幻獣(モフモフ)を飼うだけのワタシと年下魔法使いの歪な雇用関係【期間限定】
丹羽 史京賀(ペンネーム変えました。元・
プロローグ
◇◇◇
「やっぱり今日も、パンに目玉焼きですか。昨日も一昨日も同じ献立でしたよね?」
……と。
頭の天辺から爪先まで、黒ずくめの同じような格好をしている青年、サイリ君が、呆れた口調でぼやいている。
(うーん。この子もつくづく変わった子よね。服装にはまるで執着ないのに、食べ物には、うるさいなんて……)
わたしは、彼に構わず大口を開けて、固いパンを齧った。
無駄に広い居間で繰り広げられる舌戦。
日々、同じようなことを繰り返しているので慣れっこだ。
「いいじゃない? 卵とパンは万能よ。これさえ食べておけば、私はいつまでも元気でいられるのよ」
「そんなはずないでしょう」
ひどい。
きっぱり否定されてしまった。
「そんな食生活だから、貴方は、お腹をしょっちゅう壊すんです」
「違うわよ。むしろ、これ以外のものを摂取すると、わたしの繊細なお腹がおかしくなっちゃうんだから」
「そんなはずないでしょう。貴方は、特定の食物に過敏な反応(アレルギー)があるわけでもないのです。しっかり栄養のとれる食事と、規則正しい生活を心掛ければ、体も頑丈になるものなんです」
朝から、若者は元気だ。
耳がキンキンしてしまう。
「……なんか、お母さん……みたいね」
わたしは欠伸を押し殺しながら、小声で呟いたつもりだったのだが……。
「はいはい。そうかもしれませんね。別に、何とでも」
しっかり、聞こえていたらしい。
「いっそ、僕のことをお母さんと呼ぶのなら、食事は全部、僕に作らせてください。こんな食生活していたら、明日にでも、貴方、倒れますからね。もう若くないんだし、身体を労わった生活を送らないといけないんですよ」
「わたし、これでも、二十代に見えるって評判なんだけどな……」
「百歳越えなのは、事実でしょう」
早口で言いながら、彼は自分で作った彩り豊かな野菜の炒め物を、私のお皿に大量投入している。
ああ、頼むから、山盛りにしないでほしい。
毎日、彼には「野菜と肉と魚は嫌いです」って、伝えているのに……。
わたしは、ささやかな抵抗のつもりで、器用にフォークで人参だけを避けていたけど、やっぱり、目敏い彼に見つかってしまった。
「ミ・レ・ーナ・さ・ん」
よくもまあ、どすのきいた声が出るものだわ。
可愛いお顔が台無しね。
――ミレーナ。
それは、わたしの名前。
そして、この子……じゃなくて、彼はサイリ君。
正式な姓名は、サイリ=フォン=ルファス。
フォンというのは、このローランシア王国の伯爵位につく敬称。
彼について、いまだに、よく分からないことが多いのだけど……。
……とりあえず。
「まったく、面倒な人だな。毎日、そんな食事見せつけられたら、嫌でも気になるでしょう? 百歳の偏食家なんて、最悪ですよ。僕の分を少し分けますから、つべこべ言わずに、ちゃんと食べろと言っているんです」
――短気な子……かしら?
サイリ君って、苛々すると、言葉遣いが荒っぽくなるのよね。
でも、口調は怒っているけど、なぜか満面の笑みを浮かべているのよ。
変わっている……かな?
「……でもね、サイリ君」
長テーブルの上に一杯並んでいる、彼の手作り料理たち。
前菜、スープ、野菜に魚とデザートまで、どこか一流の飲食店のコースメニューのよう。
見栄えよく、栄養もたっぷり摂れて、好き嫌いが多いわたしでも、完食できてしまう魔法の品々。
(これを、わたしなんぞに分けてくれる……と?)
彼の申し出に、飛び付くことができるのなら、楽なんだけど……。
(いつか、君はここを去って行く人なのよ)
文明の利器を手に入れてしまったがために、楽を覚えてしまって、以前の暮らし方を忘れてしまったら、手放した時、痛い目に遭うでしょう?
(何とかして、この魅力的な提案を断らなければ……)
贅沢な悩みだという自覚はある。
(だけどね……)
――と。
意を決して、本音を口にしようとした矢先。
「おおおぉん」
横揺れと共に、獣の咆哮が轟いた。
こ・れ・は・……。
「大変。ネムちゃん、お腹が減ったんだわ。ご飯を用意してあげないと……」
「待ってください。まずは、こちらの朝食が優先でしょう。あの子だって、昨夜はしっかり食べていたんですから、そのくらいの時間、待ってくれますって」
「そう……かしら」
わたしの大事な家族=「ネムちゃん」(オス)。
実は、ネムちゃん、「ネムリア」という種類の幻獣で、一見すると、ただの羽つきの巨大な犬なんだけど、特殊能力を山と持っているのだ。
日に三回の食事を与えて、日に二回の散歩をすれば、あとはずっと眠っている。とても、飼いやすい子なんだけど。
…………餌の調達だけが、ちょっと面倒なのよね。
「ネムちゃん、最近は食事の量も減ってきたような気がするから、餌の催促に、わたしを呼んでくれるのは嬉しいわ」
「……え? 減ってる? ネムちゃんは、一日三食+間食もしっかり食べているじゃないですか。この様子だと、まだまだ長生きすると思いますよ」
「そう?」
「きっと、世界最高齢の幻獣になりますね」
聞いたところによると、幻獣ネムリアの平均寿命は、百歳。
ネムちゃんは、とっくに寿命以上生きているのよね。
大切なネムちゃんが、この世からいなくなることなんて、微塵も考えたくないけど、もしものことがあったら……?
そうしたら……。
その時こそ、わたしは確実にサイリ君とも別れるということになるわけで……。
ネムちゃんがいるからこそ、成立している彼との雇用契約。
幻獣がいるからこそ、わたしは彼の給金を払うことができる。
歪な関係は、一時凌ぎで、現実は待ったなしかもしれないけど……。
……でも。
願わくば、なるべく長めに、続いて欲しいものね。
この非日常のような、ありふれた生活を二人+一匹で。
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