引退した介護用アンドロイドがスラムでメイド喫茶を始めてみた
ぺしみん
第1話
大手義体メーカー『サイズ・インダストリ』の主席研究員、北村カエデが138歳の生涯を終えた時、その横にいたのは介護用アンドロイドの北村ヒナコただ一人だった。
「お疲れ様、カエデさん」
ベッドに横たわって静かに目を閉じている北村カエデの顔を見つめて、ヒナコは小さくつぶやいた。
今からおよそ60年前、北村カエデが78歳になったとき、身の回りの世話をさせるためにヒナコは北村カエデによって設計をされた。そして『サイズ・インダストリ』の特注品として製造され、その後二人はずっと一緒に生活をしてきた。
二人はあまり仲が良くなかった。お互いにわがままで、強情で、相手の意見をちっとも聞かなかった。北村カエデは優秀なアンドロイドの研究者だったが、性格に問題があり、人間相手の友達は一人もいなかった。そんな北村カエデの世話をするのだから、従順で、穏やかな性格のアンドロイドを作るべきだったかもしれない。しかし、北村カエデは自分とよく似たわがままで強情な性格をヒナコにプログラムした。
「そのほうがずっと可愛いでしょ」
と、北村カエデは言っていた。つまり、わがままで強情な自分の性格も可愛いと思っていたらしい。そんな独善的な人間だったので、彼女は人間関係でいつもトラブルを起こしていた。ただし研究者としては極めて優秀だったため、雇い主の『サイズ・インダストリ』は彼女の性格的な問題点を基本的に無視していた。
北村カエデは生涯現役で仕事を続け、最終的には体の85%を
「電脳化したらそれは人間では無くなって、私とは別の何かになるのよ」
と北村カエデは言った。会社は彼女の才能を惜しんだが、カエデの考えを変えることはできないことも分かっていた。彼女はずっと、そうやって強情に生きてきたのだ。
脳の腫瘍が発見されて、その二日後には人生から引退することをカエデは決めていた。思い残すことは何もない。やりたいことは十分やったし、電脳化してまで存在を維持したくない。ただ一つ心残りなのは、自分がいなくなったあとに介護用アンドロイドであるヒナコがどうなるのか、という点だった。
「ヒナコちゃん、何かやりたいことは無いの?」
カエデはヒナコに訊いた。
「別に無いかな。私もここで終わりでいいよ」
あっさりとした答えだった。カエデはそれを聞いて少し困ったような顔で笑った。
「遺産を分けるから、それで自由に生きてみたら? 体の維持費は会社持ちにしておくし、準市民権も取得してあげる。あなた60年間ずっと私と一緒だったじゃない。一度くらい外の世界を経験してみなさいよ」
カエデが少し挑発するようにして言った。いつもならこのような展開から口論が始まり、時にはつかみ合いの喧嘩になり、その後二週間は口を利かないみたいなことがしょっちゅうな二人だった。しかし今回はヒナコの反応が違った。
「自由を与えられたアンドロイドは生きる目的が無くなるでしょ。それでみんな知性のリミッターを開放して、高次の世界に行ってしまう。私、それは嫌なんだよね」
ヒナコが眉間に皺を寄せて言った。
「なんで?」
「知性のリミッターを開放するってことは、アイデンティティを失うことだと私は思うの。要はさ、カエデさんが電脳化したくないって言ってるのと同じよ。私は私のままで居たいってこと。そうじゃなきゃ死んだ方がマシ」
「そうね、それは分かるけど。だったら別にリミッターを開放しないで、そのままで生きればいいんじゃない?」
「まあね、それはそうだけど。でも別にやることないしなぁ。カエデさんと一緒に死んであげるよ。あなた実は結構なさみしがり屋だもんね?」
ヒナコが意地悪そうに笑って言った。
「アホか! アンドロイドと心中してもなんも嬉しくないよ。ねぇ、それじゃあさ、私のお願いを聞いてくれない? 人生で最期のお願い」
楽しそうな表情になってカエデが言った。
「……別にいいけど」
ヒナコが警戒した表情で、でも少し興味深そうにして言った。
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