#2 星に願いを

「〝手術オペ〟だ。用意しろ」


 その日の学校帰り、チーム全員を車両に集めるなり、私は告げた。片方四人がけの長椅子に肩を寄せ合いながら、武器をチェック。


「〝患部〟は?」と、ケイト。


「こいつだ。標的の協力組織の中核人物の一人で、賭博、人身売買、特殊詐欺となんでもござれの悪党だ」


 車両内へ据え付けたモニターに、写真を映す。見るからに人相の悪い男だった。


「気持ちのいい仕事になりそうだ」


「同感だ。こいつを〝切除〟したあとの組織の対応を見て、分析センターが全体像を探るらしい。切除は対立してる半グレの仕業に見せかける。C装備だ」


 C装備。つまり、偽装用の拳銃とダガーのみ。予備弾倉はなし。安価で粗悪な拳銃弾と、小振りなナイフ一本が、許可されている加害手順の上限だ。それ以上の手出しをすれば、〝会社〟は私たちを守ることができなくなる。


「切除した患部はどうする」


 ソーニャが、無線をポケットに押し込みつつ、聞く。


「放置だ。地元当局による発見をねらう。交代チームはなし。応援QRFもなし。ホットゾーンからの離脱は徒歩」


「痺れるねえ」


 にやにや笑いながら、マリアが拳銃を操作した。初弾を装填。耳の奥に響く金属音。

 チームの全員が戦闘可能状態になる。私は全員の目を見渡して、その瞳が一切の曇りのない殺人者であることを確認した。


「本領発揮だ、デイヴィッド。影から一撃……」


『音もなく、消える』


「その通り」


 息のあった返事に満足した私は、着替えを入れたかばんを担いで、バンのドアを開けた。





 #2 星に願いを

 253.Star puncher



 



「……結局制服なのか」


 ショッキングピンクのリボンを胸元に踊らせて、私はこの潜入作戦が始まってから一〇〇回目くらいのため息をついた。自分の年齢と性別を考えればこうした衣装が必要なのは当然の帰結だが、そろそろ胸焼けしてくる。


「〝なんちゃって〟とかいうやつだろ? ピンサロ嬢とかが着てるやつ」


「んへえ」


 マリアが、目を器用にバッテン印にして舌を出した。人間業とは思えなかったが、感情は伝わってきた。


「患部は繁華街にいる。見つけたら追跡し、仕掛ける」


 私たちは、立ちんぼが路地裏で屯しているのを装って、打ち合わせを始めた。


戦術チームおっさんたちは使えないのか?」


「人手不足なんだと」


「いやがらせだぜ。情報チームに予算が取られてるから、僻んでるんだ」


「外でぺらぺら喋るな。決行時間TOTを設定する」


 私は腕時計の画面をなぞって、時間を表示した。


「一五マイクス?」


「二〇分後にしよう。バッファを五分入れる」


「ラジャ」


 私たちは決行時間を決めると、その場から四散した。チームの全員を偵察ポッドとして、そして攻撃ユニットとして動かす。冗長はあっても、余剰は一切ない。作戦目標の達成のために、それぞれが最大限の能力を発揮する必要がある。

 私はスマートフォンで動画を見るふりをしながら、ドローンの映像を確認した。映像は同時に本部にも送信され、地上の人間を片っ端から顔認証システムにかけている。警察や情報機関が使っているものよりも、遥かに高度なものだ。先進的なコンピューター工学がもたらすアドバンテージ、使わない手はない。


