第20話
ヒナコのお弁当作りの日々がまた始まった。京子と協力をして、大量のお弁当を高速で作っている。温泉旅館でゆったりとした時間を過ごしたからこそ、没頭して今の仕事に打ち込めているような気がする。気分転換はアンドロイドにも必要なんだとヒナコは思った。
マッテオは今のところ、毎日しっかりとヒマワリ園に通学している。午前中は小さな子供たちに混じって算数の基礎と漢字の書き取りをしている。時々エリザベスが勉強の様子を見に来てくれるので、それを唯一の楽しみとして頑張ることができているようだ。彼はお昼ご飯を子供たちと一緒に食べた後、午後は受験生クラスの端の席に座って午前中の復習をしている。時々勉強をするふりをしながら、情熱的に子供たちを教えるエリザベスの姿を盗み見している。
最近マッテオが巧妙にサボる様になってきたので、エリザベス先生がどこからか乗馬用の鞭を持って来て膝や肩を叩いて注意をするようになった。これはどう見てもご褒美だろう、とヒナコは思ったが、エリザベスもちょっと楽しそうに叩いているので始末が悪い。鞭を持ったエリザベス先生は、いつもとは違う怪しい魅力を振りまいている。今後こういうサービスもありかもしれない。
「喫茶店が再開したら鞭は別料金だからね」
ヒナコはマッテオに告げた。
「それはぜんぜん払うよ」
マッテオが素直な顔で即答した。
彼は夕ご飯も子供たちと一緒に食べるので、すっかり家族の一員のようになってしまった。もともとが子供っぽい性格をしているので、ガキ大将のようなポジションで子供たちからも好かれているようだ。これが隣町のマフィアと殴り合っていた男とは思えない。子供たちと一緒になって度が過ぎるほど騒いで、エリザベスに叱られることも多い。叱られている時のマッテオのだらしない笑顔を見て、本当に幸せそうだなとヒナコは思った。レオナルドは寂しくしていないかな、と思ってちょっと心配になった。
相変わらずマミたんは謎の行動を取っている。と言っても遊び歩いているようではなく、今まで以上に何かに熱中しているようだ。泥だらけで帰って来て、京子と長時間何かを話し合っている時もある。最近はヒマワリ園の生活リズムと関係なく、自分が好きな時に外に出かけて、いつのまにか帰って来るという不規則な生活を続けている。時には二、三日ヒマワリ園に帰ってこないことがあるのだが、マミたんの気まぐれな行動に周囲も慣れてしまっていて、もはや誰にも心配をされていない。
「掃きだめの天使」の改築が始まってから二か月半が経過した。工事の大部分が完了して、あと一週間ほどでリニューアルオープンできるところまできた。そのタイミングで、ついにマミたんが秘密を公開すると宣言した。
「途中からは京子に手伝ってもらってたの」
マミたんが京子の腰に抱き着いて言った。京子はマミたんの頭をなでている。いつの間にこんなに仲良くなったんだこの二人は。
「京子を変なことに巻き込んでないよね?」
ヒナコは言った。
「マミたん本当に頑張ってるんだよ。ちょっと感動するぐらい。あのね」
京子が何か言いかけた。
「あ、ダメダメ! ヒナコには直接見てもらいたいの!」
京子の言葉をさえぎってマミたんが慌てて言った。
午前中のお弁当作りをみんなでハイペースで進めて、午後はマミたんの秘密公開イベントへ向かうことになった。マッテオが車を出してくれることになり、ヒナコとエリザベス、クロエと京子、そしてマミたんの総勢六名でヒマワリ園を出発した。
車はシェイカーズの街を出てから砂漠方面に向かっている。
「ねぇ、なんだと思う? 私がこの三か月頑張ってやってたこと」
マミたんがみんなの顔を見回して言った。京子以外の四人が考えるような顔つきになった。
「カジノを作ったとか?」
マッテオが言った。
「ばか! そんなの一瞬でバレるじゃん。カジノはマフィアの管轄でしょ」
呆れた声でマミたんが言った。
「そうだった……」
マッテオが小さい声で言った。
「私の予想、たぶん当たってると思うけどな」
クロエが自信ありげに言った。
「わたくしもですわ」
エリザベスが言った。
「私もなんとなく分かってる」
ヒナコが言った。
「え、嘘でしょ! 京子、みんなにヒントとか言ってないよね?」
