第14話
山田マッテオが知り合いの男を連れてこない。ヒナコはかなり楽しみにしていて、マッテオが来るたびにお願いをしているのだがなんやかんやとはぐらかされている。ヒナコが日増しに不機嫌になっていくのを見かねて、エリザベスがマッテオに丁寧にお願いをした。エリザベスに惚れ込んでいるマッテオはさすがに断れない。今度の週末の夜に連れてくるよ、とついに約束をした。そしてその日が来た。
マッテオが連れてきたのは、40歳前後に見える肩幅の広い真面目そうな男だった。少しくたびれているような横顔が渋くて素敵、とヒナコは思った。優しくしてあげたい。
「これ、俺の兄貴。レオナルド」
マッテオが言った。
「はじめましてレオナルドさん。マッテオさんにいつもお世話になっております」
エリザベスがにこやかに言って二人を出迎えた。無言のまま軽く頭を下げて、レオナルドはソファーの席に腰を下ろした。
「マッテオのお兄さんってことは、マフィアのボスってこと?」
マミたんが少し驚いた顔で言った。
「親父が入院してるんで兄貴はボス代行だよ。俺と違って、兄貴はめちゃくちゃ忙しいの。だから連れて来れなかったんだよ」
言い訳するようにしてマッテオが言った。
「それで、ヒナコさんって人は?」
想像していたよりもずっと優しい声でレオナルドが微笑んで言った。彼は狭い店内を見渡して、メイドたち全員の顔を見渡すようにした。ハイハイ、私です! と手を上げたい気持ちを抑えて、ヒナコはゆっくりと近づいた。
「北村ヒナコです」
素敵に微笑んでヒナコは言った。
「山田レオナルドです、よろしく」
気さくな感じで彼は言った。
「素敵なお名前」
エリザベスが例によって名前に興味を示している。
「ちょっとの間ヒナコさんとだけ話したいな。いいかな?」
レオナルドが言った。了解、とマッテオが言って、エリザベスと一緒に席を移動した。ヒナコはレオナルドの横に座った。ちょっとドキドキする。
「いい店だ。スラムの中にあるとは思えない。メイドさんたちもみんな綺麗だね」
レオナルドが言った。きざなセリフだがこの人が言うとちっとも嫌味が無い、とヒナコは思った。
「マッテオさんにこの場所を紹介して頂いたんです。家賃の交渉までして下さってとても助かりました」
「そうなんだ。でも、儲かってないんだろ?」
「宣伝不足でお客さんが来ないんです。でもいいんです、別に焦ってないから。それに今のところ、マッテオさんがかなりお金を使ってくれてますし」
「そうそう、料金が高すぎるってあいつ文句言ってたよ。というかあいつ、俺の財布から金を抜いて、あのエリザベスって子に貢いでるんだよな」
離れた席で楽しそうにしている二人を見て、レオナルドがおかしそうに笑った。
「マッテオさんはエリザベスに一目ぼれしたみたいです。相手がアンドロイドってことも気にしてないみたい。なんというか……ちょっと不思議」
「ああそうか。君もアンドロイドなんだよね? 弟に聞いていたけど、ほんとに綺麗な顔をしてるな……」
レオナルドがヒナコの顔をまじまじと見つめた。ヒナコは嬉しくなってニコッと笑ってみせた。レオナルドが少し焦った様子で視線を外した。
「いや、君を口説こうとしてるわけじゃない。俺はスラムで育ったからさ、アンドロイドってほとんど見たことが無くて。人間とぜんぜん変わらないんだな」
「どうでしょう? 私は人間のことを全然知らなくて。だからもっと知りたいと思っていて今は勉強中です」
ヒナコの言葉を聞いてレオナルドが小さく微笑んだ。
「そうそう。ヒナコさんに一言お礼を言いたいと思っていたんだ」
「お礼? 何のお礼?」
「この店ができてから弟はだいぶ変わった。ちょっと前までは荒れ放題でさ、いつか酷い目に合うだろうと思ってたんだ。だけどこの『掃きだめの天使』のおかげで、普段の表情まで柔らかくなったよ。だから、ありがとう」
几帳面に頭を下げてレオナルドが言った。
「お礼ならエリザベスに言ってあげてください。二人は本当に相性が良いみたい。アンドロイドとマフィアの恋なんて、ウソみたいな話だけど」
ヒナコは言った。
時計の針が十二時を回って、レオナルドがそろそろ帰らないと、と言った。マジかよ、とヒナコは思った。こんなに親密な空気を作っておいて、私のスペシャルサービスを受けないで帰るのかよ。
「泊っていかないの? 期待してたのに!」
あまりにがっかりして、敬語を忘れてヒナコは言った。
「ああ、お泊りのサービスか。でも料金がバカ高いんだろ」
はじけるように笑ってレオナルドが言った。
「そう。でも泊っていってよ。なんなら今日はタダでいいから! ねぇお願い」
ヒナコはレオナルドにすがりついて言った。
その瞬間『ドンッ』という大きな音がして強い縦揺れが起きた。なんというタイミングの悪さだろう。ここ『シェイカーズ』名物の地震だ。結構大きい。エリザベスの悲鳴が店内に響き渡る。なぜかマミたんは「キャハハ」と大きな笑い声をあげた。京子は両手を広げて食器棚を必死に押さえつけている。老朽化した建物全体が軋んで、ミシミシと不気味な音を立てている。
レオナルドは崩れ落ちそうな天井を見上げつつ、片方の手でヒナコの肩を抱いて守るようにしている。嬉しい。とっさにこういう行動がとれるなんて本当の紳士だ、とヒナコは思った。
小さな余震が続いたあと、やっと店内が落ち着いた。食器がいくつか割れただけで大きな被害は無かった。
「クソ。最近また増えてきたな」
マッテオが言った。
「ヒナコさん、大丈夫?」
ヒナコの顔を覗き込むようにしてレオナルドが言った。
「ヒナコさんじゃなくて、ヒナコって呼んでよ。私もレオナルドって呼ぶから」
「ヒナコ。今日は本当に楽しかったよ。また来るからさ、その時はスペシャルサービスをぜひ頼む」
「絶対だよ? ずっと待ってるからね……レオナルド」
せつない表情でヒナコが言った。この顔はマミたんに教わったスペシャル技だ。レオナルドが一瞬、ヒナコの顔を見つめてまぶしそうな表情になった。ヒナコは成功を確信した。早く彼にサービスをしたい。
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