D1デイヴィッド・ワンAAアクチュアルだ』


 突如、無線から太い男性の声が聞こえた。深く響く、ずっしりとした重い英語だった。


「〝中佐〟……どうしたんです」


 今は仕事が進行しているただ中だったので、管理職の登場は不吉な予兆に思えた。


『日本当局からの連絡で、戦闘管理レベルが5になった。C装備のすべての武器は使用できない』


 私はあんぐりと口を開けるのを我慢して、奥歯を横に擦り合わせてから、答えた。


「絞め殺せと?」


『工夫しろ。アウト』


「くそっ」


 脇の下をまさぐって、ブレザーの裏の無線のスイッチを操作する。


「全デイヴィッド、交戦規則が変更になった。武器は禁止だ。なので、〝ピタゴラスイッチ〟でやる。予定時刻TOTは変更なし」


『D2だ、了解』ケイト。


『D3と4、了解』ソーニャ。


 淀みなく返事が返ってくる。変化する状況に、素早く有機的に適応する。私のチームが持つ強みの一つだった。異なるバックグラウンドを持つメンバーをまとめるのは非常に苦労したが、その甲斐は確実にあった。

 私は各員の位置をリアルタイムで確認しながら、本部のドローン操縦者に伝える。


本部TOC、偵察機を五〇メートル上昇。グリッドN45を拡大しろ」


『ラジャ』


 標的が見つかった。グループのたまり場のクラブだ。玄関口にいるところを、ドローンが捉えた。事前に何度も行動パターンを検証していたおかげだ。


「D2、仕掛けろ。D3と4はサークルパターンでホットゾーンを哨戒。想定外の脅威がないか確認しろ。D1はキルゾーンを偵察する」


『了解』


「D3、4。動きながら、近くに工事現場がないか探してくれ。あったら、今から言うものを持ってくるんだ──」


『D2だ。玄関口から侵入pass "JACKALL"


 ケイトから報告。侵入した。予想より二〇秒も早い。生まれる場所が少し違えば、驚異的な成績の工作員になっていただろう。ラングレーは随分な逸材を逃したらしい。

 私は肩をすくめて、誰にも目を合わせずに、足早に歩いた。欺瞞工作のための会話はしている時間がなかった。

 まるでハイパー・スペースの中を飛ぶ宇宙船のように、左右をネオンランプやヴィヴィッドな色合いの若者たちが抜けていく。それらはほとんど光の線のようにしか見えない。冷えたアスファルトが時折、空調の生ぬるい空気を巻き上げて、私のスカートの裾をなぜた。

 私は突然、周囲のすべてが異物になったように錯覚した。この街で暮らして久しいが、こんな感覚は初めてだった。

 航空宇宙プロジェクトの開発を名目に、政府から大規模なテコ入れがされたこの《みそら区》は、一時期の少子高齢化の危機を乗り越え、再び高度成長期の盛りを取り戻している。人と金が集まり、畢竟ひっきょう、不正も集中する。だから、私たちの活動する余地がある。

 片や高級住宅街が造成され、私立のインターナショナルスクールができる横で、旧市街が勢いを取り戻し、繁華街の版図が広がる。いびつな急成長で出来たうろの中には、陰謀を抱えた梟が住み着く。

 だからこそ街そのものを道具として親しみ、すべてを背景として利用しなければならない。暗殺をするだけであれば、特殊作戦の訓練を受けたライフルチームをヘリコプターで送り込めば片付くが、私たちの仕事はそうではない。ここに寝屋を構え、住み、暮らし、この街そのものになることが重要だった。

 だが今は、本来なら自分の一部として然るべき街から切り離されて、まるで星海原の中に一人放り出されたような孤独感を覚えていた。一人ぼっち。ここには、私しかいない。世界や、宇宙の中で、私の意識は私一人しか感じていない。

 久々の殺しの現場で、妙な緊張の仕方をしているのかもしれない。私は凝った肩が気になって、ぐるりと首を回した。視界の中に色とりどりの光が円を描き、シャッターを開いたままにした星空の写真のようにも見えた。

 ぴったり六分で、事前に設定した場所へ到着した。クラブの入っているビルの、外階段の一階部分。大柄のパワージャンクションやゴミ箱、無造作に捨てられた粗大ゴミで見通しが悪い。予想通り。完璧だった。