不機嫌そうな声でマミたんが言った。
「一切話してないよ。でもさ、マミたんの行動で結構バレバレだったと思うよ」
京子がおかしそうにして言った。
「じゃあ、みんなでいっせいに答えを言ってみてよ。私が『せーの』って言うから、そのあとでみんなで一緒に言ってね?」
正解するはずがない、という強気の態度でマミたんが言った。ちょっと可哀そうになって来た。
「せーの!」
マミたんが言った。
「畑仕事」
「農作業」
「農業」
みんながそれぞれの答えを言った。
「なんだ……。バレてたのか、つまんない!」
大いに拗ねてマミたんが言った。
「農業? お前が? なんのために?」
マッテオが本気で驚いている。おかげでマミたんの表情が少しだけ和らいだ。
「みんなビックリすると思ってたのにな……」
「もしかしてと思ってただけで、ちゃんと驚いてるよ」
ヒナコが言った。
「マミたんと農業なんて、意外な組み合わせですわね」
エリザベスがマミたんの頭に優しく手を乗せて言った。クロエが続けて言う。
「わたしもね、畑を作ることは考えたことがあったの。でもそのための土地が無いし、資金も無いから諦めてた。だからマミたんが砂漠の方に出かけて、お洋服に土を付けて帰って来た時に、もしかしたらって思ったの」
「私が砂漠に出かけてるってなんで分かったの?」
マミたんが怪訝そうな顔をして言った。
「……えーと。衛星のデータをちょっと借りて来て、のぞき見をしていました。ごめんね」
クロエが申し訳なさそうに言った。さすがだ。
「でも何がきっかけで農業を始めたの? 食べ物には興味がなさそうだったのに」
ヒナコが言った。
「うん。でもね、必然的にこうなった気もしてるの」
そう言ってマミたんが説明を始めた。
「掃きだめの天使」にやってくる数少ない常連、と言っても二人だけだが、そのうちの一人、町内会長のスティフィン・ジャック(78歳男性)はマミたん一筋で、改築前は毎日メイド喫茶に昼ご飯を食べに来ていた。彼は街の名士であり、シェイカーズでは歴史のある一族の家長である。
町内会長と言っても特に役得は無く、選挙のような物も無い。それで彼はこの40年間ほぼ無償で町内会長を務めている。街で起きた厄介ごとの解決を引き受けたり、住民とマフィアの調停役になったりと、面倒だが重要な仕事をこなしてきた。とても紳士的な人物で、貧しい人や立場の弱い人にも公平に振る舞うため、人々の尊敬を集めている。
しかし二年ほど前に最愛の妻を病気で亡くしてから彼は急に元気を失って、見るからにやつれて行った。スティフィン・ジャックと妻の間には子供が六人いて、その孫とひ孫までを含めると50人以上の家族がいるのだが、みんなが彼のことを心配していた。一緒に暮らしている長男夫婦はなんとか父親を励まそうとしたが、まるで魂が抜けてしまった様子で、彼はぼんやりと一日を過ごすことが多くなった。
そんなある日、スティフィン・ジャックが街を散歩していると、以前よく通った喫茶店の跡地に居ぬきで新しい店ができていた。メイド喫茶という物は良く分からなかったが、とにかく喫茶店ではあるらしい。コーヒーを一杯飲んでみるか、ときまぐれに思った彼を、美しい少女が最高の笑顔で出迎えてくれた。それがマミたんだった。
スティフィン・ジャックはマミたんに会うために、毎日喫茶店に通うようになった。マミたんの見た目が昔の妻にそっくりだと彼が言うので、マミたんはお願いをして昔の写真を見せてもらった。写真の彼女は確かに可愛かった。でも結構太っているし、ジャガイモみたいな顔をしている。自分とは一ミリも似ていないとマミたんは思った。しかし、それはどうでもよいことだった。
マミたんのスペシャルサービスを受けて一度死にかけたものの、今ではスティフィン・ジャックは以前の元気を取り戻して、毎日精力的に仕事をこなしている。見た目が十二歳のマミたんを膝の上にのせて、町内会長がメイド喫茶で日替わりランチを食べている。その姿はなかなか奇妙ではあるが、それで彼の評判が変わることは無い。メイド喫茶のランチはかなり高額なのだが、スティフィン・ジャックの家族は、それで彼が元気でいてくれるなら安い物だと思っている。
