第31話
エリザベスに指定された場所に到着したが、入り口と思われる所は見当たらない。ヒナコはもう一度エリザベスに通知を入れた。すると、近くの大きな岩が音もなくスライドして、人がかがんで入れるくらいの小さな穴が現れた。ここから中に入れ、ということだろう。
「面白いね」
ヒナコは言った。
「私、入れるかな」
背の高いキミーが渋い顔をして言った。実際、キミーは体を縮めてもお尻がつっかえて中に入るのに非常に苦労をした。ヒナコが両手を思いっきり引っ張って、なんとか入ることができた。
「強く引っ張りすぎ! 肩の関節が外れたよ」
キミーが涙目になって言った。そして関節をバキバキ言わせながら元に戻した。
「上半身は機械だから大丈夫でしょ。それよりもお尻は大丈夫?」
ヒナコが笑って言った。
「尻は柔軟性があるからなんとかなった。だけどここを出るとき、またこれをやると思うとゾッとするね」
キミーが嫌そうな顔で言った。
這いつくばって進むと、徐々に穴のサイズが大きくなって立って歩けるくらいの高さになった。ただしキミーはまだ四つん這いのままだ。
突き当りに頑丈そうな鉄の扉が嵌っていて、近づくと扉が手前にゆっくりと開いた。中から笑顔のエリザベスが現れてヒナコに駆け寄ってきた。
「お姉さま! ご無事でよかった」
エリザベスがヒナコの手を取って言った。
「そっちは大丈夫?」
「はい。レオナルドさんとマッテオさんも奥にいます。だけどキミー、あなたは信用してもいいのかしら」
エリザベスが困った顔で言った。控えめな表情をしているものの、彼女はすぐに戦闘態勢に移れるような不気味な雰囲気を醸し出している。怖い。
「どうやって説明すればいいかな」
ヒナコが言った。
「確かに。証明する手段がないか」
四つん這いのままキミーが言った。
「キミーは私を愛しているから、私と戦いたくないんだって。だから敵じゃないよ」
ヒナコが言った。
「それが嘘だとしたら?」
エリザベスが言った。
「私の電脳をエリザベスの管理下に置くのはどう? プロテクトは外してあるよ」
キミーが言った。そうすれば、いつでもエリザベスはキミーの思考や行動に干渉できる。
「お友達にそんな酷いことはしたくないですけれど……。お姉さまはどう思われます?」
エリザベスが今度は本当に困った様子で言った。
「エリザベスはマッテオを守るためにここに来たんだから、やれることはやったほうがいいと思う。キミーだって不満はないよね?」
「うん。そもそも中に入れてもらえないと思ってたし」
「それでは……。申し訳ないですけれど電脳にアクセスさせて頂きます」
エリザベスがそう言って、自分の体からケーブルを取り出してキミーに手渡した。キミーは躊躇なくそれを自分のソケットに差し込んだ。一瞬で作業は終わって、エリザベスはケーブルを軽く引っ張ってキミーの体から取り外した。
「テストしたほうがいいよ。似たようなケースでだまされかけたことがある」
キミーが言った。
「わかりました。電脳に干渉します」
エリザベスがそう言ったあと、キミーがヒナコの手を取ってその甲に軽くキスをした。何気ない行為だが、いつもとは少し違う感じがした。
「今のは私の意志じゃない」
キミーが自分の手を見ながら言った。体をエリザベスに操作されたわけだ。
「……やっぱり良くないですわ。私がキミーの命を握っていることになってしまいます」
「この場合しょうがないでしょ」
ヒナコが言ってキミーも頷いた。エリザベスはじっと考えるようにしている。
「キミー、私はあなたを信用することにします。管理者権限はいま消去しました」
エリザベスが表情を和らげて言った。
「ありがとう、信用してくれて」
「でも電脳に干渉するのってちょっと面白いよね。今度マミたんとやってみようかな。それかクロエの体を勝手に動かして、京子にいたずらしてみたい」
ヒナコが少し興奮して言った。
「それは思いっきり違法だし、普通の電脳には強力なプロテクトがかかってるから無理だよ。過去に事件と事故が起きまくったから」
キミーが言った。
「なんだ無理なのか」
ヒナコが残念そうにして言った。
「でもキミーの電脳は行けるんだよね?」
「私のはちょっと改造してあるからね。通常できないこともできるようにしてある」
「じゃあ今度体を交換して遊ぼうよ。私もディミトリに頼んでプロテクトを外せるようにしよう」
ヒナコが嬉しそうにして言った。
「お姉さま! 危ないから絶対にやめて下さいね」
呆れた顔でエリザベスが言った。
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