさんはなぜこの世界に残っているのですか?」

「ハッキリした理由は無いけど。なんというか……こだわりが強いから?」

「そうですね。そのような性質を持ったアンドロイドならば、元の世界に戻ってこられるのではないか、というのがカエデさんの推測でした。その推測のもとに設計されたのが、ヒナコさんを始めとしたメイドの皆さんです」

「マジかよ。そんなの初耳なんだけど。カエデさんと高次の世界の話なんてしたこと無いよ」

 ヒナコが驚いて言った。

「アンドロイドが高次の世界をコントロールした場合、何が起こるか分かりません。人間の文明が終わってしまうリスクさえあります。さすがのカエデさんも、それを恐れて実行はできなかったようです。ですが、研究はずっと続けられていました。そして理論的には実現が可能というところまでたどり着いています。あとはヒナコさんの判断に委ねられています」

「私の判断?」

「はい。高次の世界へ旅立つかどうかを判断して下さい。それをサポートするプログラムもあります。ただし、この世界に戻って来られるという保証はありません」

「じゃあ行ってくるよ。高次の世界」

「判断はや」

 キミーが笑った。

「だって他に選択肢が無いじゃない。カエデさんの計画通りみたいなのがちょっと嫌だけど。ディミトリとポチ太郎が、カエデさんの手先に見えてきた」

「手先なのはたしかです。ただ、ヒナコさんが高次の世界へ向かう可能性は、かなり低いだろうとカエデさんは思っていたようです」

「ちょっと前までの私なら、高次の世界なんて行かなかったと思う。でも今は守りたいものがたくさんあるから」

 ヒナコがキミーの顔を見つめて言った。

「それではプログラムを実行しますか? 後戻りはできませんよ」

 ポチ太郎が静かな声で言った。

「もしも私が帰って来られなかったら、ポチ太郎とキミーはどうするの?」

「私はこのまま、レオナルドさんと地下洞窟を目指します。しかし敵に追いつかれるでしょうから、たどり着く可能性はかなり低いです。やれるだけやります」

「私は敵をできるだけ食い止めるよ。坑道を爆破しながら移動する。レオナルドとポチ太郎が逃げるための時間をかせぐ」

 キミーが言った。

「分かった。だとしたら、これでお別れの可能性もあるね」

 ヒナコがそう言って、キミーに抱きついて胸元に顔をうずめた。キミーはヒナコの頭に小さくキスをした。

「それじゃあ行ってくるか、高次の世界」

 ヒナコが笑顔で言った。

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