京子が作った日替わりランチを食べながら、スティフィン・ジャックはマミたんにたくさんの昔話をしてくれた。百年以上前に砂漠で砂金が発見された時に、彼の祖先は街に移住をしてきた。砂金目当てに街に来る人々に向けて商売をすることが目的だった。そしてそれは大成功した。
「結局、砂金で儲かった人は少なかったんだって。今以上に街の治安が悪くて、争いも絶えなかったらしいよ」
マミたんが言った。
「俺も爺さんに聞いたことがある。砂金が出たっていう噂話だけで死人が出たらしい」
マッテオが言った。
商売を順調に成長させたスティフィン・ジャックの祖先は、儲けたお金で街の土地を買い集めて行き、不動産業でかなりの成功を収めた。しかし、曾祖父の代に大きな地震が起きて砂金が取れなくなると、街にやって来る人が急激に減ってしまった。そしていつしかシェイカーズは、貧しい人が集まって暮らすスラム街になった。
それでもスティフィン・ジャックの一族は街を見捨てることは無かった。シェイカーズがかつての活気を取り戻すことを彼らは望んでいる。そのために土地を起業家に安い賃料で貸したり、町のインフラに投資をしてきた。
「おじいちゃん(スティフィン・ジャック)は砂漠地帯にも広い土地を持ってて、そこで農業を始めようとしたことがあったの。それができれば人を雇えるし、街の人に安く食料を供給することができるから。でもね、上手く行かなくて一旦は諦めたんだって」
マミたんが言った。
一方でマミたんの元ご主人、木下雄一郎(87歳男性)は大手商社の役員で、その仕事内容をよくマミたんに話してくれていた。
「途上国の砂漠地帯で野菜を作るっていう話があったの。砂漠を低コストで農地にできるから、これは凄い技術なんだよってパパがいつも自慢してたの」
ピンときたマミたんは、元ご主人に協力を求めることにした。現在のマミたんは木下雄一郎に直接連絡を取ることを禁じられている。そこで、ディミトリを通して彼とやりとりをしてもらった。連絡をもらった木下雄一郎は大喜びして、砂漠の緑化セットのサンプルを送ってくれた。もしそれが気に入れば、破格の値段で大規模なセットを売ってくれるという約束もしてくれた。
サンプルを受け取ったマミたんは、スティフィン・ジャックにお願いをして砂漠の土地をタダで貸してもらった。そこで最初に作ったトマトを京子に食べさせたところ、市場で売っているどのトマトより旨いと言ってもらえた。気を良くしたマミたんは、京子と相談をしながらさらに畑を広げることにした。
「喫茶店の改築がちょうど良いタイミングだったの。みんなのお弁当ビジネスを見て、私も何か新しいことをやってみたいって思ってたし」
マミたんがちょっと恥ずかしそうにして言った。エリザベスが感激して、マミたんを引き寄せて優しく抱きしめた。
「もうすぐ着くよ、目的地に」
マッテオがそう言った数分後、砂漠の道沿いに緑の一帯が見えてきた。その緑は遠くの方まで広がっていて、農園の規模の大きさが分かった。
「そこから横の道に入って。もう少し先に事務所があるから」
マミたんがマッテオに指示をして言った。
「こりゃすげえな」
車を降りると同時にマッテオが感心して言った。事務所の周りには一面の畑が広がっている。取れたての野菜を選別している人々の姿も見える。畑の中では収穫用の農業機械が忙しそうに動いている。
「この畑で採れた野菜を使えば、お弁当の材料費が安くなると思うよ。野菜は街の市場でも売れるし、農園もそのうち黒字になると思う。これからもっと畑を広げる予定だしね」
マミたんが自慢げに言った。
「ということは今は黒字じゃないってこと?」
ヒナコが訊いた。
「調子に乗って機材とかを買いまくっちゃったの。この事務所もそうなんだけど、色々揃えたくなっちゃって。だから今のところは超赤字。パパに貰ったお金を使い果たしちゃった。使い道が無かったから別にいいんだけどね」
マミたんが微笑んで言った。ヒナコは感動した。なんて偉大なセクサロイドなんだろう。マミたんを愛する二人のパパも本当にありがとう。
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