「全デイヴィッド、キルゾーンを設定。座標を送信」


『D1、患部を発見したpass "LEBEL"。誘導する』


「D2、了解。各局、切除まで三分だ。相貌スクランブラーを起動。集結せよ」


 私は、顎の下、骨のあたりを少しいじって、スイッチを入れた。顔の表面がほんのり熱を持つ。透明なインクで顔全体に入れられた高機能タトゥーが、なんだかよくわからない原理で私の顔を守ってくれる。七〇億総監視社会で生きる術だった。


「4より1。お目当てのもの発見」


 暗がりの向こうから、ソーニャとマリアが現れた。


『2より全デイヴィッド、オンスケジュールで進行中。ん……』


 妙な喘ぎ声が無線の向こうから聞こえて、私は顔をしかめた。「一本くれ。重いやつ」


「はいな」


 マリアが、それを放ってよこす。私は喉から叫び声が出るのを我慢して、器用にそれをキャッチした。アスファルトに落下して、盛大に物音を立てる前に。「マリア……!」


「ご、ごめん、何も考えてなかった」


「あとでみっちり説教するからな」


「ひい……」


『いくよ……』


 ケイトの艷声。

 がちゃ、と上の方でドアが開いた。

 見慣れた金髪が男とくんずほぐれつ出てくる。背中に回った手のひらが、数を数えた。五。四。三。二。

 彼女は彼ににっこりと笑いかけると、上目遣いのまま、階段から蹴り落とした。


「あ……──!」


 言葉にならない叫び声を上げながら、ごろごろと男が転がって、一番下の踊り場まで落ちて、止まった。すかさず、私は工事用のハンマーを振り上げると、最小限の動きで、うずくまる男の頭に振り下ろした。

 ごつっ、という音がして、頭蓋骨が割れた。

 同時に、男の両側から現れたマリアとソーニャが、素早く、何度も、鉄パイプを体に向かって振り下ろした。「急げ、急げ」鼻歌交じりに、マリアは彼をめった打ちにした。五秒経って、私は右手を上げて、制止した。


「確認する」


 手術用の手袋をしたまま、彼の脈を図る。確実に死んでいた。死亡後につけた傷は司法解剖でバレるので、殺してすぐに袋叩きにする必要があった。まるで、ギャングが取り囲んで無計画に暴力を振るったように。

 私は、標的がぴくりとも動かないのを確認し、その顔を腕時計に表示した資料と照合した。


本部TOC、D1だ。目標を達成JACK POT。標的の死亡を確認せよ」


 並行して、マリアとソーニャはポケットから薄いフィルムを出すと、いくつかの指紋をパイプへと転写していった。もちろん二人とも、私と同じように手術用のグローブをはめている。これで、対立組織の仕業に見せかけ、警察の捜査を撹乱するのだ。いざとなれば〝会社〟から圧力をかけられなくはないが、あまり目立つような真似はしたくなかった。私たちは、地球上のどこでも立場が悪かった。だから、可能な限り影に潜んでいる必要があった。

 ケイトが階段を降りてきて、携帯電話で彼の顔を撮った。「本部へ送信、っと」


「パンツずれてるんだが」


「あ、ほんとだ」


 ケイトは脱がされかけていた下着を元に戻すと、ゴムをぱちんと鳴らして笑った。「作戦終了!」


 下に転がる死体と、その上の屈託のない笑みを見て、私は全身の力が抜けるのを感じた。まだ仕事は終わっていないので、集中しなければならない。ならないが、どうにも気が抜けて仕方がなかった。

 世界が色彩を取り戻し、私の中に戻ってきた。これはこれで、いつも通りだ。ノーマルな状態なら、それがいい。一番仕事ができるのは、いつもと同じ状態のときだ。


『D1、本部だ。標的の死亡を認定した』


「本部、了解。全デイヴィッドは離脱する」


 私たちは、最初と同じように四方へ素早くいなくなった。ケイトが男を蹴り落としてから、わずか三〇秒のあいだの出来事だった。




つづく

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